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タガサイヲ・ナゲウルカ  作者: tbl
変わりゆく世界
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3-3 変遷

 森に到着した一行は、広大な森を眺めながら狩猟の準備にとりかかっていた。


 森を超えた先には大きな山脈が見え、それが他国との国境となっているらしい。互いに魔獣が住む森を軍が抜ける事が出来ないため良い感じの防波堤となっているようだ。


 この森は王国から半日もかからず着くが、ガリアの東の森と違い伐採されているような雰囲気も無く、荒れているわけではないが自然がそのまま残っている、かつてアドエルが過ごしたような森に感じた。


「アドエルさん。魔獣は近くにおりますか?」


「そこまで近くはいないけど、300mくらいのところに一頭いそうだね。パルマはわかる?」


「私には……まだ感じる事は出来ないようです。少し遠いですね」


「アドエルは魔獣の位置がわかるのか?」


「魔力でだいたいわかるよ。もしかしたら魔獣以外の魔力の大きい何かかもしれないけど。さぁカミア乗って。早速行こう」


 それからカミアはアドエルに言われるままに防具を外し身軽となり、アドエルの背に乗った。さすが王家のご子息だった。盗賊のような風体のアドエルに背負われていても気品がある。




 走り出したアドエルは魔獣まで最短距離を進んだ。魔獣5頭の狩猟を日没までに終わらせ、王国まで帰還するとなるとそう時間をかける事ができなかった。カミア達は数日かかることを想定していたため、普通に野営の準備もしてあったのだが。


 アドエルはパルマの事もあったので一応カミアに配慮していたが、背に乗るカミアは楽しそうだった。日頃から馬にも乗り慣れているカミアにとっては、最高峰の騎馬に巡り合えたような感動だった。


(……サドルがあればなお乗り心地は良かっただろうに。城を出る前に用意すべきであったな)


 そしてバーゲストを見つけるとアドエルは奇襲をかけるように攻撃を仕掛け、風魔法で軽々と吹き飛ばし、倒れたバーゲストの頭を砕く。カミアがバーゲストの存在を認識してから、僅か十数秒の出来事であった。


 そのあまりに慣れた手順はカミアを驚かせた。


 もちろんアドエル自身の力あっての事ではあるが、魔獣に対する一切の怯えや躊躇いが無い。アドエルなりの倒し方が確立されているのであろうとカミアは感心した。ただ、その倒し方を理解したとしても今の自分では活かすことが難しい事は明らかだった。


(やはり私も魔法を身に着けるしかないか……)


 それから魔獣をパルマ達に届けに戻り、カミアに代わり次の者がアドエルに試乗する。そしてアドエルが飛び去った後、カミアは今後について考えていた。


 とにかく自分も魔法を学びたい。もちろんそれは自身のためでもあるが、何よりも王国の国民のために。




 ――――――――――――


 数刻もせぬうちに魔獣5頭の死骸が揃った。


 同行した兵は誰もが信じられない光景を目の当たりにし、ある者は勇気づけられ、ある者は自身の非力さを嘆いた。


「ご苦労だったアドエル。こんなに早く依頼が終わるとはな。まったくお前には驚かされるよ。父上が気に掛けるのも頷ける」


「そうなのか? 今日は久しぶりに外に出れて楽しかったよ。カミアからも早く帰れるようにお願いしといてくれよ」


「そういえば今は軟禁状態なのだったな。これ程の力があるのだ。その気になれば自力で脱出する事も容易いだろうに。見た目と違い意外と良識的だったのだな。」

「……パルマがダメって言った」


 そう言うとカミアはパルマに感謝し、笑った。


「ところでアドエル。俺を仲間にしてくれないか? 今は普通の力しかないが必ず魔法を修得し、お前達の役に立ってみせようぞ!」


 カミアはやる気満々といったところであったがアドエルは困惑した。どう考えても力強い仲間が増えるというより、厄介事が舞い込んだという感じだ。周りの兵を見ていてもわかる。


「そんな事誰も許してくれそうにないけど大丈夫か? 魔法なら今教えてる人達と一緒に教えるからそれで我慢してくれよ」


「最悪それで我慢しよう。ただ、それでは学べるのは魔法という知識や技術だけであろう?私が身に着けたいのは魔獣を倒すための術なのだ。それはただ教えてもらっただけでは身につくまい」


 アドエルにもカミアの言いたい事はわかった。


 これまでアドエルは魔法の訓練を重ね、魔力を増大させてきたが、それだけでは魔獣との戦いにおいて十分とは言えない。強力な武器を手に入れただけの、ただの人間と似たようなものだ。


 大切なのは死なない事。


 魔獣の凶暴性は誰もが知る所ではあるが、その身体能力の高さはアドエルが一番理解しているだろう。相手の攻撃をまともに喰らっては、自らを治癒する間もなく殺されてしまう可能性が高い。だからこそ、狩りの時は極力奇襲を仕掛け、手早く一撃で終わらせる手段をいつも考えている。


 そして魔獣に魔力を読み取られない事。


 魔力が見える魔獣に対して、単発的な魔法はその行動が予測されやすく、攻撃が躱されやすい。魔人がいい例だった。そのため、大量の”微弱な魔力モドキ”や”身体強化の魔力”だけでなく攻撃のための魔法の魔力をを常時体全体に巡らし続け、それらを同時に意図的に操作できるようになる必要がある。


 そう言ったことは貴族達にも教えるつもりはなかった。隠すつもりはないが、時間がかかりすぎてしまう。アドエルはそこまで面倒を見るつもりは無かった。


 カミアはこれまでの経験からそういった部分も理解しているのだろうとアドエルは勝手に納得し、条件付きでカミアの期待に答える事にした。


「魔法をまともに使えるようになるまではカミアもパルマと一緒に薬草採取してくれるならいいよ」


「……薬草採取か。君から見てそこまで私と言う人間は非力なのだな。よし、いいだろう! その条件で構わん!」


 そんなに簡単に王族が冒険者になる事などできるのだろうかとパルマは疑問であったが、まるで世間話をするかのような軽い二人を羨ましく思った。


 見た目も境遇も価値観も異なるが、自らの意思に素直な二人。周囲の目を気にせず、自らの価値観を貫ける二人に憧れたのだ。




 ――――――――――――


 カミアのおかげで、王国に帰ってからの生活は少し楽しいものとなった。アドエルは相変わらず城外へは出れなかったが、魔法を教える代わりに、カミアから剣術を教えてもらえたのだ。


 カミアの剣術は王国内でもかなり優秀な部類らしく、毎年開催される剣術大会でも良い成績を残しているようだった。それでも騎士団長やカミアの兄には及ばないらしく、まだまだ鍛錬を欠かすわけにはいかないと、謙虚にも努力を続けている。


 剣術を一切学んだことのないアドエルにとっては、カミアと騎士団長の違いなどわからなかったが、一般的に良くわかる程度の違いがあるようだった。


 カミアはアドエルに基礎から教えたが、とりあえず魔力は使わないようにお願いした。風魔法を用いたアドエルの踏み込みは、バーゲストよりも素早い。そして、そこから繰り出される力任せな一撃は異常な威力だった。


 木偶に着せた鋼鉄の鎧だけでなく、自身の剣すら粉砕してしまうようなハチャメチャな一太刀。その太刀筋は『武器はこれまでこん棒しか使ったことが無い』というアドエルの話しを裏付けた。


(この太刀筋を見ると、むしろこん棒が正解なのではないかとすら思えてくるな……剣術は必要か?)


 魔力を使っていては基礎が出来ているのかもよくわからないため、とりあえず禁止となった。




 魔力の訓練の方も少しずつではあるが進んでいた。訓練生の多くは魔力の強弱を少しずつ扱えるようになり、パルマはほとんど自在に魔力を扱えるようになった。


 アドエルよりも一度に扱える魔力の個数は少なく、移動させる速度も遅いが徐々に鼓動も扱えるようになり成果は上々だった。


 それに比べカミアは魔法の才能が無いのではないかとアドエルが思うほど初めは苦労した。魔法をイメージしろと言っても、この男は力むことしかしない。魔力は力ではないと言っても全然理解できないようだった。


 結局カミアが魔法を使えるようになるまで一ヵ月程要した。カミアがアドエルの仲間として冒険者になる件は無事に認められたようであったので、最悪カミアはもういいかと諦めそうになっていた。


 そして更に一ヵ月が過ぎた頃、訓練生が無事に魔力の鼓動を扱えるようになった。


(やっと終わった……これでガリアに帰れる……)


 後は各人でできるだろうと考え、”身体強化の魔力”や”微弱な魔力モドキ”などの知る限りの鼓動を伝えて訓練は終える事にした。


 ガリアに帰れる喜びに溺れ、思わず魔力の吸収についても話してしまったのは大きな問題であったが。


 少々王宮では問題となったようだが、とりあえず魔獣の魔力を訓練生の一人に吸わせ、ある程度の魔力を持たせるという事で話は落ち着いた。魔人やジオ・アラクネの死骸については、パルマの助言で、魔力を吸ったのではなく『壮絶な戦いの中で互いに魔力を消耗した』という事にしておいた。


 そして王国に来てから約三ヵ月、アドエル一行はガリアへと帰還した。







 ――――――――――――


 新たな仲間を加えたガリアの街での暮らしはこれまでにない楽しさだった。


 カミアに言われ、髪型を整え、衣服を買い、装備を用意した。そして街のはずれの小さな家を買い、そこでの共同生活は仲間の大切さ、暖かさを感じさせた。


 剣術は相変わらずカミアに全く歯が立たず、最近では魔力を使って訓練しているがまだまだ学べる事は多かった。


 カミアの剣術を絡めた戦術は見事で、アドエルには切り裂く事はできなかった魔獣でもカミアなら切り裂くことが出来た。太刀筋の違いは魔獣の狩猟において顕著だった。


 しばらくしてカミアもパルマと同様に魔力の扱いを覚えたため、アドエルは二人のために魔獣を狩り、それぞれ20頭以上は魔力を吸わせた。そのおかげで二人の魔力は一般的な大人の100倍程度にもなった。それでも魔人にはまだまだ及ばないが、魔獣に対抗するには十分だった。


 カミアが魔獣狩りを手伝ってくれる事で、パルマの薬作りも捗った。とは言え魔獣に対抗できるような薬はなかなかできなかったが、これまで以上に効果の高い睡眠や麻痺を起こす薬は完成していた。残念なことに二人が魔法を修得した今では、狩りに使う薬よりも治癒のための薬の方が需要があったのだが。


 二人を連れて探索に出た事もあった。森の中にある洞窟へ行き、内部の地図の作成と素材情報の収集だったが、想像以上に退屈で、アドエルはそれ以来探索を受けることは無かった。




 カミアが仲間となった事もあり、ガリアの街ではアドエル達はとても有名となっていた。元々芳しい成果を上げ続けていたという事もあったが、王子がその仲間になったともなれば当然だ。


 様々な者がアドエルに言い寄ってきたが、パルマの助けもあって不穏な輩が近づいて来ることは無かった。


 この頃にはパルマの成果報酬も支払い終わっていたため、アドエルにとってはもうお金を必要とする理由も無かったが、魔獣の討伐は報酬が良く、自然とお金も貯まっていった。


 そして、それが端を発し、アドエルは初めて女性を知る事となった。


 アドエルにとってそれは恋と呼ばれるようなものではなかったが、必要以上に親しくしてくる女性に、アドエルも悪い気はしなかった。


 カミアやパルマはその関係を良くは思っておらず、よからぬ結果を想像していたが、数週間してまさにその通りの結果となった。


 白金貨30枚を持ち逃げされたのだ。一般的な平民の年収の10年分程度である。


 アドエルはカミアに事の顛末を聞かされ、初めて自分が騙されていた事を知ったが、特にお金はどうでも良かったため何も対応はしなかった。


 わかってたなら教えてくれれば良かったのにとカミアに言ったが『女の事に口を挟むとロクなことが無い』から今後も自力で何とかしろと言われた。日頃何かと人生の先輩風を吹かせてくるのだから、こういう時にこそ役に立ってほしいものだとアドエルはカミアにいじけたような視線を向けた。


 カミアとは対称にパルマは悲しそうな顔でアドエルに謝罪をしていた。女に金を騙し取られた哀れなアドエルを見ていられなかったのだろうか。アドエルもその憐れみを感じ、恥ずかしくてしばらくはパルマをまっすぐ見る事ができなかった。


 落ち着いた対応をしたアドエルに対して、その話を耳にしたテレサは激怒していた。その激昂ぶりはアドエル達も驚く程であり、持ち逃げした女性の討伐依頼を出そうとしていたので、必死にカミアとドノンが諫め、何とか事なきを得た。




 魔力を修得して以来、カミアは時々王国に呼び戻される事もあった。王国では以前魔力を教えた訓練生を筆頭に、多くの貴族などにも魔力を教え、魔道騎士団なるものが結成されていた。その支援要員がカミアだったのだ。


 魔力の力を手に入れた王国であったが、他国へ積極的な侵攻をするようなことは無かった。好戦的な貴族からは今こそ他国へ攻め入るべきだとの声もあがったが、ギルシェ王はそれらを制し、よりよい形で自国の国力を高める手段を選んだ。


 魔力を修得しても最大魔力を高めなければ戦力としては十分ではない。そのためには魔獣を多く狩猟し、魔力を吸収する事が最も効率的であったが、魔獣の数も無限というわけではない。


 そこで、ギルシェ王は他国に魔道騎士団を派遣し、他国での魔獣討伐を請け負ったのだ。強力な魔力の存在が他国へ知れ渡るのは時間の問題であったが、それまでにより多くの魔獣を狩猟し、魔力を吸収することができれば自国の優位性は変動しない。


 魔道騎士団にはカミアを筆頭に、魔獣数頭を吸収した兵が十数名在籍しており、その人員だけでも他国を落とす事すら可能だと言われていた。




 そういった背景もあり、メロド王国では数年間の安寧の時代が続いていた。王国には魔力を教える教育施設が開設され、一部の冒険者や庶民も魔力を学び、狩猟だけでなく未開発地の開墾などにも利用されていた。


 しかし、それに伴い国内での魔力を悪用した事件や、強力な魔力を持った盗賊の登場など、安寧の陰ではいくつか問題も生じていた。


 最も厄介だったことは魔力飽和による暗殺だった。過剰な魔力を流された者は魔力飽和を起こし、爆ぜて死ぬ。


 魔力の鼓動を操作していれば、魔力が見つかったとしても誰の魔力かもわからず、遠距離からも可能であり、一般人であれば魔獣の魔力をを1頭でも吸収していれば楽に飽和させることができる。


 かつてアドエルが魚で体験した事であったが、これは魔力が見えなければ、見えていたとしても寝ていたりして感知できなければ簡単に殺されてしまう。


 対策としては24時間体制で魔力を感知できる者に警護させるか、獣の魔力飽和を起こしやすい素材で寝具を作り、自身に魔力が到達する前に寝具が破壊されるような仕掛けを作ったり、魔力飽和が現実的でない程の、常人では持ちえない魔力量を持つ事くらいだった。おかげで最近の冒険者への依頼は狩猟よりも警護が多い。


 そしてこの問題はアドエルにも影響を与えた。


 ガリアに帰還してから4年後、アドエルは再び王城を訪れる事となった。



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