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タガサイヲ・ナゲウルカ  作者: tbl
人族の世界
20/27

2-9 魔人と魔人

 目の前に現れたのはこれまでに見たことも無い魔獣だった。


 以前に倒した事のある2足歩行の魔獣にも似た雰囲気はあったが、風格がまるで異なる。


 ここまで殺意無く殺しに来た魔獣は初めてだった。コレが魔人と呼ばれるモノなのだろうか。自分と同等の魔力を持つ魔人。


 そして、魔人に飛び掛かられた時、アドエルは魔人の魔力が感知できなかった理由を察した。この魔人は他の魔獣と比べ物にならない程、恐ろしく素早い。恐らくアドエルでも目で見て躱すことは難しいだろう。


 そしてその素早さの起点となる移動中の接地時間が非常に短く、魔力感知の速度をも超えていたのだ。身体強化の魔力の影響で魔力感知の能力も向上しているが、それでも認識できないとは恐れ入る。


 魔人は怒りや殺意のある表情はしておらず、冷静に落ち着いた表情でアドエルを見ていた。


 初めて見た魔人は普通の熊くらいの身長だが、その肉体は屈強であることが目に見えて明らかだ。短く赤みの強い赤毛は美しく清潔感があった。


 鹿のような優しい目に不釣り合いな狼のような顔つき、目立つ2本の角は禍々しさよりも気品を感じさせる。


 両手の爪はそこまで大きくは無いが鋭利さがあるようだった。あの爪でジオ・アラクネの脚を切り裂いたのだろうか。それにしては短い。


 そして両手の拳には昔の黒石を思い出させる、黒光りした岩のようなモノが付いている。あれも体の一部なのだろうか。


 加えて前腕部には翼にも似た長いヒレのようなものが付いている。泳ぎも得意そうだが、そういう用途ではなさそうだ。


 何にせよ、これまで見た魔獣との共通点は無く、魔人が特別な存在であることは実感できた。


「……話せるか?」


「……」


 一応話しかけてみたが、やはり獣人の類ではなく魔獣の類のようだ。そうとなれば仕方がない。アドエルは久しぶりに覚悟を決めていた。


(もう逃げる事はできないな)


 魔人は全身に身体強化の魔力を纏い、部分的に見たことが無い魔力を蓄えていた。魔力を適宜使ってくれていれば少しは動きが先読みできたのに残念だ。


 一切の前触れも無く、魔人は懐へ飛び込んできた。


 アドエルは瞬時に後方へ飛ぶと同時に障壁のような大きな風魔法で魔人を弾き返そうとした。素早いとは言え、慣れた光景に少し油断があったっかもしれない。


 魔人はアドエルの胴体に拳を撃ち込んできていたが、その拳ごと風魔法が跳ねのける予定だった。しかし魔人は風魔法を障壁とはみなさず、そのままアドエルの胴体に拳を撃ち込んできた。


 即座にアドエルは魔人の側方へ避け、側面から顔面を捉えようとしたその時、アドエルは急ぎ魔人から距離をとった。躱したはずの胴体への拳が触れていたのか、腹部が大きく切り裂かれていた。


(深い傷では無い……あのヒレか。いや、あのよくわからない魔力か……)


 アドエルは治癒をしながらも魔人から目は逸らさない。


 魔人のヒレは横方向に大きく開いており、どうやら凄まじい切れ味であるようだ。羽織っていたバーゲストの毛皮も簡単に切り裂かれた。見た事が無い魔力は確かに感じるが、その魔力の鼓動を読み取る余裕もない。


 次はアドエルから仕掛けた。魔獣に手を向け、風矢の魔法を惜しげも無く放つ。


(……躱された。魔力で察したか?)


 身体強化をしていたとしても躱せるとは思えない程の速度のはずだったが、数発撃ち込んでもかすりもしなかった。魔力の移動を見られて軌道を先読みされたか。流石にこの速度を目で見て躱せるとは考えたくない。


 風矢を躱した魔人は再びアドエルに接近してくる。


 馬鹿正直に飛び掛かってくるのではなく、確かな足取りで詰め寄ってくる。アドエルは手を出し風矢を放つが魔人は冷静にそれを躱しつつ迫ってくる。


 アドエルは接近する魔人に額から風矢を放つも魔人はこれも躱す……躱したはずだったが、魔人の体には風矢が数発撃ち込まれていた。その痛みからか、魔人は少し態勢を崩し、接近の勢いは弱まる。


 アドエルは安堵し、火魔法を目くらまし代わりに顔面に放ち、大袈裟に回り込みつつ風矢の魔法を続けざまに撃ち込んだ。


 魔力量に優劣は無いが、身体機能は魔人の方が明らかに格上。大量に魔力を消費して身体強化をしたとしてもアドエルの体が耐えられなくなるため、ポテンシャルの差は埋められない。


 ならばどうするか。


(魔力を消費する手段の多さは僕の方が格上だ。)


 魔人の後ろに回り込んだアドエルだったが、風矢を放つ以外に有効な手段は思いつかなかった。後ろから後頭部を殴りつけようと考えていたが、魔人の背に生えた鋭利な角のような棘を見て、近寄るのを躊躇した。


 先ほどは額からの風矢は躱されるだろうと、躱した先を予測して適当に複数の風矢を同時に放った事で偶然命中し、一時的に優勢かと考えたが、さすがは魔人と褒めるべきか、大した影響はなさそうだった。


 魔人の傷は”微弱な魔力”により自然治癒とは呼べない速度で急速に回復していた。その後に放った風矢による傷も次々と回復していく。どうやら回復力も同等であるようだ。


 そうとなれば先に致命傷を与えた方の勝ちとなるのだが、アドエルには現状決定打となる術が無い。逆に魔人からすれば接近して何かしらの一撃を与えれば勝ちとなるだろう。


 明らかに分が悪い。


 魔人は容赦なくアドエルに襲い掛かる。無表情に無感情に。その冷徹な攻撃は確実にアドエルを殺すためのものであった。


 アドエルは何とか風魔法で魔人の攻撃を受け流しつつ機会を待った。脚も角も全てが凶器であるため、アドエルは警戒を怠らなかったが、魔人は終始腕での攻撃に執着した。サービス精神のようなものでは無い様子ではあったが。


 後ろに後退しつつ魔人の攻め手を凌ぐのは一苦労だった。鋭利なヒレの存在感がアドエルの動きを鈍らせる。


 木で防ごうとしてみたが敢え無く一刀両断され、障壁として使いたかった風魔法すら両断されているようで防げず、躱すほか無い。


 しかし、その躱すのも、的確に躱すことができれば反撃もできそうだが大袈裟に躱さなければならないため全く反撃の手が出せない。


 魔人の攻め手の手数が増えるにつれアドエルは疲労してしまったか、徐々に反応が鈍くなったか、少しずつだが確実に魔人の拳はアドエルに触れつつあった。


 そして次の瞬間、魔人の指を伸ばした刺突のような一撃がアドエルの額をかすめた。たかだか指の長さ程度のリーチの差がアドエルの生死を分かつ差となるところであった。


 アドエルは寸前のところで身を屈め、魔人の足元に滑り込んだ。


 それを察した魔人はここぞとばかりにアドエルの顔面を蹴り上げようとする。


 アドエルはそれを予知していたかのように風魔法で即座に側方へ飛び退くが、地面に這いつくばるその態勢は悪い。それを有利と見たか、魔人は大きく一歩を踏み出しアドエルに飛び掛かった。


 アドエルにとっては命からがらと言ったところではあったが、ちょこまかと動き攻撃を躱すアドエルが鬱陶しかったのだろう。上から押さえつけ、アドエルの動きを封じるために魔人は飛びかかった。


 その大きな一歩をアドエルは待っていた。アドエルを頭上から攻撃するために飛び込んでくるその時を。


 地面から魔人の両足が浮くその時を。


 アドエルは即座に地面に複数の魔力を配置し、渦巻く風魔法を発動する。


 渦巻く風魔法は突風のように強力な上昇気流を引き起こす。地に足つかぬ魔人は回避することも踏ん張る事も出来ず、無抵抗に上空へと投げ出された。


 そしてアドエルは肩で大きな呼吸をしながら、追い打ちするように冷たい風矢の魔法を連続で放つ。その魔力は決して強いものではないが、可能な限り素早く、連続で、大量に。そのすべては確実に魔人に命中していた。


(空中なら躱せないよな。)


 そして、大きな外傷は無いまま魔人が落ちてくるが、すかさず再び風魔法で上空へと送り返す。魔人も状況を理解したか、体を丸め少しでも冷たい風矢の魔法を防ごうとする。


 普通の風矢や火矢の魔法ではダメだ。僅かな損傷を与えたところですぐに回復されてしまう。このまま永遠に攻撃し続けたとしても致命傷とはならず、魔力の消費速度からいってアドエルの魔力が先に尽きてしまう。


 だからこそ冷たい風矢の魔法が良かった。


 直接的な肉体的損傷は無くていい。ただただ命中してくれればいい。


 当時、アドエルが未体験であったあの痛みは凍傷によるものだった。


 木を急速に凍結させたその力は、魔力に大きくは依存しない。そしてアドエルはその後の度重なる実験で、凍結が人体や魔獣に与える影響を知っていた。


 凍傷となった部分は通常の傷と違い一定の程度を超えると”微弱な魔力”が発生しなくなる。加えて、凍結した場合は”微弱な魔力”でも回復することができなかった。


 強引に凍結を解除するなら、火魔法で焼き、”微弱な魔力”で治癒するのが一番早いが、魔法を使えぬ魔獣にその選択肢は無い。どうやら魔人も同様であったようだ。


 その後も継続して冷たい風矢の魔法を当て続ける。出来るなら体全体を凍結させてやりたい。


 お手玉状態の魔人は文字通り手も足も出ぬ状態で、今では指先を動かす事すら叶わぬだろう。時折見える魔人の表情には殺意が表れていた。


 そして時は満ち、宙を舞う凍結した魔人の体に強力な水矢の魔法を放つ。


 水の魔法は冷たい風魔法を火魔法を介して発動するような特殊な方式で発動することになるため、単純に消費魔力は倍となってしまうが、その威力は風矢の魔法の数倍だった。


(今なら体を砕ける! 砕けろ!)


”パァァァゥン・・・”


 その一撃は確実に魔人に致命傷を与えた。


 右の手足を砕き、貫通し、胴体をも砕いた。


 そのまま魔人は落下し、地面に叩きつけられ、魔人の四肢は分断された。


 落下した魔人から”微弱な魔力”はもう感じることは無かった。


 砕かれ分断された魔人の死骸はしばらくして凍結状態も解かれた。砕かれても魔人の死骸に残る魔力は膨大で、アドエルは失ってしまった魔力を吸収した。


 アドエルは生き残った。


(……魔人の死骸っていくらになるのかな)




 その後、ジオ・アラクネと魔人の死骸を持って村へ帰った。ズタボロになったアドエルを見た村長は慌てて駆け寄ってきた。


「おぉ! アドエル様! ご無事でしたか!」


「依頼完了です。ジオ・アラクネの死骸もこちらに」


「お怪我の方は大丈夫ですか? 魔人はどうなりましたか?」


「魔人も倒しました。危なかったですが何とか生き残りました。一応死骸を持って帰ってきましたが死骸は見ての通りバラバラです」


「コレが魔人……」


 これまで誰も見たことが無い魔人の死骸。


 普通ならば信じる事も難しかっただろうが、これまでの数々の魔獣の死骸にジオ・アラクネの死骸。この見るも無残な死骸が魔人であると信じるには十分だった。


 アドエルがこの僅か2日間で狩猟したのはバーゲスト12頭にアウルベア4頭、ジオ・アラクネ、そして魔人。


 そもそもこれ程の魔獣が村の近辺まで出てきていたことすら村では把握できていなかった。もし王国の兵団が対処していたとしたら十数人規模の中隊が30は必要になっただろう。そして多くの死傷者が出ていた事は言うまでもない。


 村長は改めて魔獣の脅威が去ったことと、アドエルがこの依頼を受けてくれた事に感謝した。


「報酬はいくらになりますか?」


 村長は我に返ると、依頼の報酬を計算した。


「今回の報酬は追加報酬も併せまして白金貨2枚と金貨16枚になります」


「……そうですか。わかりました」


 アドエルはジオ・アラクネが白金貨1枚だったので、その百倍は魔力を持つ魔人ならもっと高くなるかと期待したが残念だった。村長はそんなアドエルの不満そうな雰囲気を察し、事情を説明した。


「報酬がご期待に沿えなく誠に申し訳ありません。今回のアドエル様の成果から言いますと、もっと報酬が多くなることは必然でございます。ですがこのような金額になってしまっているのは、そもそも私達だけでなくギルドもジオ・アラクネの狩猟については期待していなかったのです。そのため設定金額も追い払った際に追加報酬としていくらかお支払いできるように適当な金額で依頼するというのが通例となっております。その結果、今回のように狩猟して頂きました場合には不満の残る結果となってしまった事を深くお詫び申し上げます」


 村長が深々と頭を下げてアドエルに謝罪した。アドエルの雰囲気からして、不満があるからといって暴れるような真似はしないだろうとは信頼していても、風体が盗賊のアドエルに配慮せずにはいられなかった。


「ご存じと思われますがジオ・アラクネはこれまで狩猟されたという報告がありません。そのため死骸から採れる素材も今後市場で幾らの価値がつくのかは全く不明なのです。それは魔人の死骸も同様です。コレから村の調査員で調査し、街や王国に報告させて頂きますが少なくともしばらくの時間必要です。ですので、今回の報酬には現状我々に出来る限りの色を付けさせて頂きましたが、それでも働きに対する報酬としては不足してしまう結果となってしまいました。誠に申し訳ありません。代わりにと言っては何ですが、私達から報告することで王国から幾何かの褒賞金が得られることと思われます。今回の報酬の不足分はそちらの褒賞金で補填頂くという事でご納得頂けませんでしょうか」


 そう言えばジオ・アラクネも狩猟された事のない魔獣だった。


 確かに珍しい素材であっても使えないのであれば意味は無い。魔人の素材は小さいし少ないし、素材としての価値は低そうに見えた。魔力的には価値のある物であったが、他の用途はアドエルにも思いつかなかった。


 とりあえずこの場は不安そうな顔の村長を何とかしなければとアドエルは思った。


「いえ、お気になさらず。報酬は十分です。また、魔獣の依頼があればよろしくお願いします」


 実際、アドエルにとって報酬は十分だった。できれば全額支払いたかったが、パルマの前金には足りるのでとりあえずは問題なかった。それにアドエルは既にジオ・アラクネと魔人から、死骸が消滅しない程度の大半の魔力を吸収していたので、その死骸に大きな価値があるとも思えなかったのだ。


 そして、そんな魔力的に価値の低い死骸を引き渡した事はアドエルにとって負い目であり、言うと怒られるかと思い黙っていた。


 村長はアドエルが納得してくれたようで安心し、依頼の完了証を手渡した。




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