思い出の完走
贅沢な和の空間の中で美人のお姉さんと二人きりで楽しく食事をして、食後には会話を楽しむ。前半部分はちょっと、俺の……不道徳な部分のせいで叶えることはできなかったけど、その代わり後半の会話の部分で失った何かを取り戻そうと俺は頑張った。
「先輩って、やっぱこういう所に慣れてるんですね」
向かいの席に座る美人の堂々たる立ち振る舞いというか、所作というか……俺とは正反対の大人の仕草を身につけていた先輩に尊敬の念を込めてそう言った。
「でも、男の子と一緒に来るのは初めてだよ」
たっぷりの色気を放ったその瞳に俺はドキドキした。自分には無縁のことだと思っていた処女信仰の思想が芽生えてしまうような、いけない気持ちにさせられた。
「……っていうと、やっぱり友達とかとよく来るんですか?」
何気ない質問をして俺は平静を装った。
「……姫森は本当にかわいいな」
「へっ?」
先輩は俺の質問にすぐには答えなかった。俺はその時、自分が普段言われ慣れていないこともあって、先輩のその言葉に対して間抜けな声で返すことしかできなかった。
「私は女の子としか付き合ったことがなくて、そういう関係のある子とよく来ていた」
……一気に話が摩訶不思議な世界へと到着してしまった。俺は多分その時、固まってたと思う。1秒ぐらい固まって、その後すぐに脳だけが動いた。話には聞いたことがある。思春期の女の子は同性の先輩にそういう気持ちを持つことがある、と。ひまり先輩はそういった女子たちから見ればカッコイイ先輩、憧れの先輩の部類に入るのだろう。先輩は学校一、いや地域一、下手したら日本一美しい女子高校生といえるくらいの美の化身だ。そう考えると、その話は俺にとっては何ら不思議ではない、むしろ自然な話に思えた。つまり、先輩の視点からすると、元カノとよく来ていた思い出の店に俺を連れてきた、ということになる。これって……もう、そういうことですよね?
「そんな大切な店に……俺みたいなモンを、連れてきてよかったんですか?」
もうされますよ?されますけど、一応、ね?一応確認といいますか、勘違いがあってはいけないし、自分のそういう……暴走行為といいますか、そういうことはするなよ、って雑誌にも書いてありました。だから俺はそう言ったわけ。
「美味しかった?」
最終確認です。ここでの返事なんて決まっています。
「はいっ」
「そうか……良かった」
この時の先輩の顔ったら……美しすぎて目が潰れそうになるとはまさにこの事です。ついに、やっと、ようやく……ビジュアルだけでいったら頂点に君臨するような素敵な彼女が俺に出来るんだ。……なんて甘いことを考えていました。
「……男の子にこんなにときめいたのは、生まれて初めてなんだ。今日は……少しやり過ぎてしまったかもしれないけれど、君がすぐに機嫌を直してくれて助かった」
来ました。なんか、すごく気に入られています。この私のどこがいいのかなんて、わかりません。しかし……あんまりこういうこと、言わない方がいいってことは知ってます。知っているのですが、あえて言います。……この女、俺に惚れてる!!!!
「今日は本当にありがとう。楽しかったよ。できればこれから……いや、その前に君に私の本当の気持ちを伝えたい。受け取ってほしいものがあるんだ」
そういって、先輩はトートバックからなにやら黒くて太くて、キラキラしたもので装飾された短いベルトのようなものを俺に差し出しました。
『君を飼いたい。この首輪をつけて、君が私だけのものだと証明してくれないか?』
「……で、その後、俺は一言、先輩に『ごちそうさまでした』つって、逃げて帰りました」
仙弥が話を終えると、全員が静まり返っていた。
「……あの女最後まで謝罪らしい謝罪しなかったな!!俺は謝ったのに!!年下の俺が!!あの変態ダメ人間めが!!!!」
仙弥が思い出した怒りを何もない空間に放って沈黙を破った。
「お疲れ」
「ごめん、仙弥君」
仙弥の二人の友人はそれぞれ彼にねぎらいの言葉をかけた。
「ちょっと待ってください。その先輩のこと、途中で嫌いになったっていってませんでした?なんで告白をオッケーする前提で話をしていたんですか?」
仙弥のブレブレの心情に不満をもったのはちよだった。
「お嬢ちゃん、そいつぁ、男にしかわからねぇことさ」
「わかりませんよ!!わかるように説明してください!!」
珍しく本当に怒った様子を見せるちよに、仙弥は真面目に答えてあげることにした。
「そうだね……まずは、普通にしてる分には、その先輩はとってもいい人で、俺が嫌いになったのはその先輩の意地悪の部分だったわけ。それで不意に笑った時なんかすごく可愛いし、ま、元々美人だし……」
「性欲でしょ?」
「はい」
鋭く尖った短い言葉で果穂は仙弥の言い訳を遮断した。
「最低!!」
「だって時折見せる可愛い部分が……刺さっちゃったんだもん……」
「まあまあ、ちよちゃん。男は皆、そうなっちゃうものなのよ」
アツシが仙弥をフォローした。
「男の醜い部分だよね……」
「キュウ先輩まで……」
納得のいかないちよは困ったように果穂に視線を向けて助けを求めた。
「……私もその店知りたいから、教えて?」
果穂は自らが招いた不和を話題を変えることによって無くそうとした。
「ああ、いいよ。ショー君なら余裕でしょ」
「ううん。いつもデート代は彼が払ってくれるから、たまには私がご馳走してあげたいと思って。サプライズでさ」
「素敵」
「カッコイイ~」
後輩の女子たちが彼女の精神性を褒めたたえた。仙弥は微笑みながら黙って何度も頷いた。
「いいなぁ……私も食べたい」
ちよが寂しそうに呟いたのを仙弥は聞き逃さなかった。
「ああ、何?おちよも、親子丼好きなの?」
「はい」
いつもより少し元気のない返事をする彼女に、仙弥は思いを巡らせた。
「じゃあ……後日、私がご馳走してあげましょう」
後輩の不機嫌を吹き飛ばしたい仙弥は思い切ってちよを誘うことにした。
「本当ですか!?やったー!!」
仙弥の思惑通り、ちよの機嫌が途端に良くなった。
「ずるーい。ボクたちにもご馳走してくださいよー」
「ハルトの分まで自然に集るなよ!!無理だよ!?四人分合わせたら、とんでもない金額になっちゃうから!!二人でも結構、俺にとっては痛いんだから!!君はハルトと行きなさい!!」
「ええ~……」
「可愛く落ち込んでもダメ!!……じゃあ、今日はそろそろお開きにしますか?皆他に何か、言っておきたい事とか、ある人?」
「だから文化祭の……」
「ダメです。断ります。今年はやりたいことというか、やってあげたいことがあるので」
「クソが……いいんだな?モテるチャンスだぞ?」
「……ちょっとだけ、悩ませて?」
「ダメです。もうこの話、終わり」
その日はグダグダと、いつもより少し遅くまで6つの人影は雑談を楽しんだ。