2-13 招集命令
「お帰りなさいませアドエルさん! パルマさんもご無事で何よりです! ですが……何かおありになりましたか?」
街を出る前と明らかに異なるパルマの顔色にテレサは気が付いた。
アドエルが狩りをしている所は誰も見た事が無いが、その量と速さから言って普通ではない事は間違いない。そんな異様な環境に彼女は耐える事ができなかったのであろうかとテレサは安堵……いや心配した。
(ダメよ私! 彼女がいなくなれば安心だなんて不埒な考えをしてはダメ! 少しでも悟られたら致命傷よっ!)
「いえ、ご心配頂きありがとうございます。少しアドエルさんに酔ってしまっただけです」
「……ごめんね」
「そ、そうでしたか。酔い止めなどあれば良いかもしれませんね! え~それでは本日の報酬をお支払いさせて頂きます。本日は採取3件と狩猟2件で金貨1枚、銀貨9枚、銅貨15枚から契約料を頂きまして金貨1枚、銀貨6枚と銅貨15枚となります。本日もお疲れさまでした!」
「ありがとうございます」
そう言って何時ものように適当にお金をしまうところをパルマはじっと見つめる。
「……」
「パルマどうかした?あ、杖を買いに行こうか」
「いえ、大丈夫です。杖は高価ですし、すぐに必要になることも無いでしょうから」
「そうか。なら言ってた通り薬を作る道具を見に行こうか」
「はい。よろしくお願いします!」
そして二人はギルドを後にした。
テレサは金銭に対する一般的な良識を持つパルマの視線を確かに感じていた。
パルマの目にはテレサという女はどう映っているのだろうか。アドエルという優良株の甘い蜜に群がる害虫だろうか。それでもテレサはその大樹から決して離れるつもりはない。
それを可能とする心の強さを持ち合わせていた。
(今日も一日座ってただけで銀貨3枚のボーナス……辞められないわ。この仕事)
翌日からもアドエルとパルマは依頼をこなしつつ、パルマの薬作りに役立ちそうな薬草の採取をしていた。
パルマの調合技術は確かなもので、道具さえあれば店で販売されているような薬をすぐに作ってくれた。その手際はよく、アドエルも少しずつ薬の知識を学ぶことができた。
パルマによって手際よく作られる薬はアドエルにとって非常に興味深かった。
アドエルの村でも薬を作ることはあった。薬草を乾燥させ、粉砕し、水に混ぜ、時には湯に混ぜる。
しかし、作られる薬は傷に塗り込む薬や発熱した時に飲む薬くらいで、パルマが作ってくれたような多様な物ではなかった。
そして、昔とは違い、今のアドエルには魔力が見える。
薬が作られていく過程で変化する魔力の鼓動が非常に興味深かったのだ。
どうも薬を作るための薬草とは、通常の植物よりは少し魔力が大きく、有する鼓動が少々独特な植物のようだった。そして、それらの物を粉砕した物を湯の中で成分を抽出するようにして混ぜ合わせる事でその鼓動が不思議と重なり合うのだ。
普通であれば鼓動を重ねるには同じ位置に魔力を置く必要があると思っていたのだが、湯の中ではその結果は違うようだった。
粉末の時点では、細かすぎてその魔力はもうよくわからないが、湯に入れて混ぜ合わせるとで確かな魔力として感じれる程度の大きさになる。混ざり合ったその薬の魔力の鼓動は、材料となった薬草の魔力の鼓動の単なる重ね合わせではなく、薬を作る過程で少しずつ変化しているようだった。
潰したり、絞ったり、熱を加えたり、冷やしたり、どの手順でどのように変化しているのかはよくわからなかったが、出来上がるその鼓動は確かに変化していた。
「本当に凄いよ。パルマが薬を作るところを見てると魔力の鼓動がどんどん変化していくのがよくわかる」
「魔力の鼓動ですか。以前魔力について教えて頂きましたが、残念ながら私にはサッパリです。ですが喜んで頂けているようで何よりです」
パルマには自分が使っている魔法や魔力について一通り話したつもりだが、やはり魔力を感じる事や鼓動については皆と同様によくわからないようだった。ちなみに、アドエルが魔力を吸収できる事は決して誰にも言わないようにと釘を刺しておいた。
様々な魔力が使えた方が便利であることは間違いないとは思ったが、特に急いでできるようになる必要も無いので、アドエルは特に教えることはしていない。しかし、パルマは魔力を使えるようになればあの暴れ馬に乗らずにすむと考え、実はコッソリ訓練していたのだった。
パルマが作った薬の鼓動を真似る事でアドエルも薬を作れないかと、一度水に手を入れ、似たような鼓動を流してみた事がある。しかし、魔力が多かったのか、水は蒸発したように掻き消えてしまった。
それもあってパルマの薬作りは最近のアドエルの大きな興味の対象となっていた。
(興味を持って頂けるのは嬉しいのですが……ここまでジッと見つめられると流石に照れてしまいますね……。)
それからしばらく依頼をこなしていく事で、パルマもかなり狩猟に慣れてきた。相変わらず狩猟中のパルマの役目は”アドエルから振り落とされない”事だったが。
それでも自分を一人にしないために、不便ながらも狩猟中でも一緒に行動してくれるアドエルにこれ以上迷惑は掛けたくない一心で、息を殺し、声も出さず、時に涙を流しながらしがみついていた。
ギルドではパルマとアドエルに新しい知り合いが出来た。受付のキャミアという人だ。
ショートヘアのテレサとは対称に、ロングヘアのキャミアは落ち着いた丁寧な女性という印象で、アドエルも好感を持った。
どうやら受け持っていた依頼が滞っていたため、アドエルに協力してもらいたかったようだった。簡単な魔獣数等の依頼だったが、終えるととても喜んでくれた。
そして、パルマと仲間になってから1週間が過ぎようとしていた時、アドエルはギルドから呼び出された。ギルドへ行くと以前と同じ綺麗な部屋へ案内され、中ではドノンが座して待っていた。アドエルとパルマもドノンに向かい合った席に着く。
「ようこそギルドへ、アドエル君。そしてパルマ君。君たちの活躍は聞いているよ。いいコンビだそうだね」
「お久しぶりです。今日は何かありましたか?」
「今日は私の要件ではない。王国から君への招集命令がでたんだ」
アドエルは招集命令がどのようなものかわからなかったがドノンがザックリと説明してくれた。
基本的に国王からの勅令であるため拒否権は無い。しかし、恐れるような事ではなく、今回の内容としては概ね先日のジオ・アラクネと魔人の件の聴取と褒賞金の授与であろうとのこと。
普通の庶民や冒険者だけでなく中流の貴族であっても国王への謁見の機会など生涯皆無であり、今回の謁見は非常に名誉な事である。アドエルにその価値はわからなかったが、パルマの表情から緊張感を持つべき内容なのだろうなと想像は出来た。
内容的には問題ないのだが、ドノンは常識やマナーといった知識に疎いアドエルの立ち居振る舞いを懸念していた。日頃から頑張って敬語を使ってくれてはいるが、決して十分とは言えない。不敬罪で投獄されないだろうか……。
(まぁ王国もそこまで馬鹿な真似はせんか。それよりも考えるべきは彼の今後か)
「ところでアドエル君。貴族には興味あるか? 今回の手柄と君の能力から考えると、王国は君に爵位を与え、取り込もうとするだろう。もしそうなった場合、君は貴族になりたいか?」
アドエルが貴族がどういうものかを理解していない事をわかっていながら聞いた。何故かはわからないが、貴族に対して悪い印象を持っていることも。ドノンとしては絶対に冒険者を辞めてほしくなかった。
「いえ、別になりたくありません」
ドノンとパルマはホッと一息ついた。
パルマとアドエルとの契約は冒険者の仲間としての契約であったため、アドエルが冒険者を辞めてしまうと契約は終了してしまうのである。それをアドエルが認識しているかはわからなかったが、パルマもそれをアドエルに告げる事はしなかった。
それからドノンはアドエルに貴族に懐柔されないための術を授けた。それは何を差し出されても『お気持ちだけ頂戴致します。』と答えて断れという簡単なものであったが。
人の世界に疎いアドエルに自分で判断しろというのは無理があるので、ドノン的には今採れる最良の手段と考えられた。
「爵位も、領地も、金品も、武器や防具も、情報も、娘もだ。出来れば出された茶菓子すら手を付けないで欲しいくらいなのだが……それは失礼に当たるので、飲んでもいいと言われたら飲んでやれ。何となく話はわかって貰えたか?」
アドエルはいったい何が待ち受けているのかと不安を感じたが、まぁ出たとこ勝負で良いだろうと生返事をした。
「うむ。……あ、最後になってしまったが今思い出した。大切な事をもう一つ言い忘れていた。パルマ君の事だ。王宮には妖精族のような亜人を毛嫌いする輩も居る。君たちを庶民や奴隷と見下してくる輩も居るだろう。しかし、可能な限り耐えてくれ。耐え難い屈辱を味わう事になるかもしれないが、我々も可能な限り対処する。絶対に魔法でぶっ飛ばしたりしようだとかは考えないで欲しい。無視してやればいい」
「わかりました。無視します」
「……」
「大丈夫だよパルマ。怖ければ僕の後ろに隠れていればいいよ。パルマが何かされたらその場に魔獣を投げ込んでやるよ」
「それだと我々も無事では済まないのだが……まぁそうだな。怖いときはアドエル君の近くに居るといい。私達なんかの近くにいるよりは確実に安心できるだろう。そしてアドエル君が魔獣を投げ込むのを阻止してくれ。これは君にしかできそうにない」
ドノンの不安ながらも意地悪そうな笑顔にパルマも笑みを返した。
この街の暖かい人々のおかげで、パルマも人の世界にはかなり慣れてきた。街ではまったく迫害されるような雰囲気は無かったし、今でも自分が奴隷であるという事を忘れそうな程だった。
王国でも同じように暖かい雰囲気であれば良いのだが……。
そう考えるとパルマは心配せずにはいられなかった。自分だけでなく、アドエルにも一切の不幸が降りかからぬ事を祈った。
そして翌日、アドエルとパルマはドノンに連れられてガリアの街を出発した。




