そして思い出の親子丼へ……
「それにしても怖いですね、その人」
沈黙を破ったのはユキだった。
「だろ!?俺がこうなっちゃうのも、無理はないだろ!?」
「でも、マッサージは受け入れたんですよね?」
少しとげのある言い方をしたのは、ちよだった。
「それはまあ……愚かでした」
「謝った方がいいんじゃない?」
果穂がさらに仙弥を追い込んだ。
「誰に!?」
「……今の自分?」
追い込んだ側の果穂がなぜか疑問形で答えた。
「えー……あの時は、スケベなことを考えて、申し訳ございませんでした」
「安易に美人についていかない、って約束してください」
ちよが仙弥の謝罪にシビアになった。
「これからは年上の美人には二度とついていきません。ドSな人にもついていきません。この度は本当に……申し訳ございませんでした」
皆が一斉にスマホを取り出し、頭を下げた仙弥の姿を写真に収め始めた。
「おい、キュウ!!お前だけなんで連射モードなんだよ!?」
「ご、ごめん。出遅れちゃって、変な所押しちゃった」
100点の行動をとったキュウが一連の流れに落ちをつけた。
「……まあ、そんなこんなで、右腕をズタズタにされた俺は、そんな状態でもお腹がペコペコでした」
「うわ、普通に喋り始めた」
少し驚きながら果穂がツッコミを入れた。
「落ちも近いから、ね?それに、もう腹はくくったし」
「遅ぇよ」
今度はアツシがツッコんだ。
「えーと、それでボウリングが終わった時点で、午後の2時過ぎ、もう3時近かったかな?」
「バカじゃねぇの!?何時間ボウリングやってんだよ!?」
アツシが嘲った。
「でもそんな……服屋も行ってからだったから、3時間、4時間くらいだよ」
「ノンストップボウリング?」
「そう。9ゲームノンストップ。もう腕パンパンだから」
「そりゃそうだろ。でもマッサージされたんじゃないの?」
「マッサージなんて効きません。もうその日、右腕上がりません」
果穂が体を震わせて静かに笑いながら口を開いた。
「ごはん食べれないじゃん」
「そうなんだよ!!さすが果穂!!それで、俺右腕が上がらない状態で高そうなお店に連れて行かれて!!」
「親子丼の、ね?」
「そう!!高級親子丼で有名なお店!!」
キュウのアシストを受けながら仙弥が女子たちに説明した。
「えー、すごーい」
「あ、ユキちゃん親子丼好き?」
「はい、好きです」
「そしたらあとで店の場所教えるわ。ハルト君と行ってきな?でも、値段見てから行った方がいい」
「えー、いくらなんですか?」
「一人前のお値段……なんと……」
仙弥はたっぷり間を空けて聴衆の気を引いた。
「2500円!!」
「高っ!!」
「ひえぇ!!」
「うっそー!?」
その値段にめいめいが驚きの声をあげた。
「お前、それ先輩に奢られてるんだよな?」
「はい」
仙弥がアツシの指摘を正面で受け止めた。
「ということは……」
「二人合わせて5000円です」
「何者なんだよ、ひまり先輩。服買って、ボウリング代払って、メシご馳走して」
「だから言ったじゃないですか。私、ほとんどヒモです」
「あとで金返したの?」
「いいえ」
「クソ野郎がよ!!」
「違います違います。これは慰謝料であり、プレイ料金だと考えてください。高校一年生の健康優良男児に自分の性癖をぶつけられる料金だと」
「お前、体を売る商売やってんのか!?中学の時も女子の先輩になんか小遣い貰ってたっていってたな!?」
アツシのツッコミの的確さに仙弥が笑い出す。
「……そうかもしれない。そういう才能が俺にもあったのかもしれない」
しばらくその場が笑いに包まれた。
「ごめんごめん。で、そういう高いお店に行ったことのない俺はキョロキョロしながら、先輩と二人っきりの個室に案内されたわけです」
「個室」
「すごーい」
「すごかったです。和風の……なんかすごい綺麗なお店でした」
仙弥の表現力の限界点は低かった。
「しばらくして、あのー……ふふふ」
思い出し笑いをしながら仙弥が説明を続けた。
「お相撲さんが優勝したときにお酒を入れるヤツみたいな、独特の器が」
「盃、な」
アツシが助け船を出した。
「そう、バカでかい盃が二つ運ばれてきて」
「蓋もでかい?」
「蓋もでかかった。それでその蓋を開けたらもう……」
仙弥は目を閉じ首を横に振ることで当時の感動を表現した。
「どうなってたんですか?」
ちよが続きを促した。
「オレンジ色、ちょこーん」
「ははははは、悪口じゃねぇか」
「悪口じゃない。これは違う。これは俺が間違えた。それで、さっそく食べようとしたの。その時に気が付きました」
「右腕」
「そうです!!果穂さん、伏線回収ありがとうございます。パンパンの右腕が上がらない。お箸と金色のスプーンがついてたんだけど、俺は左手でスプーンを使って食べようとしたの」
「右腕が終わってるからな」
「はい。これが全然、ダメで」
「あはははは、どういうことですか?」
ユキが愛想よく仙弥の話を盛り立てた。
「ぐちゃぐちゃになっちゃったの。すくえないの。慣れてないから、左手」
「あ、そういうことか」
ちよがやっと状況を理解したような言葉を口にした。
「そう。それで困ってたら、目の前に座ってる先輩がスーって」
仙弥が右腕を差し出す仕草をした。
「うわっ、アーンだ」
果穂がそれを察して言葉にした。
「そうなんですよ。情けない俺を見かねた先輩が……と思うでしょ?」
「違うんだな?」
「はい。皆さんは目の前に、明らかに自分に対して、一口分の親子丼が乗せられたスプーンを差し出されたらどうしますか!?」
「普通は……食べるよね」
キュウがどことなく哀愁を漂わせる言い方をした。仙弥はゆっくり首を横に振ったあと、差し出した右手を自分の口元へもっていく仕草をした。
「あーげない、でした。あのクソ女のことをその時に嫌いになりました。俺、そういう意地悪されるの大っ嫌いだから。特に空腹時は」
まわりから同情の声があがった。
「それで、お前はどうしたんだっけ?」
アツシが話の軌道を整えた。
「ちょっとだけキレました」
「ふふふ、どういうこと?」
果穂が笑いながら状況の説明を求めた。
「器に口をつけて、無理やり左手のスプーンを使ってその親子丼をかき込みました。最低限のマナーなんて知りません。私は飢えていた。先輩がなんか言ってたけど、それを全部無視して、ひたすらに親子丼をかき込んでかき込んで、会話なんてしない、風よりも速く、世界一雑に、汚く、2500円の親子丼を食べ切りました。それが私の復讐でした」
「醜いものを見せつけてやったんだよな?」
「そうです。先輩は大変美人な方です。おそらく美意識も高いことでしょう。私はそう思って、醜いものを嫌う人間の前で醜い行為を行うことによって、怒りを表現したわけです」
「でもその日、お前金払ってないよな?」
「……プレイ料金ですから」
「プレイ料金ならキレるなよ」
「ははははは!!確かに!!でも、お腹いっぱいになってさ、だんだん血糖値も上がってきて、冷静に考え始めたら、悪いことしたな、って思い始めて」
「なんなんだよ、お前。情緒不安定だな」
「ははは、お腹減ってると嫌な人間になってしまうんです、私は。最後食べ終わったあとに、スプーンを器にカラーンってやっちゃったし」
「別にかっこよくねぇよ、それ」
「ははははは。それでさ、先輩の方をなんとなく見てみたら、なんかへこんでて」
「効果てきめん」
「そう。ちょっとやり過ぎちゃったみたいで、俺、謝ったの」
「謝るなら最初からやるなよ」
「まあ……ね?」
「ちいせぇ男だな」
「それについてはもう、反論できない。そうです、私はくだらない男です。それで先輩に謝ったら、その時にやっと笑ってくれたのよ」
「あれ?発狂しない……」
果穂が静かに驚きの声を出した。
「その笑い方はすごく自然体というか、俺の好きな可愛らしい笑い方だったからさ。トラウマの対象外です」
「うーん……」
ちよが複雑な心情で誰にも聞こえないぐらいの小さな唸り声をあげた。
「それでお互いのこと話しながら……うぅっ」
「え?」
「うわぁぁぁぁ!!!!」
またしても、仙弥は発狂してしまった。それは一時中断という休憩時間のチャイムでもあった。