3-2 狩猟依頼
王国での謁見を終えた翌日、朝からアドエルとパルマは買い物へ行こうと客室の外へ出た。
「どちらへ向かわれますか?」
客室の扉の前には兵士が警護していた。これ程まで丁寧な扱いをされているとは思っていなかったためパルマは驚いた。
「買い物に行こうと思ってます」
アドエルが答えると兵士はここで待つように言うと、しばらくして疲れた顔のドノンを連れて戻ってきた。
「すまない。待たせたようだな」
「一緒に買い物に行ってくれるんですか?」
「いや、アドエル君、そうではない。君たちは買い物に行けないんだ。申し訳ない」
買い物くらい行かせてくれればいいのにとアドエルは思ったが、パルマは状況を察した。
「君達は今王宮に軟禁状態だ。と言ってもしばらくすればガリアに帰れるだろうから、少しの間は我慢してゆっくりしてほしい。概ね君の魔法を他の者に教え終わるまでだろう。」
そう言えば先日そんな話があったなとアドエルは思い出していた。しかし、完全に使えるようになるまで付き合うつもりは無かったため、早く終わる事を願った。
王国側としてはそれまでの間、アドエルを他の貴族や力を求めるものに引き合わせたくは無いため、致し方なく軟禁という手段にでたようだった。先日の魔法を見せられてはアドエルを物理的に監禁することは難しい。王宮内では客人として十分に持て成す様、各人に言い渡されていた。
アドエルにとっては思わぬ暇ができてしまい、退屈の一言であったが、パルマはこの機を喜んだ。折角なので自分もアドエルに魔法を教えてもらいたかったのだ。
「アドエルさん。私に魔力について教えて頂けませんか?以前お話を聞いてから自分なりにやってみたのですが、どうも魔力を感じる事ができなくて」
「いいよ。ただ、前にも教えたことがあったんだけど僕もどうやって教えればいいのかよくわからないんだよね。でもパルマは持ってる魔力も大きいし、使えるようになったら便利だね」
「よろしくお願いします!まずどうしましょうか」
それからアドエルはリーニャに教えたようにパルマにも教えてみたが、呪文も杖も無く魔法を使えるようになるまでは早かった。元々生活魔法は得意で、魔法に対するイメージがあるからだろうか。
それからは自分がやったように強弱だけでも魔力を使い分けれるように練習させてみた。やはりすぐには難しそうだったが少しずつでも成果はあったようで、パルマは喜んでいた。
これはアドエルにとっても良い予行演習になった。
まず魔法を練習する上で最も重要だと感じたのは、”室内ではやらない事”だった。
――――――――――――
その後、その日は何人かの客人がアドエルの元を訪れた。
その席にはドノンも同席しており、緊迫した表情で会話を聞いていた。何よりもドノンが警戒していたのはアドエルの引き抜きであったが、その心配は無かった。元々訪れる貴族は先日の謁見に参列していた者達ばかりであり、メロド王に忠誠を誓う者達だったからだ。
多くの貴族は自身の直系の者に魔法を教えて貰いたいが、どのような者が最適かという事に興味を持っていた。
アドエルは誰でも問題ないだろうとは思ったが、魔力量が多い者や魔法を使い慣れている者の方がいいと思い、そう告げておいた。
それを聞き多くの貴族は頭を悩ませた。
そもそも魔法は家事全般で用いるものであるため、貴族で魔法が得意な者など聞いたことが無い。使用人の方が遥かに得意だった。それどころが自身が魔法を使えない事を一つの贅沢であるかのように誇示する風潮すらあり、貴族社会と魔法は縁の薄いものだったのだ。
貴族を危険視していたアドエルだったが、聞いていた話と全く異なる紳士的な対応に、思い過ごしであった事を安堵した。そして、そんな貴族達のたわいない日常の話しは、アドエルにまたとない好奇心を抱かせた。
持ち込まれた茶菓子は甘くこれまに無い食感であり、パルマも感動しているようだった。その和やかな雰囲気は訪れた貴族としても安心感のあるものだった。
とりあえず挨拶だけはしておかなければならないが、王国に対して不信感や敵対心を抱かせるわけにはいかない。貴族達もアドエルの機嫌を損ねるわけにはいかなかったのだ。
――――――――――――
数日後、修練場のアドエルの元には数名の魔法訓練生が揃った。
見た所、特に魔力が高い者もおらず、パルマの方が断然魔力が大きかった。これまでの美味しい食事や暖かい布団のお礼のためにもアドエルは頑張ろうと思っていたが、参加した訓練生は不安な表情を見せていた。
集まったのは良識ある貴族であったため、妖精族のパルマに怪訝な表情を見せる者は居なかったが、アドエルの風体には誰もが危惧していた。誰から見ても盗賊の一派にしか見えない。
アドエルは特に気にせず訓練生の魔法を確認し、普通の生活魔法すら使えない貴族に魔法を教え始めた。
喜怒哀楽の薄いアドエルの表情は訓練生を更なる不安に追いやったが、それを察したパルマは必死にアドエルをフォローした。
まずはじめに一般的な杖を使った魔法を練習した。
魔法のイメージを掴むには呪文が便利だとパルマが教えてくれたからだ。
パルマは村で他の者に魔法を教えた事があるようで、パルマの教え方は上手かった。完璧にとはいかなかったが、少なくとも全員が一度は魔法を使えた事を確認し、その日は訓練を終えた。
パルマの暖かい指導のおかげで、本当にアドエルに教わって大丈夫なのかと感じていた訓練生の不安も緩和され、パルマは皆から頼られる存在となった。言葉は通じるものの、心が通じているのか怪しいアドエルと比べ、パルマが頼られるのは当然ともいえる結果だった。
こうして一日目の訓練は思いのほか楽し気な雰囲気で終えた。しかし、訓練の進捗は決して順調とは言えず、これから何日かかるのかは想像もできなかった。
「ねぇパルマ。あと何日かかるかな?」
「そうですね……まだ一日目なので何とも言えませんが、生活魔法だけであれば一週間もあれば使えるようになるかと思いますよ」
「一週間か。結構早いね。でも魔力が上手く使えるようになるまでとなると流石に時間がかかりそうだね。体も鈍るし外に出してもらえないかな? ダメなら勝手に出ていこうか」
アドエルがその気になればパルマを担いで王宮から逃げ出す事など造作も無いだろうが、そんな事をしてアドエルを罪人としたくはない。とりあえずはドノンにお願いしてみることにした。
――――――――――――
翌日からも魔法の訓練は続いた。
パルマも同時に訓練し、次第に魔力を感じれるようになってきたようだった。
自在に鼓動を作り、魔法を使えるようになるまでは更に時間が必要だろうが、少しでも成果があったことはアドエルにとっても訓練生にとっても朗報だった。そして一週間が経過した頃、訓練生が一通り杖無しで魔法を使えるようになった。
それは非常に喜ばしい事ではあったのだが、この一週間、王宮に軟禁状態のアドエルのウズウズはもう限界に達しようとしてした。
「パルマ……もう僕ダメだ……ガリアに帰ろう。森でもいい。」
「落ち着いてください!森は私も生き抜ける自信が無いのでご勘弁を! 以前にドノン様にご相談した際に何かして頂けるようでしたので、今すぐ確認して参ります!」
そう言ってパルマは部屋を出て行った。
食事も美味しいし、快適な日常だが退屈で窮屈。こんな窮屈な生活が貴族の生活だというのなら、貴族には絶対にならないとアドエルは心に誓った。
しばらくしてパルマがドノンを連れて部屋に戻ってきた。
「今、王宮からギルドに正式な依頼があったぞ。君を指名した狩猟の依頼だ。だが内容が少し特殊で、王宮から兵士が数名同行する事となっている。君が実際に狩猟するところを見て、そこから魔獣狩りについて学びたいのだろう。急だが出発は明日だ。大丈夫か?」
「大丈夫です。暇なのでコレからでも大丈夫です」
アドエルはようやく外に出れる事に歓喜した。その表情にパルマとドノンは安堵し、これからもちょくちょく外に出れる口実を用意せねばとドノンは思った。
――――――――――――
翌日、アドエル達はドノンに連れられて修練場の近くに集まっていた。
依頼は魔獣の狩猟であったが、魔獣を探索して5頭狩猟せよという取って付けたような大雑把な依頼だった。しかし、さすが王宮からの依頼ともあって報酬は良かった。
(テレサが聞いたら悔しがるだろうな。俺が仲介した事にして契約料貰えないだろうか)
ドノンがそんなつまらない事を考えていると修練場に豪華なフルメイルの男が現れた。
「アドエルと言ったか! 私と勝負してもらおう!」
そう言うと男は有無を言わさず剣を手にアドエルに駆け寄ってきた。その足取りに迷いは無く、一直線にアドエルに向かう。
その姿勢は低く、重いフルメイルを装着しているとは思えぬ速度だった。もちろん普通に走るよりは遅いのだが。
「ぬ、なぁっ!」
ドノンが状況に追いつけず、どう対処しようかと決断を躊躇っていた時、突然男は地面にめり込んだ。
アドエルがいつかのアウルベアのように風魔法で地面に沈めたのだった。男は腰まで地面に埋まり、成す術なくもがいていた。
「誰ですかこれ?」
「俺も知らん。なんだコイツ」
冷ややかな視線を送る二人の後ろから熱を帯びた声がした。
「王子!」
そこからのドノンの判断は早かった。
「大丈夫ですか王子! アドエル君! すぐに何とかするんだ!」
目を丸くして状況を理解できていないアドエルに、ドノンは王子を救助すべく手を貸しながらアドエルに指示をした。
アドエルはドノンに指示されるまま再び王子の周囲の土を動かしながら王子を救出した。アドエルには何が起こったのかが良くわからなかったが、不思議と王子を救出するドノンが英雄のように見えた。
「パルマ、これどういう事?」
「いえ、アドエルさんに非は無いと思われるのですが……どうもあの鎧の方は王子様であったようですね」
「王子……王様の息子だっけ?」
「そうです。今は少し様子を見ましょう。お怒りになられていなければいいのですが……」
王子を見ると、救出され土まみれのフルメイルが外されていた。
「王子! 大丈夫ですか!? お怪我は!?」
英雄ドノンは無駄にいつもより声が大きい。
「痛っ、どうやら足を痛めてしまったようだ。すまない。医務室まで肩を貸してはくれぬか」
「どうぞお使いください! ささっ! 足元お気を付けください!」
アドエルがドノンの新たな一面に複雑な気持ちを抱いているとパルマがこっそり話しかけてきた。
「アドエルさん。あの王子の脚は治せませんか?」
「ん?多分治せるけど」
いきなり襲い掛かってきた相手を治すというのも腑に落ちなかったが、パルマの目が今すぐやれと言っていたので治す事にした。
「あの、足のケガなら治しますよ」
「本当かアドエル君!? 怪我を治せるのか!? 王子、どうされますか?」
「このままでは本日の狩猟にも影響するからな。頼む。この者を信用しよう」
複雑な気持ちに何とも言えぬ感情がトッピングされ、飲み込む事すら躊躇われる感情だったが、アドエルは吐き出す事なく手早く怪我を治した。
(…………本当になんだコイツ)
「おぉ! 怪我が癒えたぞ! これも魔力というものなのか? 助かったぞアドエルよ」
「どう致しまして。ところで何の用ですか?」
「初対面なのにすまなかったな。私はカミア・ボウ・メロド。この国の自由奔放な第三王子だ」
「カミア……」
「おい! アドエル君! カミア殿下とお呼びしろ!」
「あ、すみません。昔の知り合いと同じ名前でしたので」
一瞬本当にカミアではないかと期待してしまったが髪の色から目の色、見た目まで何もかもが違う。
金髪にブルーの瞳、細身かと思ったが意外と肉付きは良い。王子というだけありその見た目は気品あるものだった。
「構わん。年もそう変わらぬようだし、私にも気さくに話せる友人は必要だ。アドエルのように世情に疎い者でもなければ私と対等な友人となれる者もおらぬだろう。これからも気楽にカミアと呼んでくれ」
「しかし王子……」
「構うなと言っている。それよりも時間を取らせて悪かったな。これより狩猟に向かうので準備をしてくる。しばし待たれよ。アドエルよ、詳しい話は道中でな」
そう言ってカミアは王宮へと戻っていった。
カミアの準備が整うまでの間にドノンから散々失礼の無いようにと言われたが、いきなり襲い掛かってくるような相手にどうすればいいのかアドエルにはわからなかった。とりあえず、いつものように難しそうな話はパルマにお願いすることにした。そしてカミアが戻り、馬車で狩りへと向かった。
「改めてアドエル、今回の狩猟の依頼を受けてくれた事、感謝しているぞ。お前の狩猟の腕をどうしても直接見たくてな。父上に同行をお願いしたというわけだ」
「いえ、丁度暇だったので大丈夫です」
「そのような堅い話し方をせずともよい。パルマに話すように話せばよい。お前は私の友人なのだからな」
アドエルも友人は欲しかった。しかし、この出会い方はアドエルの思っていた友人とは何かが違うような気がしたが、人の世界ではこういう事もあるのだと割り切ることにした。
「じゃあカミア。よろしく」
アドエルの隣でドノンは諦めたように溜息をついた。
「うむ。よろしく頼む。ところでコレから狩猟に向かうわけだが、アドエルはこれまでにどれ程の魔獣を狩猟したのだ?」
「数か……数えてないけど100は絶対に超えてるね」
「100は軽く超えるか……信じられんが事実なのだろうな。私も近隣の村からの依頼を受けて魔獣の狩猟へ同行する事があるが狩猟したのは僅かに5頭だ。それにそれは私一人ではない。私を含む中隊での成果だ。100頭狩猟したなどとなれば王宮内で私の派閥が出来てしまうだろうな!」
カミアは声を挙げて笑った。
カミアは第三王子ではあるが王位継承には興味がない。そのため昔から狩猟に同行はするが戦争には参加せず、それを周囲の貴族も知っているためカミアの権力に擦り寄る貴族はいなかった。
いい意味で扱いにくい貴族が近づいてくる事が無いため、カミアはそんな王宮での生活は気に入っていたが、おかげで貴族の子息などの知り合いも少なく、親しくしてくれるのは日頃世話になっている騎士団くらいだった。
父親のギルシェも王位継承問題にカミアを巻き込みたくは無かったが、婚約者がなかなか決まらない事は悩みの種であった。
それから道中ではアドエルの狩りについて話をした。
カミアは先日のアドエルの魔法は見ていなかったが、自身の体験もあり、その魔法は強大なものであると実感していたが、どのように狩りに活かすのかは想像できていなかったのだ。そこで同行するにあたって、どのような事に注意すればいいのかを事前に確認しておきたかった。
普通であれば魔獣の狩猟は剣兵や槍兵と弓兵で構成された複数の小隊を連れて行う。加えて探索のための部隊も同行させるが、現地に詳しい者をその都度雇い入れることもあった。
少なくとも多くの人員を要し、部隊全体の連携が重要であるが故、指揮も重要であることはいうまでも無かった。
しかし、アドエルはそれをこれまでたった一人でこなしてきたという。
これまで協力して狩猟してきた者からすれば、何かの悪い冗談のような話だった。実際、今回同行している隊員の中にはアドエルの事を信用していない者もいた。
しかしカミアとは逆に、アドエルも集団での狩りを経験したことがないため、日頃はどのように連携しているのかがわからない。出来る限りカミアに危険が無いように配慮したかったが、森の入り口で待っていろと言うわけにもいかず、アドエルは困っていた。
しばらく話し合った結果、最終的にはパルマの提案でアドエルがカミアを担いで行く事となった。
「殿下、絶対にアドエルさんから手を放しませんようお願い致します」
「あぁ心するとしよう。よろしく頼むぞアドエル」
もちろんその間、パルマや他の兵は森の入り口で待つ事となるため、他の兵がカミアを警護できなくなるとの反対意見もあったが、カミアが強引に黙らせた。
こうして昼過ぎには一行は森へと到着した。




