3-1 王国遠征
ガリアの街からメロド王国までは馬車で4日程かかるとの事だった。
アドエルは走った方が早く着くと言ったが、それでは我等が付いて行けないとドノンが馬車に乗せてくれた。パルマはアドエルに乗らずにすんだことに心底安堵し、束の間の馬車旅を楽しんでいた。
ドノンにとってもこの旅はいい休日だった。
行った先にどんな苦難が待っているかはわからぬが、そんな”些細な”事は気にせぬ程ドノンの肝は据わっていた。それに、ギルドの外でのアドエルを見て観察できる事も重要だった。この野生児はいったいどのような考えを持っているのか、どうすればここまで強くなれるのか。それを知りたかった。
「そう言えばドノン様はお一人なのですね。もう少し連れの方が多いかと思っておりました」
馭者を務めるのもドノン自身で、ドノンの秘書や付き人どころか警護の者も一切いない。
「ん? まぁそうだな。普通だったら俺の警護やらなんやらで人が多くなるんだが、今回はアドエル君がいるしな。盗賊だろうが魔獣だろうが余計に警護は必要ないだろう。それに本来ならば俺すら必要無かったんだ。君たち二人だけが招集されているんだからな」
「私達二人だけですか・・・同行して頂いてありがとうございます」
パルマの脳裏に一瞬悪夢が過った。
楽しみにしていた旅の始まりが、数日間アドエルの背にしがみつくデスゲームの開幕となるところであった。もちろんアドエルに頼み込めば一緒に歩いてくれるだろうが、アドエルに迷惑はかけたくない。ドノンの親身な対応に感謝せざるを得なかった。
「この馬車に乗るのもなんだか楽しいね。遅いけど、周りの景色も見れるし楽しいよ」
「それは何よりです。この辺りには私も来たことがありません。お聞きした話では道中に大きな湖もあるようですよ。アドエルさんは湖をご覧になった事はありますか?」
「水海[みずうみ]? 海は聞いたことがある。魚がいっぱい採れるんでしょ? 早く見てみたいな」
「海はご存じだったんですね! 湖は海よりは小さいですが、海水ではなく淡水の満たされた大きな池のようなものです。ですので水も飲めますし水浴びもできますよ」
「海の水は飲めないの?」
「そうですね。海の海水は塩を多く含んでますので、塩っ辛くて蒸留しないと飲めないと聞いております。実は私も海を見た事は無いのですが」
「僕も山しか知らないや。湖か……楽しみだね」
「湖なら明日の日没前には着くだろう。折角だしそこで野営しようか。ただ森の中になるから、警護は頼んだぞ、アドエル君」
「わかりました。森なら狩りも出来そうでいいですね。手持ちの食料も少ないから助かります」
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こうしてアドエル一行は王国を目指した。
道中は特に問題もなく湖に到着した。湖の周りは森であったが、平原にあるあぜ道からそう遠くも無く、危険な雰囲気は一切無かった。しかし、その安全さ故、多くの行商人などもここで休憩するため、盗賊にとっては良い仕事場となっているらしい。
アドエルは森の魔力を調査したが特に大きな魔力も無く、安全だった。魔獣は魔力を感知できるので、アドエルという強大な魔力があればそもそ寄ってくる事はほとんどない。イノシシを狩った後は初めての湖をパルマと楽しんだ。楽しそうに下着姿で泳ぐアドエルの姿を見てパルマも嬉しく感じた。
「パルマは泳がないの?」
「いえ、お気になさらず。用意もありませし、今のうちにアドエルさんの服を洗っておきます」
「ありがとう。何か用意してこれば良かったね。普通はどんな服で泳ぐの?」
「肌着に似た服ですが、もっと丈夫で密着した服でしたね。水はけも良く、すぐに乾きました。ただ人族と同じものかはわかりませんが」
「俺達には泳ぐための特別な服は無いな。男性だろうが女性だろうが適当な肌着で泳ぐものだ。まぁそれもここに盗賊を呼び寄せる一因となっているんだがな。貴族が労せず高価な服や装飾品を脱ぎ捨ててくれるのだから、仕事も捗るってもんだ」
これまでアドエルは盗賊に出会ったことは無いが、パルマは不安な表情を見せていた。パルマの村を襲ったのは盗賊だったのだろうか。
人族だろうが亜人だろうが関係なく、自らの利益のために奪い、蹂躙するという盗賊はアドエルにとっても怖かった。意思疎通ができるはずなのに話をする余地の無い獣のような存在。それはアドエルの知る弱肉強食の世界を思い出させた。
魔獣であれば近づいて来る雰囲気どころか、近くに存在しているというだけでも狩猟の対象となる。魔獣に有無を言わさず、先手必勝が最善手となる。
それが盗賊ではそうはいかない。
盗賊かどうかを確認し、戦闘の意思を確認し、逃げる猶予を与え……全てがリスクだ。いっその事近づいて来る人間は全て殺してしまう方が手っ取り早いが、それではどちらが盗賊かわからない。
アドエルは社会的な善悪では無く、自身の良識として、意思を通わせることができる者を容易く殺すような真似はしたくなかった。もちろん致し方ないと思える部分もあった。生きるため、自然の摂理として。
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その後しばらく湖を堪能し、その日はそこで野営をした。
意外にもドノンの料理は手際が良く洗練されており、食材を切って焼いて食べるというテンポを重視したアドエル達の食事とは比べ物にならぬ、まさしく”料理”であった。
「美味しいねパルマ。外でもこんな料理が食べれるなんて思わなかったよ」
「……いつも適当なお食事しか作れず本当に申し訳ありません……。」
「あ、パルマの作ってくれる食事も美味しいよ! 僕はいつも焼くだけだから、味気ないよね」
「私も香辛料を振りかけて焼く程度しかできておりません……」
パルマは森で暮らしていたアドエルから見れば十分に家庭的であったが、その実、家事全般は得意では無かった。精一杯頑張ってはいたが料理だけはどうすればいいのかわからなかったのだ。
(今度ドノン様に教えを請いましょう。日頃の食事をドノン様に見せても怒られなければいいですが……)
そして日は沈み、束の間の休息の後、2日後にはアドエル達はメロド王国へと到着した。
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王国はガリアの街とは比べ物にならない程綺麗な街並みだった。ガリアの街を初めて見た時も感動したが、王国はそれ以上だった。街ゆく人々の服装や雰囲気も街とは違い活気とは別の気品がある。
「なんだか凄いね。みんな上品な感じだね」
「そうですね。さすが王国といったところなのでしょうか」
興奮気味のアドエルとは対称にパルマは少し萎縮していた。上品そうな街並みを抜け、しばらく馬車に揺られると大きな橋に到着した。城壁の周囲の堀を超えるための唯一の跳ね橋らしい。
城門を通過してしばらくした所で馬車を降りる。長旅に疲れたアドエルは大きく伸びをしていると、パルマが無言で腕を掴んできた。
「ん? どうかした?」
「いえ、なんでもありません」
ドノンの不安そうな視線を感じていると初めて見る男性が現れた。
「ドノン。この者か」
「お久しぶりです。本部長殿。こちらの2名になります」
「君がアドエル君か。私はベラウ・ランダという。メロド王国のギルド本部長を務めている。報告にあったのは君1名だったが、そちらの女性は仲間か?」
「そうです。ジオ・アラクネなどの狩猟の後に仲間となった者です」
「そうか……ならば私の方から先にその旨伝達してくる。しばし待て」
そう言って男はいなくなった。
「パルマが一緒だと何かあるんですか?」
「いや、そういう悪い意味ではない。招集した王国からすれば予定と人数が変わるというのは好ましくないのでね。事前に報告しておかなければならないというわけだ。賊や王家の暗殺を目論む者だったりしたら困るだろ?」
呼び出す方も大変なのだなとアドエルは思ったが、他人事のような顔をするアドエルにドノンは少し不安が高まった。そして、珍しく緊張気味のドノンはパルマにすがる様な視線を向けた。
その後しばらくして、先ほどの男性が戻り、装備を預けた後、謁見の間へ案内された。
アドエルはとりあえずドノンの後ろを歩き、無事に謁見の間へと入り、貴族達が見守る中、国王の前に跪[ひざまず]いた。
「招集命令に応じ、冒険者アドエルとその仲間をお連れ致しました」
「ご苦労であった。面を上げよ」
アドエルはパルマをチラ見しつつ顔を上げた。
国王は大きな椅子に座る中央の人物だろうというのはすぐにわかった。見た事も無い高価そうな服や装飾品は凄いなと思ったが、動きにくそうな服装に疑問もあった。
周囲には複数の人が立ち並んでおり、アドエルに視線を向けていた。この日は選ばれた極少数の貴族のみが出席しており、普段よりは簡素な雰囲気ではあったのだが、アドエルを緊張させるには十分だった。
国王の名はギルシェ・ボウ・メロド5世。
争いを好まず安定的な内政で国民からはそこそこの支持を得ているが、一部の貴族派閥からは毛嫌いされており、王宮内での権力争いに苦労しているのだと事前にドノンが教えてくれていた。
「其方がアドエルか。ジオ・アラクネの狩猟、そして魔人の狩猟、見事な働きであった」
「……」
「こ度の招集は真に其方がこの魔獣らを狩猟したのか、そうであるならばどのような手段を用いたのかを儂が直接聞きたくて呼び出したわけじゃが……どうも周りが気になって仕方がないようじゃの」
メロド王のその言葉を聞き、ドノン達が一斉にアドエルの方を振り向く。綺麗な部屋に不思議な恰好をした貴族達、無意識にアドエルはキョロキョロ周りを見ていた。
「も、申し訳ありません! この者は……」
「よい。気にするなベラウよ。その者の生い立ちについての報告は受けておる。概ねこのような場だけでなく、ここに居る者の姿も物珍しいのであろう」
「陛下の寛大なお心遣いに感謝致します」
「アドエルよ」
その言葉にアドエルはハッとしメロド王に目を向ける。
「其方が好奇心旺盛な事はよくわかった。この謁見の後、王城を見て回るが良い。だからまずは儂の疑問に答えてはくれぬか?」
「……はい」
それからアドエルはドノンに話したようにジオ・アラクネと魔人について話をした。同じことを聞かれるのはうんざりであったが、ドノン達の雰囲気からしっかり答えた方が良さそうだったので我慢した。
メロド王やその場に同席した貴族はアドエルの話しを不可思議そうに聞いていた。やはり魔法の部分が腑に落ちぬらしい。
そこで魔法は後ほど見せる事になった。ドノンにも見せたが、やはり人々は目で見ぬ事は信用しないのだろうか。
最後に魔人についてアドエルは問われた。
「今回其方を呼びつけたのは何も説明を求めるためだけではない。ジオ・アラクネや魔人を狩猟したという名誉を我が国に与えた褒美を与えるためだ。そのためには一つ確認しなければならない事がある。この見た事のない獣や魔獣でもないモノは本当に魔人なのか、魔人と称されるような強きモノであったのかを確認したいのだ。其方、なぜあれが魔人だとわかった?」
そもそもアドエルもあれが魔人だとは知らなかった。村で村長がそう言ったから真似て言っているだけだ。そんな状態で”なぜ”と問われても、アドエルにはどう答えていいのかわからなかった。
「村で村長にジオ・アラクネよりも強い魔力があると言ったら、魔人ではないかと言われたので、魔人かと思いました」
まるで子供の言い訳のようになってしまったが、事実を述べた。その結果、魔力という目に見えぬモノを説明する必要があったが、アドエルはどう答えればいいのか困った。
その表情を察し、メロド王は今すぐの説明は求めない代わりに、アドエルの知る魔法をこの国の者にも教えてほしいと提案してきた。
かつてリーニャに教えて以来、パルマにも特に教えていないのでどう教えようかと新たな悩みが生じたが、教える事自体は特に苦でも無かったのでアドエルは承諾した。
それから修練場という場所へ案内された。その道中も見た事も無い綺麗な廊下に様々な家具、大きなガラスなどアドエルは様々な物に目を奪われた。
「凄いねパルマ。見た事のない物だらけだよ」
「……」
「ふふふ……良い。パルマと言ったか。彼の話に付き合ってやるがよい」
「お気遣い感謝致します。アドエルさん、後から見せて頂けるようですので、今はもうしばらくご辛抱下さい」
「ん、あぁごめんね。そうだね。また後で見せてもらおう。本当に綺麗な家だね。それに大きい」
「そうですね。王宮にお招き頂く事などそうそうある事ではありません。大変名誉なことですので今はその恩に報いるべく、陛下のご期待に沿えるよう尽力致しましょう」
「そうだね。頑張るよ」
(生きた心地がしませんが……陛下が寛大なお方で本当に助かりました。アドエルさんからすれば友人の家を案内されているようなものなのでしょうね。楽しんで頂けているようで何よりです)
そんな事を考えている間に修練場に到着した。
「それではアドエルよ、魔法を見せよ」
修練場には木偶に鎧が着させてあり、そこに魔法を撃てという。
「あの木の人形を壊せばいいんですか?」
「まぁ壊しても構わん。其方がジオ・アラクネを狩猟する際に使った魔法を見せてみよ」
「多分後ろの壁も壊れますがいいですか?」
修練場は50m四方ほどの空間で、野外ではあったが周囲は石壁に囲まれていた。さすがのアドエルでも無駄に建物を壊す事は良い事とは思わなかったので気を遣った。
「壊さぬ方が嬉しいのだが……最悪壊れても仕方がないかの」
「では壊さないようにします」
そう言ってアドエルは地面に向けて魔法が放てるように風魔法で高く飛び上がった。そして上空から鎧に向かって火矢の魔法を放つ。
”パァァァゥン・・・”
火矢は鉄の鎧を貫通し、中の人形を貫き、分断した。地面では焼け跡の付いた小さな穴から煙が上がった。
まさか鋼鉄の鎧まで貫通できるとは思っていなかったため、アドエルは少し自慢げな気持ちになっていたが、木々を貫通し、なぎ倒すこともできるアドエルの魔法であれば、鋼鉄の鎧を貫く事は必然であった。
しかし魔法を使った後になって、アドエルは『音が大きいから気を付けろ』と伝え忘れていたことに気が付く。下の者達を見ると、経験者のパルマとドノンは耳を塞いでいたが、それ以外は腰を抜かしそうな表情をしていた。
「すみません。音の事を伝えるの忘れてました。ビックリしますよね」
呆然とする面々はしばらく驚きの表情のまま動かなかったが、諦めたかのように壊れた鎧を眺めていた。
「これ程とはな。いや、音にも驚きはしたが威力はそれ以上の驚きだ。騎士団長。これをどう見る」
「どう……見るかですか。脅威であることは言うまでもありません。いくつか確認したいこともあります」
「良い。話せ」
それから騎士団長はアドエルに魔法について尋ねた。
魔法の発動に条件はあるのか、一日に何度魔法を使えるのか、今見せた威力が最大か、どの程度遠方まで狙えるのかなど。
これに対するアドエルの返答は概ね『やったことが無いのでわからない』だったが、それでもこの魔法が如何に脅威であるかは伝わったようだった。
「そう……か。最後の質問だ。何かしらの手段を用いて、アドエル殿に魔法を使わせないようにしようと考えた場合、どのような手段が考えられる?」
「ん~水に沈めるとかでしょうか。水の中では自分の体から魔法を発動できなくなります。これは杖を使った魔法でも同じですよね。ですが、自分の呼吸で空気を出せばその空気を使って魔法は使えるので絶対では無いですね。そう考えると魔法を発動させないためには殺すしかないかもしれません」
(ふむ。自身の弱点ともなる事を惜しげも無く話すか。正直に話しているかはわからんが嘘を付けるような小賢しい青年には見えぬ。にしても殺すしかない……と。なんとも物騒な事だが、何も考えていないのか、絶対に殺されない自信があるのか。どちらにせよ今後どう扱うべきかは悩ましいものよ。)
その後謁見の間に戻り、アドエルには褒賞金が支払われる事となった。
「ジオ・アラクネと魔人の狩猟に対する褒賞金として、アドエルには白金貨30枚を進呈する」
「お気持ちだけ頂戴致します」
「違う。もう一つの方だ」
ドノンが小さく呟いた。
「有難く頂戴いたします」
「フハハハ……金よりも靴を授けた方が良かったかの?それでは最後に一つ、アドエルに質問じゃ。其方には儂がどう見える?」
アドエルは困った。
どうと言われても、優しそうだとか、立派そうだとか、そういった事だろうか。色々考えたが、それより早く何か答えねばと思いアドエルは率直に話す事とした。
「全体的に赤いと思います」
こうして謁見は明るい雰囲気のまま幕を閉じた。
その後アドエルは約束通り王宮を見学させてもらい、新しい物から多くの刺激を受け、パルマと共に客室に泊めてもらった。
「本当に王宮って凄いね。部屋はなんだか明るくて落ち着かないけど贅沢って感じだね」
「そうですね。こんなに灯りが多い部屋は私も初めてです。そしてこんなに気疲れしたのも初めてです……」
「今日は色々あったからね。早く寝ることにしよう。そう言えばまだ帰りがいつになるか聞いてなかったね。いつだろう?」
「数日は王国で過ごせるようご配慮頂いているようでしたよ。折角ですので王国のお店も回ってみましょう。お金もありますし、アドエルさんの防具もいい物があるかもしれませんよ」
「防具か。この前の魔人はダメだったけど、バーゲストの毛皮は頑丈で良かったんだけどな。どんな物がいいかな?」
「そうですね……明日見てから考えましょう! 王国の他の冒険者の方を参考にするのも良いかもしれませんね」
一日でも早く血生臭い毛皮を卒業してもらいたいパルマは、明日が来るのがとても楽しみだった。




