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第一話

 大柄の男が大剣を振り下ろす。


 遅い。

 その剣の腹に向かって己の剣を叩きつけると面白いくらい相手の剣が弾き飛んだ。

 男は想像もしていなかった反撃を食らった上、手が痺れたのだろう顔を顰め退け反るように棒立ちになっている。

 その隙に私は反発した剣は勢いを殺さず、くるりと身体ごと回転して下から突き上げる軌道に変化させる。

 剣は男の肋骨の隙間から易々と内部に侵入。

 ダメ押しに握っていた柄を軽く捻ると心臓を串刺しにしただけでは物足らず、脊髄まで断ち切った。


「あんたで……終わり」


 小柄な私がよくやる戦法。


 大概の相手は私のような子供の下からの攻撃の対処に慣れていない。

 何らかの方法で体勢を崩してやれば、ほぼコレで勝負は決まる。

 お決まりの結果すぎて何とも味気ない。


「あ゛……ぞ……?」


 男の足が力を失い、膝をつく。

 倒れてきそうな男の胸を蹴り飛ばし、剣に体重がかかる前に引き抜くと胸元から鮮血が勢い良く噴き出す。


「……」


 それを避けることもせず、浴びている私。

 ボロボロの服が、髪が、降り注ぐ液体を浴びて紅く染まっていく。

 そんな私を見て男の後ろに控えていた村人が呟いた。


「あ、あの灰色の瞳に無表情の冷たい眼差し、そして銀から真っ赤に染まっていく髪……まさか鮮血の拡散姫スプレッドルビー!? あいつスプレッドルビーじゃないのか!?」

「はぁ!? あの!? 白薔薇盗賊団の!?」

「うぇぇぇっ!? 出会ったら最後、死を撒き散らすって子供なのか。あんな小さい女の子かよ!」

「ひぃ。こ、降参だ。降参! 死にたくない。頼む、命だけは助けてくれ!」


 男達は次々に武器を手放し、降参の意思表示である両手を挙げる。

 それを見て私は剣を下ろすと男達は安堵の表情を浮かべた。


「あれ? ちょっと待て、お前。さっき『白薔薇』って言わなかったか? 白薔薇って言ったら女子供には見向きもせず、抵抗した男を叩きのめして全員持ち帰るって聞いたぞ!?」

「あ、しかも持ち帰られて生き残った男は全員白薔薇に自分から入るようになる、って話じゃなかったか?」

「へ? 自分から、ってどういう事だよ?」

「なんでもアッチを調教されて白薔薇の団員がいないと生きていけない身体にされるらしい……」

「ちょ!? それってもしかして——」


 降参の意思を示しながら別な意味で震え始めた男達の後ろから白薔薇の団員が近づく。


「はいよー、お前ら話はそこまでだ。死にたくなけりゃ大人しくオレの指示通り歩け。まずは頭兄貴の『アニキ』に挨拶して、『アニキ』から太くて深くて濃厚な白薔薇盗賊団特有の大事な儀式が待ってるぜ? やったな!」



「「「アッーーーー!!」」」



「……」


 また大人が下半身丸出しに剥かれて四つん這いにされてる。

 見慣れた光景。

 でも見慣れたくない光景。

 そして思い浮かぶ言われ慣れた言葉。


「……鮮血の拡散姫、か。いつも言われるけどどういう意味なんだろ。帰ったらリズ姉さんに聞いてみるかな」


 私の名前はエルセティ。十歳。

 ふと気が付けばこの白薔薇盗賊団にいて、私の身長よりも長くてクソ重たいこの無機質な呪いの剣を振るっていた。


 リズ姉さんは私のお姉さんだ。

 でも血は繋がってないらしい。繋がってないってなんだろ?

 よくわからない。

 白薔薇に来る前から『ずっと一緒だったよ』ってリズ姉さんは言ってるけどよく覚えていない。

 正直、昔のことなんてどーでもいい。

 リズ姉さんは昔から私に色々なことを教えてくれる優しくて暖かくて大事な人。


 ところでこの白薔薇。

 盗賊団なので村や町を襲う、男達の集団。

 普通の盗賊団は村や町、旅人を襲い、食料や金品を略奪した挙句、村の人や町の人を全員殺してしまうらしいけど、白薔薇は違うみたい。

 基本的に女子供は見逃して、降参したり生き残らせた男を拐う。少年から老人まで。


 アジトでチョウキョー?して団員にするんだって。

 よくわからないけど、村や町、旅人を襲うたびに団員が増えているのは確か。

 そのお世話をする為にたまーに若い女も連れて帰る。私やリズもそう。

 女が働くのは基本、昼のお世話だけ夜はお休み。

 代わりに朝の掃除がいつもとっても大変なんだとか? この辺はいつもぼかされる。私は戦闘に駆り出されるからそういうのやってなくてよくわからない。


 でも私はたまにリズ姉さんが夜、何人かの団員に呼び出されているのを知っている。

 朝になって昨夜、『何をしていたのか』聞いても教えてくれない。

 いつも困ったような顔で笑うだけだった。

 いつか『それ』を私に教えてくれて『それ』が私にも手伝える事だといいな。


 手伝うと言えば、昔まだ私が小さい時、頭兄貴から仕事を手伝えと言われて襲撃を手伝い始めたけど、今ではなんでか先陣を切らされている。


 先陣を切るようになってから面倒になったことがある。

 この剣だ。


 走り始めた最初はよく武器が壊れた。

 二度三度斬りつけると大概の武器は砕けた。

 おかげで何度も死にそうになったけど、なんとか生き延びてきた。


 そうしたら頭兄貴が町を襲撃して手に入れたよくわからない金属の塊でこの剣を鍛冶屋に造らせた。

 それから壊れなくなった。

 安心して振り回せた。


 でもなんで私の身長よりも長くてクソ重いのを持って走らなきゃならないの?といつも思うけど頭兄貴の言う事は絶対だ。

 だから私も剣を持って走れるようにいっぱい訓練した。

 だから今では気配を消した状態で走れるようになった。


 そしてこの一年で周りの人達が剣に毒を塗り始めた。もちろん頭兄貴の指示だ。

 敵陣に入った時に手当たり次第に振り回してとにかく手傷を与えろ、だって。


 剣士や用心棒を相手にする時の猛毒や麻痺毒、魔法を使ってくる相手にする時の暗闇毒や沈黙毒。それらが即効するようになる補助毒を重ね塗りした。


 効果はばつぐんだった。


 最近では周りの人も毒類だけでは飽きたらしく、呪いの類も追加された。そして次第に悪ノリし始め『あらゆる状態異常を付加させよう』とか言い出して、剣から黒いモヤが常時発するようになった。しかも剣を持っていると私も痺れてくるおまけ付き。

 まあ、ほんの少し痺れる程度だから支障はないよ。

 正直、痺れるのは嫌。

 でも昔のように武器が折れるのはもっと嫌。

 だって死にたくないもん。

 だから少し痺れるくらいは我慢することにした。


 そんなことを思いながら私は長くて危なくて背負う気になれない剣を引きずって広場の隅に置かれている大きな樽に跳び座る。

 周りの樽は全部ひっくり返っていたり、壊れているのにこの樽だけまともに置かれている。


「まだやってんのかぁ」


 離れたところで戦闘音と悲鳴が聞こえる。

 どうやらいまだに無駄な抵抗する男がいるみたい。

 さっき私が殺したのが最後かと思った。

 私は私の周りにだけ聞こえる程度の声で独り言を呟く。


「あぁ〜あ、大人しく降参すれば命は助かるのに。特に女子供は抵抗しなければ何もされないのになぁ。命あっての物種。悔しかろうが憎かろうが嵐が過ぎるのをじっと待っているのが正解なのにね……あ、終わった?」


 剣戟の音が止んだので樽から飛び降り、樽の端をコンコンと二回ノックする。


「ってことで……大人しくしてなよ?」


 私はまたしても独り言を呟き、白薔薇盗賊団の撤収の合図が鳴り響く中、気怠げにその村を後にした。



「リズ姉さん、ただいま」

「あぁ、エルセティ。今回も無事で良かった!」


 アジトに帰還した私を見つけるなり抱きしめてくるリズ姉さん。

 いつもの事だけどリズ姉さんに癒される。

 けど私には『まだ』無いその大きい胸に顔をうずめるのはなんだかいつもモヤモヤする。


「ちょっと、リズ姉さん。苦しいって。それに私、汚れてる」

「あ、ごめんね? 心配してたから、つい」


 長い髪が私の顔に触れる。


「また髪が汚れてる。エルセティの髪は私の茶色と違って銀色で綺麗なんだからいつも綺麗にしてないとダメよ?」

「んー、そうは言っても戦闘中余裕無いよ」

「ふふっ、そうね。言ってみただけよ。さっきも言ったけどこうして無事に帰ってきてくれるだけで私は嬉しいの」


 リズ姉さんはいつも右の顔が半分隠れるように前髪を垂らしている。

 右目の付近に大きな火傷の痕があるせいらしい。


『この痕がなければ美人なのに。もったいない』


 リズ姉さんを見た人はほとんどこう言う。

 物心ついた時から『この』リズ姉さんを見ている私にとってはリズ姉さんはリズ姉さんであり、美人であることに違いはないと思っている。

 髪が綺麗で優しくて、いつもいい匂いがして胸が大きくて、博識。

 私の自慢の姉だ。

 私はリズ姉さんのためならなんだってする、なんだって出来る。

 頭兄貴にそう啖呵を切った事もある。鼻で笑われたけど。


「あ、そろそろ宴会の準備をしなくちゃ。エルセティも手伝って?」

「わかってる。いつものように軽く水浴びした後、配膳の方を頑張る」


 略奪(仕事)後は宴会。

 白薔薇ではそう決まっている。

 食事と酒を楽しみ、しばらくすると私達女は宴会場から締め出され、中の男達だけで明け方まで乱痴気騒ぎが続く。

 お酒なんか飲んで何が楽しいんだか、といつも思うけど、私も仕事と配膳の後は疲れているのでさっさと休めて助かる。




 剣をベッドの脇に立て掛けてベッドに腰掛ける。


「——っ痛ぅ!」


 右手に激痛が走り、ズキズキと痛む。


「今日はずいぶんと痛いなぁ。明日の朝には治っていると良いんだけど」


 仕事に行ってあの剣を使った後はいつも右手が痛くなる。

 剣の状態異常『呪い』の副作用だ。

 わかっていたことなんだけど、今回のはやけに酷い。肩の方まで痛みが来ている。


 いつもは痛くても寝てしまえば、次の日の朝には治っていたので寝るには少し早いけど寝ることにした。



 ☆☆☆


「……雨が降り始めたか」


 深い森の中、ひっそりと地面に口を開ける天然の裂け目。

 もはや切り立った谷と呼べる深さ広さの底には更なる森が広がり、さながら魔境の様相を呈していた。

 雨は地表の森で一旦受け止められるものの、地面から伝って来る雨水は滝のように谷の中へと流れ落ちて行く。


 そんな谷の底に存在している不自然な屋敷を谷の上から窺っているローブを着た男がそう呟いた。


「こりゃ好都合だ。これで足音や気配の心配をしなくてもいいな」


 いつの間にかローブの男の後ろに鎧を着た別の男が現れ、声をかける。

 ローブの男は屋敷から視線を動かさず会話を続ける。


「何を言っているんだ。相手は名うての盗賊団だぞ? この程度の雨音、気付く奴は気付く。油断しているとこっちがやられるぞ」

「はっ、わかってるって。相変わらず心配性だなぁ、ブロンの旦那は」

「冒険者ってのは心配の上に心配を重ねて行動して、やっとこさ生き延びるもんだ。ナノアはお気楽な騎士団に入っちまったから忘れたのか?」

「俺は暴れるの専門だったからなぁ。露払いと尻拭いは仲間に任せてたよ」

「だよな」

「はぁ……生活は安定するけど騎士ってやることなすことお堅くて気が滅入るんだよなぁ。あぁ、自由な冒険者稼業が懐かしい……」


 ナノアと呼ばれた鎧の男はそういうと懐かしそうに遠くを見つめた。

 そしてブロンと呼ばれたローブの男がその肩を軽く叩いた。


「ははは、身を固めるってのはそういうもんだ。来月には父親になるんだろ? 今からそんなこと言ってどうする」

「うぅ、嫁さんにもよく言われるよ。……よっし、じゃあ生まれてくる子供達のためにいっちょゴミ掃除と行きますか!」


 そうして二人の男が歩を進めると後ろの森の奥から数人、その後に続いた。


 男達はある程度屋敷に近づくと身を屈めながら足音を殺して予め決めておいた配置につく。


「よし、情報通り村を襲ったその夜は連れ帰った住人を凌辱しての大宴会。パッと見、始末した見張り以外、殆どの団員がこの狂事に参加しているようだ」

「油断しているのは都合が良いけど、なんともおぞましい現場で吐き気がしてくる。任務じゃなかったら絶対に入りたくない……」

「同感だな。さっさと片付けるぞ」

「今、嬲られている奴らは今日捕られられた村人の可能性が高いから拘束だけ……だった?」

「そうだ。つか、俺に確認するなよ。ナノアが指揮官だろ? ったく、俺とナノアが突撃して注目を集めた後、他の奴らが各所を制圧。計画の成否は俺達次第なんだからな。ここでこの盗賊共を根絶やしにするんだ……よし、行くぞ!」

「おー!」


 そうして二人の男が動き出すと周辺の木々からさらに数人の人影が後を追うように動き出すのだった。

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