02.スキルのクセが強すぎる
扉をくぐると活気溢れる街並みに出迎えられる。
人々の往来が多い。その様子は現代の歩行者天国を彷彿とさせる。
鑑定所はすぐに見つかった。一際目を引く大きな建物に虫眼鏡のマークをあしらった看板が掲げられている。間違いないだろう。
「いらっしゃいませ…あら、稀人さんですね!ようこそ鑑定所へ!」
朗らかな受付嬢だ。陽キャオーラがまぶしい。
「…えっと、スキルの、鑑定を」
「かしこまりましたー!こちらの番号札をお持ちになってお待ち下さい!」
流石の手際の良さだ。
転生者の来訪が日常茶飯事なのは本当らしい。
ふかふかの椅子に腰を下ろして間もなく俺の番号が呼ばれた。
***
「…カゲトラ様、いいですか!?今から説明するスキルについて絶対に簡単に人に話さないで下さいね!!」
鑑定自体はつつがなく行われた。
スキルの内容は個人情報に当たるので別室で告知するとの事だった。
そうして案内された先で先程の受付嬢に詰め寄られている次第だ。
圧を感じた俺はこくこくと頷いた。
「あなたのスキルは……“肌を合わせて共に眠った女性のエネルギーを増幅させる能力”です……!!」
………うん???
もう少し詳しく教えて欲しい。あと秘密にしなきゃならない理由も知りたい。
よほど素っ頓狂な顔をしていたのか、彼女はそのまま言葉を続ける。
「ああ、そうですよね、稀人のカゲトラ様には分かりませんよね…」
その通り。何が何やらだ。
「この世界ではエネルギーに関する能力はレア中のレアです…発覚したらカゲトラ様の自由はなくなります…どの国もあなたを欲しがるでしょう」
なるほど、引く手数多な能力なわけだ。
「この街の領主様はそんな横暴を許すまいと様々な仕組みを整えて下さってます。しばらくは滞在する事をお薦めします」
聞けば聞くほど素晴らしい環境だな。
俺は困難に立ち向かったり強敵と戦ったりを望むタイプではない。
手厚い待遇最高。福利厚生は充実している程良いのだ。
「そしてもうひとつ…カゲトラ様のスキルには制約が多すぎます。スキルの制約はいわば弱点そのものです。にしても…これは…」
これは?
「先程お伝えした通り、眠る際は女性と肌を合わせる必要があります。肌と言っても部位に限りはなく、例えば手を繋ぐだけでも構いません」
そもそも女性と一緒に寝るのがハードル高いんですが。
「単独で眠ってしまわないように常に行動を共にするパートナーをお早めに見つけて下さいね」
無茶振りだ。こちとら彼女いない歴イコール年齢だぞ。
…いや待て。もしかするとこれは役得じゃなかろうか。
スキルを大義名分に毎日女性とベッドイン。やがて育まれる愛。なんという美味しいシチュエーション。
俺は不健康だが健全な男子なのだ。妄想するなという方が難しい。
「そしてもうひとつが……あの……」
彼女は一瞬言い淀むと顔を赤くする。
「……射精…を…してはいけません……」
なるほどなるほど、陽キャだけど下ネタには不慣れなのか。可愛いな。
ではなく。
………は!?何だそれ!?
健全な男子にその仕打ちは酷じゃありませんか!!??
隣に!!!女性が寝てるのに!!!シコる事も許されんのか!!!!
「これらの制約を破った場合、カゲトラ様は死亡します…」
しかも死ぬの!?!?!?
「……ですので、スキルについては秘匿を強くおすすめします!スキルを持たない稀人さんもいらっしゃいますので不自然ではないかと!」
そうします!!!
俺は黙ってぶんぶんと頷く。
とんでもない話だがこんなに優しい子が俺を騙すはずがない。
俺のスキルは彼女が告げた物で間違いないだろう。
前途多難。まだ何もしていないのに疲れがどっと押し寄せる。
……待てよ。落ち着いて考えてみると……
「…そのスキル、俺には何の効果が…?」
「特にありませんね!その点もクセの強いスキルですのでご注意下さい!」
ですよね!?
あるのは死ぬリスクだけ、と…
「ちなみに、スキルが消えたり変わったりする事は…」
「前例はありませんが断言は致しかねます。稀人さんには不思議なスキルをお持ちの方も多いですし…」
スキルにはスキルで、か。確かに一番可能性が高そうだ。
どのみち何もしなければ一生ハードモード確定だ。せめて悪あがきくらいはさせて欲しい。
それまでは禁欲縛り上等。プロ童貞の底意地を見せてやろうじゃないか。
「スキルとうまく付き合って行けるよう私達も精一杯サポートさせて頂きますので…カゲトラ様、一緒に頑張りましょうね!」
「ありがとうございます…!」
そんな事言われたら好きになってしまう。童貞のチョロさを舐めないで頂きたい。
「あと…このペンダントの有効期限ってどのくらいですか?」
「黒く濁り切るまで大体一ヶ月程です。それまでに自活の為のご準備をして頂いてます!」
自活。その言葉が俺に重くのしかかる。
話を聞く限りは良い街だが、今はまだ親切な人にしか会っていないのでそう思っているだけかもしれない。
ああ神様。どうかブラック企業だけは何卒ご容赦下さい。
俺はこの世界で悠々自適に暮らしたいんです。
「当社では就職先の斡旋も行っておりますので、カゲトラ様にぴったりのお仕事が見つかるようお手伝いさせて頂きますね!」
「助かります…」
ホワイト企業でお願いします、とは流石に言えなかった。
それにしても…稀人をここまでサポートしてくれる領主様は一体何者なのか。
稀人事情に明るい方ならスキルに関与できる稀人さんをご存知ないだろうか。
「その…不躾なお願いですが、領主様には会えますか…?」
「勿論です!領主様は私達領民に親身に接して下さいます!今は遠征中のご様子ですが、お戻りになられたらお会い出来るかと!」
「わかりました…ありがとうございます…!」
話す事は難しくなさそうだ。
俺の命と童貞卒業の為に日々情報収集していかねば。
そうそう。この質問は命の為であって。決してやましい気持ちではなくて。
「話は変わりますが…お姉さん、今晩のご予定は…?」
「すみません、当社ではお客様との個人的な接触は禁止されておりまして!」
そう笑顔で言い放つ彼女からすまなそうな様子は全く感じられなかった。
「ご利用頂きありがとうございました!またのお越しをお待ちしております!」
…この子、別に俺の事好きじゃないな。
そんな当たり前の事実に打ちのめされながら俺は鑑定所を後にしたのだった。