思い出の親子丼のことなんか、もう知らない
「キュウはカンナのどこが好き?」
仙弥がいきなり話題の懐に飛び込んだ。
「うーん、いつものというか、前の元気な普通のカンナちゃんが好き」
「お前が遊びに来るたびに部屋に閉じこもる前の、だ?」
「うん」
「伝えとく。今度家来たら、よろしくな?」
「うん……」
キュウは不安そうに声を絞り出した。
「キュウ先輩が太ってたって話って、本当なんですか?」
ちよが以前からずっと気になっていた話題を仙弥に振った。
「ああ、ホント。あのー……キュウとは幼稚園の頃からずっと一緒でさ、出会ったその時からプニプニしてて」
女子たちが驚きの声をあげながらキュウのことを見た。
「はっきりいってメチャクチャかわいかったです。今ではこんな爽やか、いや何て表現だったけ、こういう……あ、そうだ。眉目秀麗な男子高校生に仕上がっちゃってるけど」
「なに?おまえデブ専なの?」
アツシが仙弥をからかった。ちよはそれにドキリとさせられた。もしそうだとしたら、自分の体形は正反対のものになるからだった。
「いや、そうじゃない……と思う。ただ、他の人より気にならないタイプってだけで」
仙弥の答えにちよはホッと胸を撫でおろした。いわれてみてば、それはとても彼らしいとも思った。
「見た目も丸々としててかわいいし。で、いつもニコニコしてて愛想もいい。俺たちの行ってた小学校って、牧歌的なのんびりとした所だったから、それでわりとキュウは人気者の部類だったの」
「そ、そうだったの?」
なぜか本人がその評価に対して驚いていた。
「うん、そうだよ?それで、小学校まではそんな感じで過ごしてたんだけど、中学に上がると色んなやつが入ってくるじゃん?価値観の違う連中というか、そういうやつら。その中でも特に過激な思想をお持ちの、ね?そういうやつがいたんだよね?」
仙弥はキュウに同意を求めた。
「太ってる人が嫌いな人、ね」
キュウが要点をズバリと口にした。
「そう!!俺もその当時ビックリしたんだけど……たぶん……そいつとは成長の過程の……いや、根っこの部分がそもそも違ったんだと思う」
「あー、クラスメイトとか、親とか、周りの影響ってモロに出るよな?」
アツシが納得した様子で仙弥に同意した。
「そう!!幼少期の大人との関係って大事!!俺たちの場合、そういう環境にすごく恵まれていて。そういう……汚い言葉とかはもちろん使わない、子供相手に変なイキリというか、そういうことをしない大人ばっかりで、そういう環境で育ってて。だからそれまで全然そんな思想と縁が無くて」
ちよは仙弥に対しての理解が少しだけ深まり、嬉しくなった。妙に人のことを褒め、悪口も滅多にいわない彼の人柄の良さのルーツに、彼女は思わぬ形で触れることができた。
「で、中一の夏前ぐらいだったかな?ある日、キュウが女子たちの群れの前で泣いてたの」
「お前女子に泣かされてたのかよ!?ダッセェ!!」
アツシが今度はキュウをからかった。
「あはは。でもそれ、今でもあんまり変わんないかも」
キュウはそれを穏やかに笑い飛ばした。
「何があったの?」
果穂が話の続きを促した。
「その場は俺が間に入って。キュウの身柄を引き受けまして。で、キュウに事情を聴いたところ、どうやらその群れのリーダー格の過激派の女子が、自分の手下たちの前でキュウの体型について、えげつない吊るし上げ行為を働いた、と」
「うわ……」
果穂が言葉を失い、他の女子2人は顔をしかめた。
「キツイよな……女子のそういうやつ……」
アツシが心の底からの同情の声をキュウに送った。
「あはは、結構な人数の前で泣かされました。逃げ場がなくなっちゃってさ。仙弥君、あの時は本当にありがとうね?」
当事者だけが明るく笑った。
「いいんだよ、キュウ。俺はお前が大好きなんだから……ちょっと大声出してもいいですか?」
そういって仙弥はまわりの同意を待たず、大きく息を吸い込んだ。
「大嫌いだ!!俺はそういうやつ!!大っ嫌い!!キュウは勉強も運動も全然できなかったの、その当時は。だからそいつに対して歯向かう術がないの。……アイツは!!あのクソ女は!!それがわかってて!!俺のキュウに!!わざわざそんな酷い仕打ちを!!ただ自分の醜い欲求を満たすためだけに!!俺のキュウを傷つけた!!!!だから俺はずっと嫌い!!アイツ!!生きながら腐って死んでしまえ!!あんなヤツは!!もうそうなってるだろうけどな!!!!」
本人が穏やかなのに対し、なぜか仙弥が感情を爆発させた。キュウは照れくさそうに頭をかいて嬉しさを表した。
「まあ、それがきっかけでダイエットを始めることになって」
先ほどまで見せていた怒りを完全に断ち切った仙弥が話を再開させた。