2-12 妖精族の力
初めてのお使いのような買い物を終え、アドエルとパルマはギルドへ向かった。
何もかもが初めて尽くしでアドエルは朝から気分が良かった。しかし相変わらず邪魔だという理由でアドエルは普通の靴を履こうとせず、毛皮の腰巻と羽織物を身に着けていたため、パルマは少し困っていた。
(どう見ても私の方がお金がかかってしまっている……)
パルマは肌着から寝巻、丈夫で動きやすそうなズボンと上着に、薬などが入れれるポーチの付いたベルト、革の胸当てやブーツ、手袋、長い髪を纏めれる布の被り物、そして扱いやすいナイフを買ってもらった。
お値段なんと金貨2枚と銀貨13枚。見た目からしてもアドエルより十分に冒険者らしい。
ギルドに着くとすぐにテレサが出てきてくれた。
そこでアドエルはパルマとのパーティ登録をお願いしたが、冒険者ギルドでは人族のみの登録となっており、パルマは冒険者としては登録できないとのことだった。しかし、パーティ登録はできずとも、アドエルが依頼を受ける事ができることには変わりないので、今のまま依頼を受け、報酬を二人で分ければいいと教えてくれた。
「依頼は受けれるなら別に登録はなくても良さそうですね。じゃあ今日これから行けそうな依頼を紹介して下さい。今日は採取をいくつか受けたいです」
「採取ですか? あ、妖精族の方は得意でしたね! 了解しました! 少々お待ちください!」
そう言ってテレサは奥へ行ったので、いつもより少し小さく感じるパルマを気に掛けた。やはり妖精族ということで登録が出来なかった事が気になったのだろうか。それとも単なる緊張からだろうか。少なくとも怖がっている様子では無かった事は安心した。
「大丈夫? 緊張してる?」
「あ、いえ大丈夫です。すみません。確かに周りの目がちょっと……気になりますね」
「気にしなくて大丈夫だよ。どうせすぐにみんな見慣れるだろうし。それより採取の依頼を見せてもらったらそこから良さそうな依頼を選んでよ。僕にはよくわからないから」
「わかりました。お任せください」
(周りの目が気になるのは事実なんだけど、コレは私を見ているというよりはアドエルさんが見られてますね……ボロボロの毛皮にほとんど素足なのに服だけ真新しいとなると悪目立ちしても仕方ないかもしれないですが……ちょっと恥ずかしいですね。)
しばらくしてテレサが戻ってきた。
「お待たせして申し訳ありません! あと、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。私、アドエルさんと専属受付契約をさせて頂いておりますテレサ・モリスと申します! コレからもお二方のお仕事が上手くいきますようサポートさせて頂きますので、今後ともよろしくお願い致します!」
「ご丁寧にありがとうございます。私はパルマ・ナフィルスと申します。不束者ですがよろしくお願い申し上げます」
「こちらこそご丁寧にありがとうございます! 女性同士ですし、何でも気兼ねなく尋ねてくださいね!」
(テレサさんも仲良くしてくれそうで良かったな。これならパルマもこの街での暮らしにすぐに馴染めそうだ。)
それからアドエル達は東の森での採取依頼を3つと狩猟の依頼を2つ受けた。狩猟はまだB等級だったがゴアボアの依頼があったので受けさせてもらった。依頼を受けるともう昼過ぎだったので、アドエル達は急ぎ東の森へと向かった。
――――――――――――
アドエル達がギルドを出るとキャミアが話しかけてきた。
「ねぇ! あの子誰!? もしかして先に手付けられちゃった?」
「いつの間にか奴隷を仲間にしたみたい……しかも妖精族よ……」
「妖精族の奴隷……つまり顔と体では勝ち目は無い、と」
「その通りよ……若さでも顔でも体でも勝ち目は微塵も無いわ。もう彼女に媚びるしかないと思って……さっきは必死だったわよ」
「契約はいつでも切れちゃうからねぇ~。彼女に一言『やめた方が良いです~』なんて言われたら彼すぐにやめちゃいそうだもんね。まぁ実際必要無いだろうし」
「嫌な事言わないでよ~折角ギルド内の問題が落ち着いたのに……あぁ~これからどうしよう……頭が痛いわ」
「”無知な彼を騙して搾取する性悪女”は悩みが多くて大変ね。疲れてるなら彼の担当はいつでも代わってあげるわよ。とにかく今は彼女に嫌われない事ね」
「そうね……今私の人生の手綱を握っているのは間違いなく彼女よ」
「それよりアンタ! この前の魔獣の報酬から幾らもらったの?」
「……金貨5枚ちょっと」
「……私、今すぐ彼女に『あの守銭奴はやめた方がいい』って忠告してくるわ」
「そう? 人族にはこんなにも親切な忠告をしてくれる守銭奴が居るだなんて、彼女もビックリでしょうね」
「それだけ憎まれ口を叩けるなら大丈夫そうね。まぁいいわ。今度何か奢りなさいよね」
やはり親友は大切にすべきであるとテレサは思うのであった。
――――――――――――
アドエルはガリアの街の門を出るとパルマの魔法を確認した。
「パルマは風魔法は使える?僕は早く走るために足から出してるんだけど、できないかな?」
「風魔法は使えますが、足からですか? 杖などが無いと魔法は使えませんね」
「やっぱりか。いや、いいんだ。あ……そう言えば杖とか買うの忘れてたね。って事は今は魔法は使えないのかな?」
「そ、そうですね! 私も忘れていました。今は使えませんが、また必要な時にご用意頂ければ嬉しいです」
本当はパルマは分かっていた。しかし、思っていた以上に売られていた杖が高価で、さすがに購入は見送ったのであった。生活魔法は便利ではあるがアドエルも魔法は得意と聞いていたので、自分の魔法などあったところで、購入費用以上の価値があるとは思えなかった。
「じゃあコレで魔法使えるか試してみて。僕はコレで使えるんだ」
手渡された黒石を不思議そうにパルマは眺めた。
そして魔法を使ってみると普通に使えた。ただ、いつもより少し疲労を感じた。久しぶりだったからかもしれないが、普通に販売されているような魔道具を使った時よりも多くの魔力を消費してしまっていた。
「とりあえずはそれ持っといてよ。もう別に使わないし何個もあるから無くなっても大丈夫だから。じゃあとりあえず東の森までは僕が担いで行くよ。背中に乗って」
そう言ってアドエルは屈み、パルマに背を向けた。
人目が無いとはいえ、パルマは恥ずかしかった。しかし、アドエルを待たせ、時間を掛けさせるわけにもいかないため、アドエルに言われるまま背に乗った。
妖精族では60を超えてもまだ子供という扱いではあるとが、それでも人におぶられるなど何十年ぶりか。
(私の年齢はわかっているでしょうから子供扱いというわけでは無いようですが……誰にも見られませんように!)
アドエルはパルマを担ぐと荷車を押し東の森へと向かった。
いつものように走ってみたが、やはりいつもより重いからか、少し遅かった。重心もいつもと違いバランスもとりにくい。乗り心地が悪くても荷車に乗ってもらえば良かったか。
今後もこうやって移動することが多くなるかもしれないのでしっかり練習をしておかなければ、と走りながらアドエルは考えていた。
そして、その背ではあまりの速さに必死にしがみつくパルマが涙目で歯を食いしばっていた。獣を思わせる毛皮にパルマは、野人族ではなく野獣族だったかと、アドエルに対する認識を改めていた。そして、恥ずかしさを忘れ腕と脚で必死にアドエルにしがみつき、命の危険を感じていた。
(落ちたら死ぬ、落ちたら死ぬ、落ちたら死ぬ……杖より先にアドエルさんのサドルが欲しい!)
東の森へはすぐに到着した。
今日受けた依頼は治癒薬のための薬草とキノコ、解毒薬のための薬草の採取とイノシシとゴアボアの狩猟だった。アドエルは傷薬の薬草以外は見た事も無いためとても楽しみだった。
「それじゃあ薬草採取を教えてくれる? まずはどこから探そうか?」
そう言ってパルマを見ると、パルマは地面にへたり込み、大地を愛おしそうに見つめていた。
「ごめん、走るの怖かった? 馬……みたいな感じだと思うんだけど。僕は乗ったことないけど」
「い、いえ、連れてきて頂きありがとうございます。私も馬には乗った事が無いのですが、今ならバーゲストでも乗りこなせそうです」
そう言ってパルマは微笑んでいた。
それからパルマは様々な薬草などを教えてくれた。森には今回の依頼には関係ない薬草も多く自生しており、色々と覚えるべきことは多かった。
見た目では区別が難しい物も多かったが、魔力の鼓動がそれぞれ違うようだったのでとりあえず違う物だという判断はできるようになった。そして依頼の薬草はすぐに集まった。
「パルマはどうしてこんなにすぐに薬草を見つけれるの?」
魔力の鼓動を見ればアドエルにもある程度は場所を探せるが、群生しているとはいえ薬草の魔力はとても小さいため探すのに時間がかかってしまう。
「私達妖精族は人族よりも遥かに嗅覚が良く、匂いでわかるのです。それに昔から自分の村で薬を作っておりましたので薬草がありそうな場所もおおよそ予想がつきます」
「匂いか……」
身体強化の魔力で鼻を強化してもアドエルにはそこまで特徴的な匂いを感じる事はできなかった。鼻を鍛えるよりは勘を鍛えた方が良さそうだ。
しかし、アドエルは自分の鼻を強化したことで気が付いてしまった。
「パルマ……もしかして僕って獣臭い?」
「……毛皮の羽織物と中の干し肉がありますので、その匂いではないでしょうか。毛皮には血も付いているようですし、そろそろ代え時かもしれませんね!」
「まだ使えるからイイかと思ってたけど、やっぱり僕もパルマみたいな装備を買おうかな……」
(ヨシッ! 少し失礼な物言いでしたが、アドエルさんが考え直して下さるなら……)
アドエルはこれまで忘れかけていた人並みの恥ずかしさを思い出していたが、普通の人にわからないのであればこのままでもイイかなと短絡的にも考えた。
自分ばかりが良い物を身に着けてしまっているパルマが罪悪感から解き放たれるのはまだ先になるようだ。
「他に妖精族……というかパルマの得意な事ってある?」
「得意な事ですか……先ほども言いましたが薬を作るのは得意ですよ。ですので、薬草を集めておけばお店で買わなくても自分で薬は作れます。ただ、少し道具が必要になりますが」
「薬か……コレまで使った事が無いからどんな物かわからないんだけど、今度作ってみてよ。道具も探しに行こう」
「はい。任せてください!」
パルマはアドエルの役に立てる事が嬉しかった。
基本的に採取の依頼は狩猟よりも報酬が少ない。狩猟の依頼でどうやって自分が役立てるかをずっと考えていたのだ。
「そう言えば、アドエルさんはコレまで狩猟の依頼でケガなどされる事は無かったのですか?以前に倒されたというジオ・アラクネなどは毒があるため毒消しは必須だったのではないかと思いますが……」
「ほとんど無かったね。この前の魔人はヤバかったけど。でもケガをしても魔力で治せるから大丈夫だよ。パルマがケガしても治してあげられるから安心してね。毒はわからないけど……病気は治したことがあるよ」
「えっ……という事は薬は……」
「いや、それでも薬は用意しておこう。僕が治すには触れている必要があるし、すぐには治すための魔力を作れないかもしれないから、先に薬で治せるってわかってるなら薬の方が便利だからね」
「そ、そうでしたか。お役に立てそうで良かったです。他にも狩猟でお手伝いできる事があるといいのですが……」
「そうだね、何かお願いできそうなことはあるかな……まぁ一番のお願いは絶対に無理しないようにしてねって事なんだけど、狩猟に使えそうな薬とか作れないかな? そうなると薬というより毒を作る事になりそうなんだけど……」
「獣や魔獣に使えそうな毒ですか……できるかもしれません。元々獣の狩りに使われている睡眠や麻痺、致死の毒はあるので、それを魔獣にも使えるように考えてみます。今私が知っている毒では魔獣に使えるものは無かったと思いますので街でも調べてみますね」
「ありがとう。僕も一緒に探しに行くよ。それじゃあ今日は早く狩りを終わらせて街に帰ろうか」
「はい。よろしくお願いします!」
自分でも役立てそうな事に喜び、笑顔で答えたパルマだったが、その笑顔は街まではもたなかった。
狩猟の時は移動するからと再びアドエルの背に乗せられ、森の中を上下左右に飛び回る暴れ馬から振り落とされぬようにと必死でしがみつく。
初めての魔獣に出会った頃には既に生きた心地がせず、魔獣からは毛ほども恐怖を感じなかった。それどころか、アドエルに簡単に殴り殺されてしまった巨大なゴアボアを少し哀れとすら感じた。それでも、今この世界で最も哀れなのは自分であると感じる事に変わりは無かったが。
そして街に着いた頃、パルマは狩猟に対する自分の考えの甘さを実感し、役立つ事よりも生き残る事を先に考えなければならなかったと後悔していた。
(……私は……この先も生きていられるのでしょうか……)




