07.笑顔が溢れる場所
「皆の者、今宵は無礼講じゃ!!」
ワイルドボアの解体は夜まで続いた。
その後ミスティカの計らいで肉の一部を領民に振る舞う事が決まり、中央通りはお祭り騒ぎとなっている。
「ほれ、カゲトラも食え!功労者なのじゃ、遠慮するでない!」
「では、いただきます……うまっ!」
分厚いステーキは驚く程柔らかく、豚肉よりも甘みが強い。
味付けは塩コショウによる簡素なものだが、それが一層素材の味を引き立てる。
「そうじゃろそうじゃろ!」
ミスティカが得意げに笑う。
街の人々も皆笑顔でステーキを頬張っている。
「りょうしゅさまー!アンリおねーちゃんが呼んでるよー!」
「む、今行くと伝えてくれ!シヴァ、後は任せた!」
「御意」
ミスティカは宴の最中も領民の話に耳を傾けつつ忙しなく動いていた。
「領主ってのはつくづく大変だな…」
「はい。そんなお嬢の負担を軽減するのが私の役目でもあります」
「シヴァさんもすごいですよ。阿吽の呼吸というか…」
「お褒めに預かり光栄です」
シヴァさんは仕事が出来る。
それはたった一日一緒にいただけでも十分すぎる程伝わった。
「そういえば…シヴァさんはどういった経緯でミスティカに仕える事に?俺みたくスカウトですか?」
「いえ……私の場合は……みなし子となった所をお嬢に拾って頂いたんです」
「……話したくない事は話さなくていいですよ。聞いておいて何ですが…」
「…カゲトラ殿はお優しいですね」
「殿って何ですか。呼び捨てにして下さいよ。俺がミスティカを呼び捨てにしてるのに釣り合わないでしょう」
「ふふ…貴方達はどこか似ていますね。では、私めもシヴァとお呼び下さい」
そう言ってシヴァは柔らかく笑った。
ずっと仏頂面だったので少し驚いた。
イケメンは何しても絵になるな。羨ましい。
チクショー。せめてシヴァの半分くらいの顔面偏差値があれば。
でも…そんなふとした笑顔で、ぐっと距離が縮まった気がしてしまった。
「あの……嫌だったら断ってくれていいんですけど!これから敬語をやめてもいいですか!?」
「ええ、勿論構いませんが…」
「俺、彼女どころか男友達もいなかった…んです。だからシヴァとは同僚だけど、友達としても仲良くなりたい、と、思っていて、」
くそ。しどろもどろだ。
本当は昔の事なんて一瞬たりとも思い出したくない。
でもシヴァの話を聞いたのに俺が話さないのが何だか嫌だった。
「…こちらこそよろしくお願いします。カゲトラ」
「ありがとう。良ければシヴァもタメ語で話してくれると嬉しい。敬語の方が話しやすいなら無理しなくていいけどな」
「む………善処し……んん、善処する。」
照れ顔の破壊力が高すぎる。
つられて俺も照れてしまう。
シャネルさんの時より顔が赤くなっている気がする。
「にしても…お嬢、少し遅いですね。普段は何事も私を伴って下さるのですが…」
確かに、二人が別行動するのを初めて見た気がする。
そしてそれはきっと――
「……すまぬ、待たせたのぅ!おぬしら、男同士なーにを話しておったんじゃ?」
ミスティカは俺達をニヤニヤと見つめる。
「他愛もない話ですよ。な、シヴァ」
「ええ、カゲトラ」
「なんじゃ、つれないのぅ」
言葉とは裏腹に彼女はとても嬉しそうだ。
またしても彼女の手のひらの上というわけだ。
「…全く、ミスティカには敵わないな」
「はて、何の事かのぅ」
こんな時間がずっと続けばいい。
………まだ何も知らない俺は、そんな風に浅はかに考えていた。