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タガサイヲ・ナゲウルカ  作者: tbl
人族の世界
17/27

2-6 奴隷の妖精

 更に数週間が経過した時、アドエルの狩猟はB等級となっていた。


 収入は増え、手持ちのお金は増えるが、聞いていた幸せとは程遠いように感じられていた。そんなある日、ギルドでテレサから誰かが会いたがっているとの話をしてくれた。


「アドエルさん、商人のバレッタ・ゴルンという方をご存じですか?先程アドエルさんにお話があるため会いたいとの連絡を受けました」


「バレッタ……聞いたことはありません」


「そうですか……先方はご存じであったようですが。一応、明日の朝9時に指定の場所に来て頂きたいとのお話だったのですが、如何されますか?」


 アドエルはその名前に全く覚えは無かったが、アドエルを知っているという事はもしかして村の人かもしれない。そう考えアドエルは快くその依頼を受けた。


 翌朝、指定された場所に訪れたアドエルは少しガッカリしていた。場所はいつかの奴隷商のテントであった。


(あの男の人がバレッタさんだったのか……)


 テントに入るとその男性が迎えてくれた。


「ようこそおいで下さいましたアドエル様。改めまして、この街で奴隷商をさせて頂いておりますバレッタ・ゴルンと申します。以後お見知りおきを」


「お久しぶりです。今日はお話があると伺ってきましたが、どのようなお話ですか?」


「それでは、こちらへどうぞ」


 バレッタに案内され、小さな談話室のような場所でお茶を出された。


 小部屋とはいえその部屋は豪華そうだった。それはアドエルがこんなにも綺麗な部屋に入っていいものかと入室を躊躇ってしまう程に。


 用意された机や椅子は細かな細工がされた木彫りの一品で、アドエルが村で使っていたような簡素な椅子とは比べ物にならない。


 石畳の床に敷かれた絨毯も初めてであり、素足のアドエルは足を洗ってきていないことを後悔しつつ、席に着いた。


「本日お呼びたてしたのは先日お話させて頂きました妖精族の少女についてでございます。単刀直入にお伺い致しますが、アドエル様は妖精族の奴隷にご興味は御座いませんでしょうか」


 唐突な話で何を答えていいかわからなかったので、アドエルも率直に答えた。


「いえ。全くありません」


「そうですか・・・。少し残念ですが、大きく安心致しました」


 この男性の話は相変わらずよくわからない。もう話は終わりかと思いバレッタを見つめているとバレッタが再び口を開いた。


 バレッタが言うには妖精族は非常に人気のある珍しい奴隷だそうだ。


 それであればわざわざアドエルに妖精族の奴隷を勧める理由は無いのだが、妖精族を求める多くの貴族は妖精族を愛玩奴隷とする事を目的としており、それは奴隷である彼女自身もバレッタも望んでいないとの事だった。


 そこで妖精族に特別に興味も無いアドエルに、冒険者の仲間として彼女と奴隷契約をしないかと持ち掛けてきたのであった。妖精族は狩猟能力は高くなく、獣人の様に肉体的な強さも無いが、採取の能力は非常に高く、人間とは比較にならないらしい。加えて、魔法も一通り使えるため、冒険仲間としては申し分ないはずだとの事だった。


 加えて、アドエルの経歴と実力も今回話をした理由の一つだという。


 亜人を仲間に加える事で周囲の人間から奇異な目で見られる事があったり、不遇な扱いを受ける事もある。しかしアドエルならそう言った状況でも奴隷を守ってくれるだろうという安心感があると。ただ、奴隷を連れている事でアドエル自身に不都合が生じる可能性がある事は事実だと正直に教えてくれた。


 そして先ほど”少し残念だ”と言った理由は、少しでも彼女に同情してくれればと思っての事だったらしい。同情を誘ってでも彼女との契約を取り付けたかったようだ。


 そして契約の是非を問われたが、アドエルは悩んだ。正直、彼女、というより彼女の魔法には興味がある。しかし、その程度であれば契約をする必要性を感じない。それよりも一番気になるのは……この男、バレッタに騙されていないだろうか、という事。


 表情、話し方からは嘘をついているような雰囲気も無く、悪人である感じはしない。むしろ彼女を思う親心のようなものすら感じる。しかしアドエルを一番悩ませたのはバレッタの営業用の堅く難しい言葉使いであった。


 話の内容から概ねの内容は理解できているとは思うが、自信が無い。今更確認しようにも長い話のせいでどこから聞いていいのかわからない。ここはジェードの言っていた『よくわからん時は関わらん』というのを実行すべきか。


 そんなアドエルの苦悩を察したバレッタが先に口を開いた。


「アドエル様はこれまでの依頼の達成状況からも非常に力もある冒険者であると確信しております。仮に彼女を仲間としたとしても人の社会で露骨に邪険に扱われる事は無いでしょう。もしよろしければお悩みの内容をお話し頂けませんでしょうか。私にわかることであれば何でもお話しさせて頂きます」


 さすがに『あなたは私を騙そうとしていますか』などとは聞けない。少し考えアドエルも口を開いた。


「すみません。正直にお話しすると、突然のお話だったので、バレッタさんを信用していいものかと考えていました」


「堅実なご判断かと思います」


「でも残念ながら、考えてみても僕自身では答えを出せそうにありません」


「それは……ではどうすればお答えいただけますか?」


「まずお話の内容から、僕自身には特に悪い事は無く、お金の問題はあるかもしれませんが、良いお話であることはわかりました。僕も出来る事なら契約をしたいです。ですが、一つだけ確認したい事があります。本当は彼女は誘拐されてここに閉じ込められているんじゃないかとも考えています。もしそうなら、契約した後、誘拐の罪は僕の罪になります。それでも彼女をここから出せるなら良いかとも思っていますが、一応彼女と直接話して、本当に帰る場所や帰りたい場所が無いのかを確認したいです」


 もし彼女に帰る場所があるなら、即座にここから連れ出すつもりである、と言いかけたが寸前で思い止まった。いつもながら大人びた話し方には苦労させられ、上手く話せているのかが気になり、余計な事まで言いそうになる。


「承知致しました。私の方から彼女に話を通しておきます。本日の夜にもう一度お会いさせて頂く事は可能でしょうか」


「大丈夫です。それではまた夜にお伺いします」


 そう言ってアドエルは商会を後にした。


 バレッタが彼女を脅して言いくるめないかとも不安になったが、少なくとも直接話せれば雰囲気でわかるだろう。とりあえず夜までは普通に依頼をこなすこととした。







 ――――――――――――


 アドエルが商会を去った後、バレッタはすぐにパルマに話をしに行った。


「パルマ、起きているかい?」


「……はい、おじさん」


「今さっき、前に話したお前の契約主になってもらいたい人と話してきたよ」


「……どうでしたか?」


「見た目は若く、少年かとも思う方だが、お話しさせてもらった感じではしっかりとした考えをお持ちの方のようだった。お前のことも冒険者の仲間として契約したいと言って下さった」


「そうですか……ありがとうございます」


「やはりまだ他の人間は怖いようだね。ここに来てもうすぐ半年になるが、私以外の人間は見たことも無いだろうから無理もない。でも安心してくれ。あの方は獣人だろうが妖精族だろうが嫌な顔をすることも無い。それどころか、お前に何かがあれば何も言わず守ってくれるだろう。最後は私をお前の誘拐犯ではないかと疑っていたよ」


「誘拐犯?」


「あぁ。お前を攫ってここに閉じ込めてるんじゃないっかってな。もしそうだとしたら彼は私どころかこの街を敵に回してでもお前を連れて逃げそうな様相だったよ。頼むから冗談でも彼に”誘拐されていた”なんて言うなよ。私が殺されてしまう」


「そんなこと……」


 バレッタは肩の荷が下りたのか、緊張の糸が切れたように笑っていた。


 今回のアドエルとの話はパルマにとっても良い話であったが、バレッタにとっても良い話だった。バレッタもアドエルとの面識も薄く、多くは噂を集めただけであったため、アドエルの人柄について問題ないとは確信しつつも一抹の不安は残っていたのだ。その不安が一気に晴れた安心感は数日ぶりの睡眠に落ちる時のような解放感を感じさせた。


「ただ一つだけ想定外の事があった。彼は人柄については全く問題はないのだが、想像以上に世間知らずだった。もちろん今後それが原因で彼の人柄が悪化する可能性はある。しかし、そのための契約だ。その点は安心してほしい。ただ、お前にはできる限り彼の成長を補助してあげてほしい。お前と彼の未来のためにもね」


「その……契約については……」


「彼には話していない、というか話さないつもりだ。騙すような真似をして申し訳ないが、知られて手を回されるよりはよっぽどいい。それに、元々彼に問題がなければ意味を為さない内容だ。出来る事なら、このまま一生彼が知ることがない事を祈るよ」


「……わかりました」


「そうだ、大事な話を忘れるところだった。今晩彼がお前に会いたいそうだ。理由はさっき話した誘拐の件だ。お前に帰る場所や帰りたい場所があるのかを確認したいそうだ。どちらにしても契約はして頂けそうだったが、お前の口から直接確認したいそうだ」


「帰りたい場所……ですか」


「辛いことを思い出させる事になるかもしれない。でも彼もお前と同じ境遇なんだ。子供の頃に村を失い、それからは森で一人で暮らしていたらしい。だから、その分お前の事も気になるのだよ。きっと」


「そうだったのですか……。村で暮らしていた私より、彼の方が妖精族らしいですね」


 そう言ったパルマの表情は微笑んでいた。


 初めて見せた笑みにバレッタは安堵した。


 しかし彼女はまだ知らなかった。


 アドエルが妖精族”らしい”のはその生い立ちだけではないことを。





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