1-4 魔力の使い方
夜の魔法の訓練は想像より楽しかった。何日か頑張ってみたものの、石の刃は重く、相変わらず全く浮かない。少し動いたかと思うこともあったが、自分が手で動かしているのかわからない程度だった。
軽いものなら落ち葉が最適だったが、さすがに落ち葉程度であれば元々簡単に吹き飛ばすことができた。そこで、間を取って木の枝にしてみた。
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数日もすれば小枝程度であれば軽く飛ばせるようになった。とは言っても投げるよりはまだまだ弱い。デコピンした方が遥かに勢いよく吹っ飛んでいく。
(これくらいの小枝なら思いっきり息を吹けばもっと飛ばせそう……)
そんな事を考えながら、今後は少し訓練の方法を変えることとした。と言うのも、夜の森で木の上から枝を魔法で吹き飛ばして、木の下に落としてしまうのがちょっと怖かった。そこまで大きな音がするわけではないが、下に魔獣が居て気が付かれるかもしれない。そう思うと強い魔法で小枝を飛ばすことに躊躇してしまうのだった。
新たに考えた訓練は木の葉を安定して浮かす訓練だった。木の葉であれば、仮に木の下に落としても何ら心配はないし、木の上には葉はいくらでもあるので尽きる事がない。この訓練をすればいつかは石を飛ばせるようになるかと言われれば全くそんな気はしなかったが、何もしないよりは気が紛れて良かった。
風で吹き飛ばすのは簡単だが、浮かしておくとなると、とても難しかった。もともと魔法を長時間使い続けるということは、村では馴染みがなかった。火をつけるにも薪に一度火魔法を発動して終わり、風を起こすにしても空気中に一度だけ、畑を耕すにも耕したい周辺に意識を向け魔法を一度発動するだけだった。
足りなければもう一度、といった感じで、基本的に魔法とは発動するか発動しないか、というものだった。継続的に魔法を発動できる人も居たのかもしれないが、アドエルが見たことは無かった。
その上、浮かせておくためには魔法の強さを調節する必要もあった。いつも通りやれば簡単に木の葉は吹き飛ぶ。もっと弱く安定した魔法を発動する必要があった。その日は十数枚の木の葉を散らし、終了することとした。
魔法の訓練とは反対に、アドエルの生活はかなり進歩していた。相変わらず安全な寝床は確保できていなかったが、木の上での生活は安全だった。何度か獣や魔獣を見かけたが、これまでよりかなり高い木に登っているため、アドエルからも獣たちには気付きにくく、逆に気付かれることも無かったようだった。寝床としている木はいくつかあり、食料の匂いで魔獣達を寄せ付けないように、食料を置く木とは別のものとしていた。
そして何よりも生活を安定させたのは魚であった。川に石を積み上げ生け簀[いけす]を作っておけば、そこそこの頻度で魚が罠に舞い込む。魚は獣と違い石の刃でも十分に切り開くことができ、燻して乾燥させておけばそこそこ保存もできた。
その一方で狩りの方は相変わらず不調であり、運よくウサギを捕まえることができた程度であった。日中は木の下に降りていたが遊んで騒ぐわけにもいかず、近場のウサギなどを探しながら狩りに使えそうな道具を探す毎日だった。
この周辺に身を隠すこととしてから直ぐに、川沿いのいくつかの木には自分が隠れている事を示す目印を付けておいた。
”アドエル↑”
悪い人間が来たらと思うと少し気が引けたが、こんなところまでわざわざ来る人が居るとは思えない。これまでに一度も誰にも出会っていないのだから。魔獣や獣には文字が読めないだろうから、気が付いてくれる人が居るとすれば父さん達だ。
(早く会えますように……)
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更にここでの生活がしばらく続き、意外にも魔法の訓練で大きな成果があった。やる事もなく、話す相手もおらず、一人で考える時間が多かったため集中的にできたのが良かったのだろうか。はじめは”飛ばす”ことしかできなかった木の葉も、数分程度であれば”浮かす”事ができるようになった。
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初めの頃は魔力の調節といっても、”弱く””強く””頑張って”の3段階くらいしかできなかった。”強く”より少し弱くするとか、そういったアナログ的な調節をする方法がイマイチわからなかった。
しかしある時、魔法を発動する前の段階で、魔力を集中している手の感覚がいつもと違うような気がした。手から感じる熱と言うか、触覚的なものではない不思議な感覚だった。最初の頃はその感覚が何かもよくわからずにいたが、強弱様々な魔法を使っているうちに、確かにその違いを感じることができるようになった。
そこで感じたことは、弱い魔法は手の平全体にボワっとした感覚があり、強い魔法の時は手のひらの中心辺りに強い感覚があるということだった。そこからは魔法を強くするとか弱くするという意識的なものではなく、手の感覚を頼りに魔力の調節の練習をした。
少しでも基準にできるものがある事はとても有難かった。これまでは木の葉の飛び方で魔力の大小を判断していたが、正直上手くいっているのかどうかすらよく分からなかったのだ。
とは言え、そこからも簡単というわけにはいかなかった。手に意識を集中しても、力を込めてみても、魔力には特に目立った変化は無いようで、思ったようなことは出来なかった。手の平に感じた感覚から、手の平の中心辺りに意識を集中すれば魔力が集まり、魔法が強くなるのかと考えたのに、当てが外れた。
しかしその後、反対の手でやってみたり、足でやってみたりと色々試している間に、手の平と同じような感覚が体の各所にあることに気が付いた。しかも、魔法を発動する時だけでなく、何もしていない時でもその感覚は確かに感じれた。
特に胸のあたりに大きな感覚があった。ジッと留まっている感じでは無く、ゆっくりと胸の付近を巡るような、不思議な感覚だった。
(どうして今まで気が付かなかったんだろう)
村の生活に娯楽が少ないとはいえ、今の生活のように自分の中に目を向ける機会は無かった。父さんが居て、母さんが居て、村のみんなが居た。
家の中でも、村でも、森でも、遊び場は様々だった。それが今では森の奥で一人きり。夜は木の上から動けない。
村を出てからというもの、アドエルが過ごす世界はどんどん狭くなっていっていたが、世界に対する好奇心は狭まることは無かった。その好奇心の先は今では自分の体の中にある。少しでも今の生活が安全になるように、との思いが一番強いが、魔法の訓練はこの隠れ家生活の娯楽の一つとなっていた。
体を巡る不思議な感覚は、魔力の調節と関係していた。手で魔法を使おうとすると、胸の辺りの大きな塊から、手に向かって魔力が流れていく感覚があった。魔力を流すのは魔力の中心から魔力を絞り出したり、切り離すような感じだった。
初めて気が付いたときはとても不思議な感覚で、何だか心地良かった。
(これが……魔力……僕の魔力……)
それからは胸にある魔力の中心に意識を置いて訓練を続けた。手で魔法を発動しようとすると手に魔力が流れていく。魔力は弱くていい。
その魔力を魔法として発動することなく、手に魔力を流した状態でもう一度魔法を発動しようとする。そうすると魔法2回分の魔力が手に集まった。
それを繰り返す事でこれまでは出来なかった魔力の調節が、段階的ではあるができるようになった。魔法を発動せずにもう一度魔法を使う感覚は、ゲップを我慢しているような、はじめはちょっと慣れない感覚だった。
送り込んだ魔力は一ヵ所に集まっていてもそれぞれ別物のようで、それらが一つにまとまるようなことはなかった。魔力をまとめることができるのは魔力の中心だけのようだ。
しかし、一度魔法を発動させると、その場所に蓄えていた魔力は一気に放出される。徐々に放出できれば継続的に魔法を使うことができたのに残念だった。
弱い魔法であれば何度か連続で魔力を送り込んでも無理を感じることは無かった。しかし、強い魔法ではそうはいかなかった。どうにも我慢できない。
とは言え、もれなく木の葉を吹っ飛ばしてしまう強い魔法は今は必要ないので、また今度考えることにした。
魔力の流れを感じるようになってからは更に色々な発見があった。手よりも額や口など、胸の近くから魔法を発動する方が、魔力が早く伝わるため発動が早く、僅かながら威力も高かった。
魔力は体のどこへでも流すことができそうな感じではあったが、流しやすい部分とそうでない部分では伝わり方に違いがあった。その違和感は右手で絵を描くのか、左手で描くのかの様な不慣れさにも似ていた。
また、魔力は循環させることができるようで、一度手に送った魔力であっても、魔法を発動さえしなければ魔力の中心へ送り戻すことができた。ただすべてが戻るわけではなく、それなりに減少しているようだった。
循環させるのはちょっと魔力の扱いが特殊で、扱うにはかなり苦労したがとても価値があった。手で魔法を発動させる前に肘に魔力を待機させておき、魔法を発動したらすぐに手に魔力を移し、再び魔法を発動する。
継続的に魔法を発動できるまではいかずとも、これまでよりかなり早く連続で魔法を使えるようになった。
難しかったのは、待機させる場所が近すぎると魔法の発動で同時に放出してしまうことだった。待機させる場所が遠いとどうしても次の発動までに時間差ができてしまう。ギリギリの位置を見極める練習に多くの時間を費やした。
その甲斐あってか、数秒であればフワフワと木の葉を浮かせる程度には上達した。想像していたものとは少し違うがそれでもかなり嬉しかった。しかし、長時間は難しく、何度か魔法を使うと木の葉はどこかへ飛んで行ってしまう。
(これを練習すれば浮かせるようになるのかな……)
その後、しばらく練習してみたがどうも厳しそうだった。やはり魔法の発動に間隔があると不安定になる。
魔法を発動しながら魔力を移動させることができれば話は早かったのだが、これだけはどうにも上手くできそうに無かった。相反する物を同時に扱おうとしている様な、息を吸いなら息を吐くような、そんな無理そうな感じがあった。
次に、魔力は複数個所にも同時に流して待機させれるため、例えば5本の指から同時に魔法を発動することもできた。ただし、弱い魔法ではボヤっとした魔力しか無いためか、複数の魔法が発動しているのか、いつもより広範囲の魔法が発動しているのかの区別は難しかった。ある程度魔力を送り込むことで初めて複数の魔法が発動していると実感できた。
魔力を様々な場所で待機させることは弱い魔力であればそう難しくは無かったが、待機させていると魔力は徐々に少なくなっていく。
逆に魔力の中心では常に魔力は蓄えられているようだった。食事や睡眠でもよく回復できるようだが、残りの魔力には注意する必要があった。
魔力を使いすぎると一気に体に疲れがでて、限度を超えると気を失ってしまう。これまではどれくらい使えるのかを自分でもわかってなかったが、魔力が意識できるようになって自分の限度を知ることができたことも良かった。
(胸の辺りから魔法を発動するのはやめといた方が良さそうだな。全部持ってかれちゃいそう……)
魔法を発動する時に近くにある魔力は引っ張られるように一気に放出されてしまう。魔力の中心から魔法を発動させれば、威力としては一番大きくなるだろうが、疲労することを考えると使いたく無かった。
興味本位で発見した魔法の同時発動は、これまでとはまた別の魔力の扱い方を知るキッカケとなった。複数の指先に魔力を待機させていた場合、一つの指で魔法を発動させても、指と指との距離に関係なく、他の指の魔力が引っ張られて同時に放出されることはなかった。
これが大きな発見だった。
これまでは、魔法を連続で発動するためには魔力を移動させなければならなかったが、指先に待機させておけるのであれば移動させるための時間は必要なくなる。そのおかげでかなり早く魔法を連続で発動できるようになったが、問題もあった。
指は5本しかない。5発の魔法はかなり安定して木の葉を浮かせることができた。
その間3秒! ……はい。
大きな達成感があったのだが、この方法ではどうしてもその先が続かなかった。
そこで考えたのが魔法を発動する間隔の僅かな時間に、魔法を発動していない別の指に魔力を移動させることができないかということだった。魔法の発動間隔は1秒も無いが、5回発動するまでに魔力を移動できればよかったので、これまでより時間的には余裕があった。
始めた頃は魔法の発動と魔力の移動との意識の切り替えに少し戸惑い、魔法の発動間隔が少し遅くなったりしたが、慣れるにつれてこれまで通りに魔法の発動ができるようになった。
これにより木の葉を安定して浮すという目的を達成することができた。
考えていた”継続的な魔法”とは少し違ったが、結果としては思ったことができたので良しとした。
魔力の移動も慣れたもので、初めは魔力を一つずつ移動させることしかできなかったが、今では多くの魔力を同時に操作できる。扱える魔力の大きさは相変わらず”弱い””強い”くらいのザックリしたものでしかなかったが。
それからはしばらく木の葉をフワフワさせながら満足感に浸っていた。