呪いの木裁判
「……それでは開廷します。被告人は……えー、まあ、人ではないか」
裁判長が呆れたようにそう言うと室内に嘲笑的な笑いが起きた。その中で唯一、真面目な顔をしたままの者が口を開く。
「えー、裁判長。このような広く、ええ、立派な法廷を使わせてもらえただけでなく、今回は非公式ながら裁判を開いていただきありがとうございます。ええ、高くて立派な天井ですね。お金かけてそうだっと、あの天井画は何てタイトルでしょう?
ははっどうでもいいですかね。枝に隠れて見えませんな。ま、それはともかく裁判だというのにどうやら皆さん、あまり真面目に資料のほうを読んでいないと思われる。なので発起人である私がおさらいをしましょう。よろしいですかな」
「ああ、好きにしたまえよ」
裁判長はふん、と鼻を鳴らした。非公式ながら? 当然だ。あれを運び込むためだけに裁判所の扉を外しやがって、と。今回も何もない。次などあってたまるか。
「今回の裁判の被告はこの言わば、呪いの木でございます。生年月日は定かではありませんが、所在地は山近くの野原ですね。
ええ、彼が根を下ろしていた野原の後ろには木々が生い茂った山がありまして、彼はそこから一人、まるで除け者の様に野原にポツンと立っておりました。
所有者は一応、大手の不動産会社。彼が生えていた野原ごと買い取ったのでございます。宅地にしようと考えたのですね。開発の波が押し寄せたと言いますか、ま、それはよろしい。
さて、当然彼の存在は邪魔なわけです。伐採しようとまず業者を呼んだのですね。しかし、作業員がチェーンソーで切りかかるも何故か弾かれたように自分の太ももに刃が当たり切断。出血多量で死亡したわけですね。気を取り直し、まず枝から切ろうと鋸を携え、木に登った作業員は何故か足を滑らせて落下。首の骨を折り、これまた死亡。上手く登り、枝を切り落とした作業員もいましたが、その切った枝が下に落ち、上を見上げていた別の作業員の目に突き刺さり、その作業員は死亡と。えー、そして枝を切った作業員はパニックを起こし、自責の念に駆られたのでしょうかな、そのまま木から飛び降り自殺。で、えー、何ですかな裁判長」
「いや、なんでもない続けてくれたまえ」
欠伸を咎められた裁判長は不機嫌に鼻を鳴らした。
何故か弾かれたように? 何故か足を滑らせ? 何故か何故か?
馬鹿馬鹿しい。三流の業者だっただけの話だろうに、と。
「えー、それでですね、呪いの木として噂が広まりまして、肝試し感覚で現地に訪れる者が多数あり、作業を一旦中止に決めた不動産業者はその対応としてフェンスを設置することになったんですね。ですが乗り越え、彼の枝で首を吊る者、現在までで五人。うち一人は巡回中の警備員に助けられ病院に搬送。今もベッドから動けずにいるのですが筆談の結果『木に呼ばれた』そう証言しているんですね。つまりは自殺教唆。作業員の件も殺人罪と。が、しかし、それは言いがかりであり、週刊誌の彼に対する侮辱的な記事。呪いの木などとは名誉棄損もいいとこ! 彼は無実なのですから! 彼にあのまま、あの場所で生き続ける権利を是非!」
その者は腕を振り上げたが歓声は起きなかった。しかし、嘲笑も起きなかったのはその者が
「んー……博士。あなたは人間国宝とも呼ばれるお方だ。だから私もこの裁判を了承したがこんなこと……まあ、いい。で、今目の前にあるそれが呪いの木なわけだな。ああ、失礼。博士は呪いの木ではないと。てっきり逆かと思ったよ。ただの木を呪いの木だと喚き、裁きを受けさせようとしていたのかと。まあ、何にせよ、会話ができもしないのにやはり裁判などとは――」
「そう! そこなんですよ! そこで役に立つのが私の発明品。これをこうして木に取り付けて……よしと。
ええ、このスピーカーから彼の考え、言いたいことが音声として出るので問題なく、さあ皆さん、彼の言い分を聞こうではありませんか! 誰にでも弁明、話をする権利はあるのです!」
今度はハッキリとこの場にいる者、全員からため息が漏れた。一部、博士と亡くなった作業員の遺族を除きだが。
「……それで博士。ちなみにその装置とやらに繋いでいるそれはサボテンか?」
「おお! よくお気づきになられましたね。彼は言わば通訳です。こうしてコードに繋いで、はは、まあ糸電話を想起するかもしれませんがこのサボテンを通して、彼に正確に言葉を伝えてもらう訳です。何せ、相手は植物ですからね。人語をすんなり理解できるわけじゃないので。でも研究の結果、観賞用のこのサボテンが一番的確に翻訳してくれると分かったのです。品種改良などをしているほうが人間と近いのかもしれませんな。ああ、そう、それでスピーカーから出る彼の言葉ももしかしたら拙く、少々わかりにくい部分もあるかもしれませんが、ご了承ください」
裁判長は額に手を当て、もう好きにしなさいと言うようにもう片方の手を振った。
「ささ、では頼むよポンチくん。あ、このサボテンの名前です。よしと、えー、木くん。君は意図して作業員、そしてその他の者を死に導いたのかね?」
『わたしたちは生きている。わたしたちわたしたち大変都合がいい。ああ、気持ちいい』
「……博士」
「ええ、お待ちください。試運転ということで。前に会話したときも大分時間がかかりましたから。ええ、この裁判に出廷してもらうために交渉したのです。大丈夫。さ、もう一度訊くよ? 君はえー、そうだ。君を切ろうとした者たちを殺したのかね?」
『わたしきるいたいいたいいたいいたい。それほどいたくはない。かゆいかゆいいたいいたい』
「君は自分に登った人を落としたのかね?」
『わたしたちはなにもしていない。なにもなにもなにも』
「おお、ほら! 聞きましたかみなさん! さ、では君は人間を呼んだことあるかね? 自分の枝で、首を吊るように誘ったかね?」
『つるつるつる。わたしたちはなにもしない。するのはひと。よばない。さわるなさわるなとおもっているあつい』
「どうです! この通り、彼は自分が呪いの木ではないと主張しています! すぐにその侮辱的な呼称は改めるべきなのです!」
「あー、博士? 別に我々も呪いの木などとは思ってはいないよ。まあ、確かに世間には勝手に騒ぎ立てる馬鹿共はいるようだが。
……と、失礼。ああ、その顔。ご遺族の何人かは信じていたのか。こりゃ失礼。ええと、それで博士。その木が呪いの木ではないとわかってそれが何がどうだと言うのかね? ただの木ですと広めればいいのかね?」
「ええ、ですが彼はそんなことどうでもよく、先程申し上げた通り、ただあの場所での生存権を認めて欲しいと主張しているのです!
そう、彼にあの野原で生きる自由を! 作業を再開しようとしている業者に伐採中止命令を出してください! ええ、木にも権利というものがあり――」
『わたしたちわたしたちただいたい。きられるのはいたい。よるなさわるな』
「はぁー、その音声、頭が痛くなってくるよ……。事前に作ってきたものだろう? もうスイッチを切ってくれ」
「その木は呪いの木です! 主人はその木に殺されたんです! 私が! 私が殺してやるわあああああ!」
「奥さん! おやめなさい! 警備! 取り押さえて!」
『ひとひとひとひときもちわるい。ばかばかばかばかおまえらばか。ほんとばか。ばかばかばかばかしんでばっかばか』
「博士……悪趣味が過ぎますよ」
「いえ、ですから私が言っているわけではありませんから」
「はぁ、まあいいでしょう。ああ、判決を下しましょう。裁判ですからね。被告、呪いの木は……死刑!」
「え! どうして!」
「もうそれでいいでしょう。邪魔だったんでしょう? ほら、不動産会社の人も頷いている。ご遺族の方もまあ、ほら、処分するに越したことはないと。さっさとここから運び出してどっかの処分場か何かでまあ、始末しといてくださいよ」
「いや! ですからね、約束したわけですよ、しっかりと権利を認めてもらい元の場所に戻すと。それを違えるというのは……」
「木との約束ぅ? はぁ……いや、そもそも、それは呪いの木ではないのでしょう? なら別にそう恐れる必要はないでしょう。博士もそう主張したではありませんか。その木は土地を購入した不動産会社の物。どう処分しようと勝手なわけですよ」
「いや、恐れているわけではなく彼を尊重してですね。そもそも、彼は無罪であって生きる権利があり、そう、呪いの木などではないと言っても立派な一つの命であることに変わりなく、恐れ敬いそして、これが認められることにより、この話が、私の発明が世に広まりやがて人と木、植物たちは密接な繋がりを持ち、まるで犬や猫のように人間の良きパートナーに、そしてともに環境問題に取り組み――」
「もういい! 権利などそんなものはない! その木をどうするかは我々人間が決めるのだ!」
『わたししぬしぬしぬししししぬ。うそうそうそうそつきえんざいえんざいえんざい! おうぼう! ふとう! ころされる! ころされる! すかーとみじかい! ちかん! わるいのはわたしじゃない! ちかんしたやつ! しんだやつ! ころされる! ころされる!』
「博士! 五月蠅いから早くそれを切りなさい! まったく、助手か何かに言わせてるんですか?」
「いえ! ですから木がですね!」
「ああああ、木が話すなんて話もう聞きたくない! 大体、痴漢? 何の話だ!」
「ええ、つまりですね痴漢されるような短いスカートを履いていたとしても、やっぱり悪いのは痴漢であってその女性は一切悪くないんですね。ですので自分もただそこにいただけで勝手に登って落ちたり、ミスして死んだり首を吊られに来た人が悪いのであって自分は一切悪くないとそう主張しているのですね」
『まぬけ、まぬけ、かってにしんだ、わたしないしらないしらないへんたいへんたいさわるなさわるな』
「う、うちの主人が間抜けだって言うのおおおおぉぉぉ!?」
『おまえもばかばかばかばか!』
「きいいいいいい!」
「だから博士、もうやめなさい! 大体、その木は都会から離れた位置にあるのでしょう!? 例え話に痴漢だなんだとできっこない、人間社会の話を知りようがないでしょう! あなたの主張を木の主張だと言っているだけだ!」
「そうだぞ、このエセフェミニスト!」
「環境保護狂い!」
「い、いえ、植物同士はテレパシーのようなものが備わっていまして、それは風に乗る種子のように会話出来たりして、ああ、このサボテンに通訳を頼んだのもそういうわけでして」
「もうもうもう十分だ。さっさとそれを運び出してくれ。トラックに乗せ、処理場へ、ああ、海にでも投げ捨てていいぞ」
『うそつき! やくそくちがう! かえせかえせもとのばしょ! ころされるわたしころされる! わたしわたしたちころされる! いやだいやいやいやころ――』
木の断末魔は装置を外されたことにより途切れた。
木槌を叩き、これにて閉廷、と裁判官は博士と木を一瞥するとさっさと退席し、木は判長の指示通り、トラックに乗せられ木材加工場まで運ばれた。
しかし、着いたころには木から葉が全て落ち、枝は痩せ細り、表面は白く、萎びていた。
博士は家に帰った後、サボテンの針が全て抜け落ちていたことに気づいた。装置を切られた後、一体あの木は何を叫んでいたのか。
風が吹き、木々がさざめくと背筋がゾクリとし肝が冷えた。
そして何故か死にたくなった。
それが呪いの言葉のように聞こえてならなかったのだ。




