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14/17

1勝8敗

 

「……姫森仙弥さん、落ち着きましたか?」

 その言葉はアツシが仙弥に対して送った、このまま調査員と被験者ごっこを続けるぞ、という見えない意思表示でもあった。

「はい。すみません、彼女のあの笑顔を思い出すと……」

 仙弥は肩を震わせながらアツシの意図を汲み取った。

「無理はなさらないでください。一度、状況を整理しましょう。誰もがうらやむ美女にデートに誘われたあなたは、着の身着のままボウリング場にたどり着いた。こういう話でよろしいですね?」

「……はい。間違いありません」

「その日の支払いなどは全部彼女が?」

「……はい。ほとんどヒモでした」

 果穂が肩を震わせて笑った。それにつられて、ユキとちよも笑った。

「そのままボウリング場へ入ったのですか?」

「いいえ。ボウリング場の前に安価な服屋があったので、彼女にそこに連れていかれました」

「……そこで彼女に服を買ってもらったわけですか?」

「はい」

「どんな服を?」

「オーバーサイズのシャツと、カーゴパンツと、靴下と」

「フルセットですね」

「おまけにキャップも、彼女が買ってくれました」

「ずいぶんストリート系ですね。ちなみに、あなたがその日着る予定だった自分で用意した服装は、どんなものでしたか?」

「年上のお姉さんが相手だったので、ちょっと背伸びしてフォーマルな感じで固めていました」

「……危なかったですね?」

「はい。思っていた方向性と全然違ったので、はい」

 またしても静かな笑いが起こった。

「その後、ボウリング場へ?」

「はい。彼女と二人でボウリングを始めました」

「そこで何か変わったことは?」

「1ゲーム目に……勝ってしまったんです」

「勝ってしまった?」

「……まぐれだったんです。そうでなければ、運動部の彼女に私が敵うはずもない」

「点差は?どのぐらいの点差で彼女に勝ったのですか?」

「ほんの数ピン差です。10ピンも離れていない、ほんの僅差だったんです!!だけど……彼女は!!」

「落ち着いてください、落ち着いて?」

 深呼吸をつく被験者。

「……すみません、もう大丈夫です」

「落ち着きましたか?」

「はい」

「それでは、続きを教えてもらえますか?」

「……8ゲーム」

「え?」

「その後……8ゲーム連続で、彼女に徹底的にボコされました。彼女、負けず嫌いだったみたいで」

「それにしても、8ゲームですか。普通は自分の勝ち数が相手よりも多くなったら、満足してそこでやめますよね?」

「そうですよね!?私は3ゲーム目でその事に気づきました!!このまま彼女に負ければ、2勝1敗で彼女は満足する。そうなったら彼女は笑ってボウリングをやめるだろう、そう思っていました……」

「そうは、ならなかった?」

「3ゲーム目が終わった後……彼女は黙って4ゲーム目を始めました」

「あなたは何も言わなかったのですか?」

「いいえ。言いました。『いつまでやるつもりですか?』って」

「彼女は何と?」

「『君の腕がちぎれるまで』……彼女は笑って……うぅっ」

「大丈夫ですか?あまり、彼女の顔を具体的に思い出さない方がいい」

「……はい、大丈夫です。すみません」

「4ゲーム目以降のことは、覚えていますか?」

「正直、3ゲーム目を終えた時点で、私の腕は重くなっていました。次のゲームからは、ほとんど無言でやっていたと思います。だけど、彼女だけは……うぅっ」

「姫森仙弥さん、大丈夫ですか?気をしっかり持ってください」

「……苦しみ、冷や汗をかく私の顔をみて、彼女だけは楽しそうだった。私は少しずつ、彼女に対して不信感を持つようになりました」

「……それは、どんなものですか?」

「ちょっとこの人おかしいぞ、って……何か、人が嫌がっているところや、苦しんでいる様子をみて、明らかに喜んでいる、って」

「……ドS、だったんですね?」

「はい。それは9ゲーム目が終わってから、確信したことでした」

「というと、そこで何かが起こったわけですね?」

「……はい。もう私の右腕は完全に上がらなくなっていました。ちょっと休憩させてほしい、と私が彼女に頼むと……彼女は……うぅっ」

「笑ったのですね?」

「……はい。結果的にボウリングをやめることができた私はその場で備え付けの椅子に座り込みました」

「その時の彼女の様子は?」

「息ひとつ、上がっていませんでした」

「他に何か、変わったことはありましたか?」

「彼女は……椅子に座る私に近づいてきて、私の右肩に手を伸ばしてきました」

「彼女に対する不信感を持っていたあなたは彼女の手を?」

「受け入れました」

「なぜ?」

「それはひとえに……私が思春期だったからです」

「いやらしい気持ちがあったわけですね?」

「はい、間違いありません」

「……彼女の手があなたの右肩に触れた、と?」

「はい。彼女は……マッサージをしてくれて」

「なるほど。火照りきったあなたの右肩を癒そうとしてくれたわけですね?」

「違う!!あの怪人は!!……オェェッ!!」

「どうされました!?」

「すみません、当時のことを思い出して、ちょっと……」

「その時、マッサージの他に何かされたのですか?」

「……かじってきました」

「かじって?」

「……はい。私のマッサージをしてくれかと思ったら、彼女が突然、私の右肩をガブリと噛んだのです」

「抵抗はしなかったのですか?」

「しました。こう見えて私、人よりも声が大きいので思い切り叫ぼうとしました」

「叫ぼうとした、ということは」

「出来ませんでした。彼女は手で私の口を塞いできたのです」

「振りほどけなかったのですか?」

「無理でした。こっちは満身創痍の状態で……もっとも、朝の状態でも彼女の手を振りほどけなかったのですから、それも当然だったのかもしれません」

「……それから、どうなりましたか?」

「もだえ苦しむ私に対して一言……『情けない』って、うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「姫森さん!?大丈夫ですか!?」

 仙弥が再び発狂し、その場は一時中断となった。



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