05.危機襲来
「挨拶が遅れたな。わしはミスティカ。この街の領主をしておる」
こんな年端も行かない少女が領主様な事に驚きを隠せない。
「おぬし、わしを子供と思っておろう!?」
「い、いえ」
「いーや!!思っておろう!!」
はい。思ってますとも。
「わしはエルフじゃからの!見た目は幼くとも長生きしとるんじゃ!」
確かに彼女の耳は長く尖っている。
エルフが長命なのはファンタジーでは定番の設定だ。
この世界も例に漏れずという事だろう。
「カゲトラ、おぬしを探しておったんじゃ!ほれ、行くぞ!!」
「え、あの」
「いいから!!行くぞ!!」
そのままぐいと腕を掴まれる。中々に強引だ。
「ナギ、邪魔したの!食事はまた後日頼む!」
「あいよっ!」
カウンターの方を振り返るとナギさんがふりふりと手を振っていた。
俺は小さく会釈して店を後にした。
お騒がせしました。また来ます。
「領主館は極楽亭の裏手じゃ!すぐ着くからの!」
街の中央部に居を構えているのか。
食後の運動とは言うものの不慣れなうちは程々が丁度いい。助かる。
「…御無礼をお許し下さい。お嬢は貴方に期待してまして」
イケメンが俺の耳元で囁く。
「…いえ、いいんです。お役に立てればいいんですが」
一応これでも本心だ。
俺はこの世界で生きたい。
それには穀潰しではいけない。
何かを営まなくてはならないのだ。
わしのモノになれ…か。
…でも、"モノ"とはどういう事だろう。
奴隷にするなら俺の能力は不向きだ。何せ俺自身に何の効果もないのだから。
もしかすると領主様はマッチョになりたいのか?
ちっちゃいもんな。身体能力を必要としているのかもしれない。
やがて大きな屋敷の前に到着する。
意外にも見た目はログハウス風で絢爛さはない。
シャネルさんの娼館の方がよほど煌びやかだった。
「ここが領主館じゃ!ささ、中に入るのじゃ!」
内装も最低限の調度品しか置かれていない。
本当に生活だけ出来ればいい、という事なのだろうか。
にしては大きな建物だが。
「…おぬし、質素だと思っておろう!?」
「い、いえ、そんな事は」
「いーや!!!思っておろう!!!」
はい。思ってますとも。
「留守にする事が多くてな、物があっても仕方ないのじゃ」
そういえば遠征帰りだったか。
遠征って何をするんだろう。
「わしやシヴァのように戦える者は戦わねばならん」
どうやらここは戦いのある世界のようだ。
スキルによっては戦闘に不向きな物もあるのだろう。俺のように。
「そこでおぬしのスキルの力を借りたいのじゃ!勿論謝礼は出す!」
やはりマッチョになりたかったのか。
これは…俺にとって相当いい話じゃないか?
何せ領主様の見た目なら欲情する事はない。
俺の好みはシャネルさんのような健康的むちむちボディだからな。
命の危機から逃れられ、しかも給料が出るなんて至れり尽くせりだ。
「とは言っても…わしもアンリに聞いただけじゃから詳しい効果は分からんがの」
アンリ…鑑定所の受付嬢さんか。
俺が会いたがってたから紹介してくれたんだな。
あの時は仕事中だから突っぱねられただけでまだ脈はあるかもしれない。
「なるほど、実はあの後……」
俺はシャネルさんに起こった事を話した。
「ふむ……シャネルか。それならもしや…うぅむ…しかし…」
何やら考え込んでしまった。
……全部バカ正直に話してしまったが、目的がマッチョでないとしたら……
せっかくの好条件がパァに!?
それだけは避けたい。お試しでもいいから雇って貰わないと!
「…俺自身に効果のないスキルなので、領主様に雇って頂けると大変助かります!!」
結局正直に頼み込んでしまった。
嘘は苦手なんだ。これだからつまらない奴って言われるんだろうな。
「うむ…決まりじゃな!シヴァ、ベッドメイキングを頼む!」
「御意」
何とか雇って貰えるようだ。
ほっと胸をなでおろす。
***
「ここが寝室じゃ!どうじゃ、ふかふかじゃろ!」
案内された先には柔らかいベッドが並んでいた。
「早速じゃが休むとしようかの。どれ、手を繋ぐんじゃろ?」
「は、はい。肌を合わせないと死ぬみたいで」
「うむ。シヴァ、頼む!」
「御意」
イケメン従者もといシヴァさんが俺と領主様の手を紐でしっかりと縛る。
「これなら万が一にも離れる事はあるまい!」
なるほど。その道のプロのシャネルさんならともかく、普通に寝ていたらうっかり離れてしまうかもしれない。
「寝苦しいかもしれませんが…よろしくお願いします!」
「なんの、くるしゅうない」
「私も休ませて頂きます」
「うむ!良い夢を見るのじゃ!」
「御意」
そう言うとシヴァさんは隣の部屋へ移動した。
灯りを落とすと領主様はぽつぽつと話し始めた。
「…時にカゲトラよ。この街をどう思う?」
「え…最高ですよ。みんないい人で、俺みたいな余所者にも優しくしてくれて…」
「…そうか。そう言って貰えると頑張り甲斐があるのぅ…」
…この人は破天荒だけど優しい人なんだろうな、と思った。
でないとここまで稀人が安心して暮らせる街は作れない。
例えばこの領主館にしたってそうだ。
街の中央、つまり領民から一番近い場所だ。
受付嬢さんが親身だと言っていたのが分かる気がする。
心を許した途端眠気に飲み込まれる。
目が覚めたら領主様はマッチョになっているはずだ。
心の準備をしておかない…と……
…
……
………
「…カゲトラ!!目を覚ますのじゃ、カゲトラ!!!」
領主様が俺を呼んでいる。
まだ外はうっすらと暗い。早朝のようだ。
「起きたか!!シヴァ、紐を解くのじゃ!!」
「御意」
すっかり身支度を整えたシヴァさんが手際よく紐を解く。
「早くからすまんの、緊急事態じゃ」
「緊急…って、どうしたんですか?」
「魔物が外壁を破ったのじゃ!!!」
分厚いレンガで出来た10mを超える外壁。
あれを破る魔物がどれほどの大きさかは想像に難くなかった。
「討伐に出る!!カゲトラはここで待て!!」
そう叫ぶ領主様の姿は、どこにでもいる幼い少女のままだった。