2-4 人族の世界
それから日が経ち、アドエルはジェードと共に村を出た。
相変わらずリーニャの訓練は難航しているようではあったが、それでも彼女の表情は常に前向きであった。最後も明るく見送ってくれ、アドエルも晴れた気持ちで村を後にした。
見送られるという初めての経験は思いのほか寂しいものではなく、不慣れながらも笑顔で応じることができたと思う。
”さようなら”ではなく”行ってきます”。
その言葉の違いは、明確に意味の違いを感じさせてくれた。
アドエルとジェードは村から北に向かう。
しばらくは平原が続き見晴らしも良かったが数日して森が見えてきた。ジェードの話では、その森をまっすぐ抜けて、更にまっすぐ行けば道が見えてくるとのことだった。
「俺が案内できるのはここまでだ。森には魔獣がいるから危険ってのもあるが、万が一にも人族に見つかるわけにはいかねぇ。すまねぇな」
「全然大丈夫だよ。ありがとう。森は何日くらいで抜けれるかな?」
「俺も随分前に通ったっきりだからハッキリとは言えねぇが、大人の足なら1週間はかからない。多分5日くらいかな。あと森を抜けた後は道まで1日ちょっとだ。そこからはガリアまでは1週間もかからないと思う」
「じゃあ森を抜ける前には食料を貯めておいた方が良さそうだね。ここまでありがとう。また会いに来るよ」
そう言ってアドエルは風魔法で一気に跳躍し、木の枝を伝い数秒で森の奥へと消えていった。
「コレじゃ3日もかかりそうにねぇな・・・元気でな」
ジェードはアドエルの忙しない後姿を見送り、また再び出会えるよう、これからのアドエルの旅が悲しい結末とならぬように祈った。
数日ぶりの森は相変わらずだった。この世界の森はどの森も大差ないものなのだろうか。ジェードの予想した通り、3日目には森を抜けれたが、しばらくは森で狩りをして、食料を貯めこむ事とした。
この森にも獣や魔獣は多くいた。村でもらったダガーを使って毛皮を剥ぎ、肉を解体し、燻り、乾燥させる。獣人の村で数年ぶりに香辛料を味わってしまったアドエルには少し味気なく感じてしまうが十分に腹は満たせる。
そして覚えたての水魔法を使い水を出す。以前は水場を探すのに苦労していたが、もうその必要は無くなった。改めてリーニャに感謝する。
森を抜けてから道はすぐに見つかった。草木を刈り取られたあぜ道が平原の中にポツンとあり、アドエルはジェードに言われたようにその道を右に進んだ。
しばらくは何もない平原が広がっていた。
周りに見えるのは遠くに森が見えるくらいで何もない。寂しい道だったがアドエルの心は昂[たかぶ]っていた。
もうすぐ人の住む世界が見れる。そう考えると走り出さずにはいられなかった。
どれくらい進んだろうか、道を少し外れた方向に小さな魔力を感じると同時に木の防壁が見えてきた。
(村だ。人間の村かな? ちょっと緊張するな……)
人の村のようだった。
防壁の周りを歩いていると、入り口のような所に門番の男が立っていた。
「こんにちは。ここは村ですか?」
アドエルの不思議な恰好に戸惑いながらも門番は答えてくれた。
「……あ、あぁ村だが、”村ですか”だなんて初めて聞かれたよ。坊主はどこから来たんだ? 何か村に用か?」
「あ、すみません。変な事聞いて。実は他の村を見るのは初めてなんです。遠くの村を出てきたんですが、特に用は無いです。どんな所か見てみたくて」
「坊主一人でか? そやぁ大変だったな……じゃぁ通行税で銅貨2枚だ」
「ツウコウゼイ?」
「ココはメロド王国の領地の村だからな。仕事で来てるんじゃなければ入るには通行税で金がかかるんだよ」
「そう……なんですか。お金は持ってません。どうすればお金は手に入れることができますか?」
「金も無しにここまで来たのか!?いったいどうやって……だが悪いな。ここじゃ仕事を依頼するには大きな街のギルドを通さなきゃならないんだよ。だからこの村から直接仕事を請け負って金を貰う事はできない。食料とか武器とか、そういう物を商人として売りに来てるっていうなら通行税も無しで通れるんだが、そのためには大きな街で商人の登録が必要になるから……今の坊主にはどちらにせよ一度街に行く必要があるな。ここからならガリアが一番近くていいだろう」
アドエルは早々にしてお金の重要性を認識した。
村に入るだけでもお金が必要になるとは考えてもいなかった。村に入れなかったのは残念だったが、ここに居ても仕方がないのでアドエルはガリアの街を目指すことにした。
「ちょっと待て坊主。食料は持ってるのか?」
「大丈夫です。ここに来る前に森で準備してきました」
アドエルは門番に貯め込んだ食料をチラリと見せた。
「すげぇな坊主。狩りが得意なのか? それならガリアの街に着いたら門番に狩りの仕事をお願いするといい。坊主みたいに金を持ってない場合はガリアの街にも入れないからな。そういう人達のために門番の所でも仕事を紹介してくれるんだよ。かなり割は悪い仕事だがな。とりあえずの金が貯まったら、すぐにでもギルドの仕事を受けるようにする方がいい」
親切に色々と教えてくれた門番に別れを告げ、アドエルはガリアの街を目指した。平原のあぜ道は森より遥かに走りやすかったが、森より追い風が強く目を開けておくのが大変だった。それから道中では商人と思われる人や旅人のような人を見かけた。声をかけようかとも思ったが、何と声をかければいいのかよくわからず、今回は遠慮しておいた。
(”商人ですか?”何て聞いたら、また変に思われるかもしれないしな……)
そして風魔法で飛び跳ねていると変な目で見られたため、人目がある時は普通に歩くことにしていた。アドエルは初めて見る村以外の人々に好奇心を抑えつつ、忘れかけていた羞恥心を少しずつ思い出していた。それからも日中はガリアの街を目指しつつ、夜には道から外れた所で野宿し、数日かけてガリアの街に到着した。
――――――――――――
「こんにちは。ここはガリアの街ですか?」
「そうだ。君はこの街は初めてか? 身分証を」
「ミブンショウ? すみません。この街どころか街は初めてで、色々よくわかってないんですが、ここなら仕事をさせてもらえると聞いて来ました」
「冒険者志望か? いいだろう。こっちに来い」
アドエルはこれまで見たこともない石造りの防壁に驚きつつも、甲冑を身にまとった門番の兵に連れられ、小さな小部屋に案内された。
「仕事は色々ある。希望はあるか? それと年齢は?」
「今15です。狩りが得意なので、狩りの仕事がいいです」
「その年でか……狩りの仕事もあるが危険だぞ。見たところ武器も無い。薬草採取も森には入るが比較的安全だからお勧めなんだがな。まぁ狩りの方が報酬はいいし、いいだろう。今あるのはイノシシ5頭の依頼で、報酬は銅貨8枚だ。やるか?」
「それでお願いします」
「よし、ではここに名前を書いてくれ。イノシシはここから東の森にいるだろう。運搬用の車はこちらから貸す」
そう言って兵士は手押しの荷車を貸してくれた。確かにイノシシ5頭は担いで運ぶのは面倒だ。その後、防壁の周りをぐるりと回り森へと到着した。
森はいつもの森より少し木が少ないというか、木々の間隔が広く歩きやすかった。そして森には多くの場所に日が差し込んでおり、薄暗いいつもの森とは違う。街の人によって何らかの管理をされているのだろうか。
アドエルは森の入り口に荷車を置き、魔力を頼りにイノシシを探した。どうやらもう少し奥へ行かないと獣はいないようだ。興味本位で森の奥の魔力を調べてみたところ、ここの森にも魔獣はいそうだった。ただ、そこまで強い魔獣はおらず、数も少なそうに感じた。その分この街は安全に感じれた。
森を探してみるとすぐにイノシシは見つかった。
5頭を狩ったところで、そう言えば血抜きをすべきであったかと迷ったが、とりあえず急いで戻ることとした。
門番の元へ戻ると受け渡しはすぐに済み、報酬として銅貨8枚を受け取った。初めての仕事に初めての報酬、そして初めて見るお金だった。それは思ったより小さく、冷たく、そして細工が綺麗に見えた。
「コレでこの街に入れますか?」
「入れるぞ。銅貨5枚だ。ただ、君は冒険者志望だったな? 冒険者に登録するためにも金が必要になる。銀貨2枚だ。だから、今入っても冒険者登録できなければ仕事も受けれず、またここで仕事を受ける事になるだろうから、もう一度入りなおすためには銅貨5枚分損するぞ。それでもいいなら入るのは構わんが」
アドエルはよくわからなかったがとにかく今はまだ入らない方がいいという事はわかった。
「銀貨が貰える仕事はありますか?」
「銀貨は銅貨20枚だから、別に銅貨40枚でも登録は可能だ。一応銀貨5枚の仕事もあるが、魔獣の狩猟だな。これは複数人で請け負って全員に対する報酬で銀貨5枚だから請け負う人数によって報酬が変わる。一人では受けられないことも無いが、間違いなく死ぬだろうから仲間が集まるのを待つべきだろうな」
「魔獣ってどんな魔獣ですか?」
「ゴアボアだ。素材回収用だから極力傷付けないようにって依頼だな」
「ゴアボア……どんな見た目ですか?」
「聞いたことなかったか? 見た目はデカいイノシシだな。体も牙も普通のイノシシの何倍もデカいくせに非常に素早い魔獣だ」
アドエルの住んでいた森に居た魔獣と同じであるなら、アドエルにとってはただの獲物だ。
「多分その魔獣は知ってます。一人でも大丈夫かと思うので受けてもいいですか?」
「いや……まぁ今回は人命もかかっていない単なる狩猟依頼だからダメとは言えないのだが、本当に行く気か? 我等であっても数名の小隊で向かうような依頼だぞ。まぁ依頼主も急いでいるのかその分報酬はいいがな。とりあえず受けるのは構わない。ただし、無理だと感じたらすぐに逃げてこいよ。君みたいな若い子が金のために命を簡単に捨てるものじゃない」
「わかりました。また荷車お借りします」
そう言ってアドエルはまた森へ向かった。せっかく仕事を終えたのに街に入れなっかったという残念な気持ちと、人の世界は本当にお金が無いと何もできないんだなという率直な感想を抱いて。
(コレからここで何日か過ごそうと思ったら、毎日仕事しなきゃいけないのかな……)
村では畑や家事、獲物の解体など色々手伝うことはあったが、それは”仕事”ではなく”営み”という感じで、誰しもが生活していくうえで必要な事をやっているという雰囲気であった。どんな仕事をどれだけやっても報酬など無い村で暮らしていたアドエルにとってはお金を稼ぐという感覚はなかなか慣れれそうになかった。
森に入ってアドエルはすぐに奥を目指した。
そこそこ大きそうな魔力がいくつか感じれたのだ。バーゲストなどの他の魔獣も居たが、アドエルは無事にゴアボアを見つけることが出来た。
ゴアボアはデカいだけあって1頭からかなりの肉と皮が取れるいい獲物だ。目視できる距離まで接近するとゴアボアはコチラに気づいていたようで身構えていた。いつもなら風矢で貫いてやれば良かったが、あまり傷を付けるなと言われていたのでやめておくことにした。
ゴアボアの目の前に着地すると、ゴアボアは真っ直ぐコチラに突進してきた。巨大な牙と額の角が非常に頑強で、突進するだけで岩をも砕くパワータイプの魔獣だ。
しかし、切り返しが得意ではないようで、側面に回るのも容易く、腹回りは毛皮も頑丈ではないため、側面からの攻撃にはめっぽう弱い魔獣だった。
突進を側方に回避し、アドエルはそのままゴアボアの腹に飛び込み、風魔法で殴り、内臓を潰したところでゴアボアは絶命した。
(よし。戻るか)
森からの帰り道でアドエルはジェードの話を思い出していた。何も考えずお金のために仕事を受け、魔獣を殺したが、これがジェードの言っていたことだろうか。
だとすれば確かに恐ろしい。何も疑う事は無く、何も感じず、何も考えなかった。これからもこんな事が続いていくのだろうか。
確かにお金は必要ではあった。これからも更に必要になるだろう。これからどうすればいいのかと少し考えたが、経験も無い現状では考える事すら難しく答えは見つからなかった。
とりあえず狩り以外の仕事で初めて受ける時には気を付けようと、アドエルは一つの決意をした。
門番のところに戻るとその場にいた大勢が驚きの目でアドエルを見た。
まだ青年とも見えぬ男の子が一人で魔獣を倒した事は知らずとも、巨大な魔獣を一人で運んでいる姿は異様であった。アドエルは周囲の奇異の目に怯えながらも門番にゴアボアを受け渡す。
「この魔獣を一人で倒してきたのか? しかもこんな短時間で……君は凄いんだな。目立った外傷もないし……どうやって倒したんだ? 毒……でも無さそうだな」
「お腹のところは毛皮も弱いので、そこを思いっきり殴りました」
「確かにそれっぽい痕はあるな……。普通は数人がかりで切りかかったり刺したりで毛皮もボロボロになったりするんだがな。探索から狩猟まで何日もかかることも珍しくない。これなら依頼主も大満足だろう。報酬の銀貨5枚だ。街に入るか?」
こうしてアドエルは通行税を支払い、念願のガリアの街へと足を踏み入れた。
街の中は石畳で舗装されており、これまで見たことも無い綺麗な街並みとなっていた。そして、大きな石造りの外壁だけでなく、街の中にも幾重かの防壁がみられた。小川が流れており所々には木々も見られる。
全貌が見えぬほどの大きな街だが、門から入ってすぐの地域は建物が所狭しと建て並んでおり、様々な物を売る商店も多く見られた。そこから進み次の防壁を超えると少し雰囲気が変わり、これまでより大きな建物が多く見えた。
人も多いが、これまで見かけた人とは少し雰囲気が違った。そしてアドエルが求めていた冒険者ギルドの支部はその区画にあった。
ギルド支部に着いたアドエルは人の出入りの多さに少し戸惑ったが、勇気をだしてその戸をくぐった。そこはこれまでに見たことのないとても広い空間だった。
あまりの広さに面食らってしまい、しばらく人の通行を妨げていると、入り口付近に立っていた人が話しかけてくれ、我に返った。
「初めての方ですか?」
「あ、ごめんなさい。そうです。冒険者の登録がしたいのですが、どこへ行けばいいのかわからなくて困ってました」
「それではご案内します。登録の受付は2階となっておりますので、こちらへどうぞ」
そう言い広いギルド内を若い男性が案内してくれた。優しい口調のその男性はギルドの職員であり、入り口で案内と護衛をしているのだという。
正直、先程までは目つきというか雰囲気の怖そうな人が多かったため、アドエルはこの優しい口調にかなり助けられた。
「初めまして。こちらで登録を受け付けさせて頂きます。まず最初にこちらの用紙に記入して頂けますでしょうか」
受付に居たのは若い女性で、こちらも明るく優しい口調で丁寧に対応してくれた。女性はアドエルよりは少し年上だろうか、受付の対応にも慣れている様で安心感があった。
渡された用紙は自己紹介カードのようだったが、アドエルはこれまでこういったものは書いたことが無かったため、どう書くべきか悩み、とりあえず適当に書いた。
名前:アドエル
年齢:15
出身:遠くの村
拠点:
得意な仕事:狩り
経験:色々な獣や魔獣
特技:魔法
記入を終えて受付に手渡す。
「アドエル……アドエルさんですね! 先ほどゴアボアの狩猟を達成された方ですね! ようこそお越し下さいました! やはり狩りがお得意なようですね。ですが特技は魔法……剣術や弓術では無いのですね」
やはり一般的に狩猟で使われるのは剣や弓矢なのだろう。アドエルの村でもそうだった。
「そうですね。剣は持ったこともありません。今武器はダガーだけです」
「そうなのですね。了解致しました! ところで出身についてですが、”遠くの村”というのは何かお話し頂けない事情でもおありですか? 基本的にギルドでは指名手配でもされていない限りは登録は可能で、出身を隠されていても問題は無いのですが」
「そういう事情はありません。ただ、本当にどう説明していいのかわからないんです。それにその村も僕が最後の村人だったので、もう無くなってしまいました。名前も無かったし方角すら……ここからじゃわかりません」
「そうですか……失礼致しました。元々出身を聞かせて頂くのは、その地方に詳しい方に依頼を受けて頂きたい場合に、こちらで調べさせて頂くためでしたので、記載は無くても大丈夫です!」
それから魔法の事も聞かれたが、やはり冒険者ではあまり魔法は重要視されていないようだった。しかし、全く用途が無いわけではなく、日帰りが難しい遠征の依頼などでは生活魔法が使える冒険者に同行を依頼するケースもあるようだった。
それからしばらく事務処理を行い、アドエルの登録は完了した。
「アドエルさん! 登録完了致しました! これからはこれが身分証となりますので、無くさないようにお願い致します!」
そういって小さなカードを手渡された。
「コレからギルドの仕組みについてご説明させて頂きますがお時間は大丈夫ですか?」
「よろしくお願いします。この後何もありませんので」
「では改めまして、私は当ギルドで受付を担当させて頂いておりますテレサ・モリスと申します。今後ともよろしくお願い致します!」
そう言えば名前を聞いていなかった。
村の外で初めて名前を聞いた人間の名はテレサ・モリスというのか。アドエルにとってテレサ・モリスという女性は少し特別な存在に思えた。
「まずご存じの通りギルドでは冒険者の方々に様々な仕事をご紹介させて頂いているのですが、どの仕事でも請け負えるわけではありません。冒険者の皆様個人とパーティを組まれている方々にはパーティについても、それぞれ等級分けがされております。先程お渡しした身分証にも書かれていますが、等級はD~Sの5段階で分けられており、それぞれの仕事の分野毎に等級付けがされます。今アドエルさんは登録したばかりなのですべてがD等級となっておりますが、実力的には狩猟についてはAかS等級と思われます。A等級は魔獣の狩猟が可能な等級となるのですが、普通は個人でA等級となる方はおりません。複数人のパーティで登録してパーティに対してA等級を与えられるのが一般です」
それからもテレサの話は長々と続いた。
要約すると、冒険者登録はメロド王国内では共通だが、他の国では通用しない。
ガリアの街の周りには6つの村と3つの関所があり、依頼によってはそこへ行くこととなる。
仕事の種類は狩猟・討伐・探索・採取・護衛に別れており、それぞれに対して等級が付けられる。
等級の上昇は基本的には依頼の成功に応じてギルドから与えられえるが、A等級以上は特定の内容の依頼をこなせる必要があり、ただ多くの依頼をこなしただけでは与えられない。そのため、どの分野でもいいが、とりあえずB等級となることが一人前とされている。ただし、A等級以上となる場合は注意が必要で、B等級までであれば好きに依頼を選べるが、A等級となると嫌でも依頼が断れなくなる場合がある。
多くの冒険者のメインとなっているのは探索で、古代遺跡や洞窟などの調査が主な業務となる。魔獣の住処となっていることも多いため、決して安全な依頼とは言えないが、調査に行くことでその内部の資源や物資は優先的な取得権が得られるため、一攫千金を狙った冒険者が多いのだという。
報酬は基本的に成功報酬になるため事後払い。依頼は早い者勝ちで、誰かが請け負ってしまうと失敗しない限りは受けれない。といった感じだった。
「最後に、これはご提案なのですが、専属受付契約というものがあります。受付担当と専属的に契約することで、その受付担当の頑張り次第で多くの依頼を優先的に受けることができるようになるというものです。その反面、報酬から一部が受付担当に支払われるので、報酬は減ってしまうのですが、依頼以外にも受付担当から様々なサポートが受けられるためお勧めしております!」
アドエルにはあまり利点が良くわからなかったが、とりあえず自分のために勧めてくれているものなのだろうと思い、契約することにした。
「そうですか! ありがとうございます! 一応既に専属契約を行っている受付担当以外であればご希望をお聞きする事ができますが、担当のご希望はありますか?」
「いえ特には……テレサさんは担当されてるんですか?」
「私もまだ契約はしておりませんので担当させて頂くことは可能ですよ!」
今日一番の笑顔を向けられているような気がした。
「ではテレサさんでお願いします」
「ヨシッ」
(……ん?)
「いえ、失礼致しました。今後ともよろしくお願い致します。精一杯担当させて頂きますね! いや~アドエルさんのような有能な方と契約させて頂けて本当に嬉しいです! 本日の登録担当になれたことに感謝ですね!」
思いもよらずとても喜んでくれているようで、アドエルは少し不安にもなったが、とりあえず喜んでいるならいいかと思い、深くは考えなかった。
彼女は終始明るく対応してくれた。それからも宿の案内をしてくれたり、ここでの生活には最低でも月に銀貨40枚程度は必要になるという事、仕事の役に立つ道具や回復薬、装備などが販売されている店などを教えてくれた。一通り話終えたところで、今日は日没も近いため宿屋に行き、仕事の話は後日することになった。
明日はどんな仕事があるんだろうと楽しみにしながら宿を探した。
街を歩くだけでもとても楽しい光景だった。行き交う人々はどこか誇らしげで、今日という日を楽しんでいるように見える。街並みを見ているとすぐに宿は見つかった。
「こんばんわ」
「いらっしゃい! 食事かい? 宿泊かい?」
誰から見てもお母さんと呼ばれていそうな暖かい女性が迎えてくれた。
宿泊は銀貨1枚で朝晩2食付きだそうだ。
アドエルはこれからもしばらくは泊まりたいけど今は少ししかお金がない事を伝え、とりあえず2日分の銀貨2枚を支払った。
普通の人間なら残額が銅貨3枚というのは危惧される状況ではあるが、アドエルにとっては大した問題ではなかった。そんなことよりも初めての人の世界での食事はとても楽しみだった。
出された食事は暖かい野菜のスープにパンと厚いイノシシ肉で、これまでに食べた事が無い程濃い味付けであった。それはとても美味しかった。そして何より贅沢な味に感じた。
(こんな美味しい物食べれるのも……やっぱりお金って凄いな)