第十二話
この部屋は余裕。
——などと思っていた時が私にもありました。
ええ、ありましたとも。
この部屋もこれまでと同じ変態部屋でした、ありがとうございます。
「わあぁぁあぁぁあぁぁぁぁ……ぐへっ!」
これで何度目だろう。
私は今、この部屋の入口に投げ出されたところだ。
勝手にこの部屋の仕掛けを予想したものの、それを盛大に外して少しショックを受けている。まあ、私が勝手に予想して勝手に外して勝手にショックを受けているだけなんだけど。
「ぐぬぬぬぬ……何よ何よこの部屋の仕掛けはっ!」
この部屋も実に厄介な仕掛けをしてくれている。
最初はまったく気付かなかった。
前方もしくは後方から敵が襲ってくるのではないかと予想していた私は凹凸のある道を武器を片手に慎重に歩いていた。
しかし歩けども歩けども魔物の気配は全くなかった。
何かおかしい。
そう思った私は一旦足を止める。
そして気が付いた。
入口からかなりの時間歩いたはずなのに次の扉までの距離が対して縮まっていないことに。
魔物に対する警戒を少し緩め、早足で扉を目指す。
……目指す。
…………目指す。
ダメだ。まったく扉までの距離は縮まっていかない。
焦りと苛立ちを感じた私は剣をしまい、走り出す。
そして気が付いた。
私の走る速度に合わせて硬い床が前から後ろに流れている事を。
壁は動いていないけど、視界に変化がなさ過ぎて認識から外れていた。
「これ、普通に向かったら一生扉まで辿り着けないんじゃ? つか、挑戦すればするほど疲労が蓄積されて不利になるよね?」
試しに背嚢を降ろして身軽になって挑戦してみたが、ある程度の速度を超えると床のほうが早くなる模様。
結果、床の速さに追いつかなくなり、入り口までご案内されることとなった私は——
諦めて休むことにした。
幸い入口付近は私が横になれるくらいの広さはある。
え? 前の部屋の方が広い? あんなだだっ広くて気色の悪いゴブリンを倒した部屋ではゆっくりしたくありません。
「さて、休憩も終わり。そろそろ真面目に攻略法を考えるかな」
軽く食事を取り、横になって動く床の攻略を考えていたら、いつの間にか眠てた。
魔物が出現する可能性もあったけど、これまでの傾向的に出ないと踏んだ。正解。
ゆっくり休んだことで頭の中がスッキリしている。
今は無駄に挑戦せずゆっくりと攻略法を考えよう。
多分だけどこの部屋は正攻法、もしくは正面突破? 普通に動く床を走り切るってのはどう考えてもないと思う。性悪な部屋ではあったけど、絶対に突破できない部屋ではなさそう。どこかに抜け道というか突破できる可能性を残した作りをしているように感じた。
そこそこ質の高いファーネフィの冒険者ギルドで一番速い冒険者と同等の速さを持つ私が試して駄目だったんだ。もし速く走るだけでも正解なんだとしたら世界の上位クラスでなければ無理だと思う。
ならどうするか。
できるできないは別にして、いくつか方法だけなら思いつく。
一つ目 世界最速を目指す。
だから無理だって。却下。
二つ目 空を飛ぶ。
風の噂で聞いた程度だけど、世界には鳥のように空を飛ぶことのできる魔法や魔道具があるらしい。当然私はそんな物など持っていない。却下。
三つ目 動く床をぶっ壊す。
床の上にある石は普通に壊せる。しかし床は切れない。斬ろうが叩こうが魔法的な何かに守られているようで壊すことは不可能だった。
もしかすると今以上の技わぶっ放せば壊せるのかもしれないけど、か弱い乙女でしかない私にそんな荒事が出来るだろうか、いや無理ですわ、よよよ。てことで却下。
四つ目 壁を走る。
これまた風の噂なんだけど、世の中にはまるで地面を歩くかのように壁や天井に張り付いて歩いたり走ったりすることができる人がいるらしい。それ、どこの魔物ですか? 私はただの人間なんですよ。却下。
「あーどうしてこうできない方法ばっかり思いつくかなぁ。もっと私にもできそうな方法がぱっと思いつかないものかしらねぇ。ってそれが出来たらこんな部屋、簡単に突破してるんだよね」
ふと床に置いていた背嚢が視界に入る。
出発時には何が起こるか分からないと思い、あれもこれもそれも、と必要そうなものを手当たり次第詰め込んで持ってきた。
今改めて見るとちょっと持って来過ぎたたかもしれない。
ここまで魔物はほぼいないし、話に聞いている他の迷宮のような広大な敷地の中でどこにあるとも知れない出口を探す、といった根気を試すような事もない。
この先がどこまで続いているかわからないけどこの調子で先に進めるのであればもう少し抑え目でもよかったかもしれない。
足りなくてあたふたするよりはマシだけどね。
考えが少し行き詰まったので気分転換代わりに残りの荷物チェックでもしよう。
んー食料は普通に過ごして十日位かな。一日一食、少な目で切り詰めればあと三十日以上は持つけど出来ればそんな状況は勘弁して欲しいものだ。
武器も使用頻度は高くない。さすがに持てるだけ持って来たのはやり過ぎだったかも?
現状だとこの重さが足枷になっている疑惑もないとは言えない。
特にこの一度も使ってないブロンの極悪魔大剣 抉り魔斬月が重た過ぎて若干持って来たことを後悔していたりいなかったり。
ブロンは『この重さがちょうどいいんじゃねぇか』とか言ってたっけ。脳筋ゴリラはこれだから。私の身長よりも長いし、剣身も普通の剣の三倍くらい太いというか、厚みがある。いったい誰だよ、こんなごっついの作った奴は?
昔はこんなくそ重たいの振り回せるわけがない、絶対無理無理とか思ってたけど、今では普通に振り回せるんだから時間が経つってすごいね。
で、こいつの能力が極悪の一言。
「【抉り取れ】」
見た目は刃先に薄くこう、魔力が乗るだけなのに……
剣身が薄く光り、能力を発動させて無造作に一振り。
「はい、ご覧の通り。壁だろうがこんな感じ。刃先の材質であるオリハルコンより柔らかいものだったら何でも抉り取れちゃうって言うね。刃先だけがオリハルコンで剣身は鋼鉄製なのが残念だけど、この燃費の良さにこの性能、もはや剣として切るよりも抉り取ることの方が多いっていう……」
あれ?
この壁……抉れるの?
……
む、床はやっぱり駄目か。床に傷が付けれなかったから壁も同じかと思い込んでしまった。
ふーむ……あ、抉れた壁が復元、元に戻り始めた。石と同じくらいの時間で戻るのか。
これ復元途中に何かモノを入れたらどうなるんだろ?
あ、普通に壁に埋まったね。
試しに髪の毛を一本、壁に入れてみるとそのまま元通りになって壁から髪の毛が生えているみたいになった。
引っ張っても抜けない。というか、ちぎれた。
もしかしてこれ……行けるんじゃない?
抉る幅は魔力の込め方次第。少しなら調節出来るので私の足が入る程度の幅にしておく。
そして試しに腰の高さで壁を横一文字に抉る。
すぐさま抉った溝に片足の甲を突っ込み、甲で溝の天井を、踵で溝の床を突っ張り、足だけで身体を支える。
「くっ、ふくらはぎが地味にキツい! けど、これなら行けそう。抉り魔斬月であの扉まで辿り着けそう!」
やっと天井付近に到達。
見下ろせば、高い位置に設置されていた魔力灯が眼下にある。
今、私は壁に刺さっている抉り魔斬月の剣身の上に座っていた。
壁が抉れる。
抉った溝に足を差し込み耐えられる事を確認した私は抉り魔斬月を壁に突き刺し、そのままスライド。一筆書きの要領で階段状の溝を抉っていき、一段程登ったら折り返し、また一段登る。といったことを繰り返して真上真上へ登って行く。
天井付近に到達した際、少しだけ傾けてテコの要領で抉り魔斬月の剣身を八割ほど抉った壁へと押し込み、その残った部分の上に飛び乗ったのだった。
そして壁は抉り魔斬月を埋め込んだ状態で元通りに復元されて今に至る。
「ふぅ、何とか上手くいったみたいね。あとはロープを結んでおいた背嚢を手繰って引き上げて、っと」
背嚢回収完了。
背負って準備も万端。
さて、一気にあの扉まで行きますか!
少し傾けた状態で壁に埋まっている抉り魔斬月。
「【抉り取れ】」
柄を持って再度、その切っ先に魔力を込めると抉り魔斬月は緩やかな傾斜を描きながら扉の方へと一直線に向かって行く——壁を抉りながら。
「こうやって上から見てると床が動いてるのがわかるわね。一時はどうしようかと悩んだけど、意外と何とかなったわね」
扉に近づくにつれて床の速度も速くなる。
扉の前の動いていない床に着地した私は目の前の未だ猛烈な速さで動いている床に目を向ける。
「……これ、やっぱ床ルートは無理でしょ」
もはや床の上にあるはずの石が確認できないほどの速度である。誤って乗ってしまうと入り口まで戻されるだけでなく、その勢いで放り出されて壁に激突するのは間違いない。
危険が及ぶ前に次の通路に退避することにした。
「なんだかんだで通路が一番安全で落ち着けるとかおかしくない?」
などと言いつつ、扉の先に現れたこれまでと同じ通路でしっかり休み、抉り魔斬月で使用した分の魔力を回復。
さて、次の部屋に行きましょうか!