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タガサイヲ・ナゲウルカ  作者: tbl
人族の世界
14/27

2-3 初めての魔法

 翌日は朝からジェードが迎えに来て、村を案内してくれた。


 獣人の村は狩猟、農耕、釣り、採取など、様々な方法で自給自足をしており、恵まれた周囲環境もあって人口は徐々に増加しているらしい。ジェードのような戦士も複数おり、多くは獣だが、魔獣を狩ることもあるそうだ。


 武具も村で作っており、アドエルにも作ろうかと提案してくれたが、今来ているバーゲストの毛皮がかなり耐久性もあったので、それを少し手直ししてくれるようにお願いした。武器は無いかと聞いたところジェードはアドエルでも使えそうなダガーをくれた。


 これが一番嬉しかった。遂に肉を自由自在に切れる時代が到来したのだ。


 なお、このダガー程度では魔獣には一切通用しないから使わない方がイイと言われた。


 次に紹介してくれたのは村の孤児院だった。人族や魔獣に襲われ、親を亡くした子供が一緒に生活している家だそうだ。アドエルの村では子供と言える年齢の子が少なかったため当然ではあるが、こういった施設は無かった。


 孤児院には様々な境遇の子供がおり、物心付いた頃からここで暮らす子や親を失い悲しみで心を閉ざしてしまった子、捨てられた奴隷の子など決して明るい過去とは言えない状況ではあったが、アドエルにはそれでも羨ましく思えた。


 仮に両親が健在である状態で村を出ていたのであれば、彼らに哀れみや同情の感情を抱いたであろうか。


 いや、そうではない。


 アドエルには友達とは親や兄弟とはまた別の存在に思えて羨ましかったのだ。




 その後、再び族長のテントを訪れた。


 先日言っていた治癒する魔力を教えるという話だが、魔法が得意ということでリーニャに教えることになったようだ。


「それではよろしくお願い致します。アドエルさん」


 愛嬌ある笑顔でリーニャは迎えてくれた。


 気品ある態度にアドエルは少し緊張したが、リーニャはまず初めにこの村で使われている魔法について教えてくれた。


 まず大前提として、魔法を使えるのは魔力適正が高い者に限定されており、誰でも使えるわけでは無い。そして、魔法を発動するには杖などの魔道具と呪文が必要になる。


 魔道具は様々であるが、魔鉱石と呼ばれる大きな魔力を宿した鉱石が埋め込まれており、その鉱石の魔力が大きいほど、強い魔法が使える魔道具となる。また、魔道具は使用限界があり、魔鉱石の魔力が尽きるともう使えなくなるらしい。


 広く一般的に使われている魔法は火魔法、風魔法、水魔法で、これらは生活の様々な所で使われている。戦や狩りでも魔法は使われていると聞いたことはあるが、防衛や限定的な場面でしか使われておらず、攻撃的な手段として使われているのは聞いたことが無いとのことだった。


 加えて、魔力というのは魔力量という意味ではわかるが、それを操作するだとかといった事は全く聞いたことが無い。これについてはかつてのアドエルと同じ認識だった。


 とりあえず、リーニャの知る魔法を見せてもらった。


『荒れよ 業火よ 芽吹け 我が火よ』

『巡れ 大気よ 吹けよ 息吹よ』

『溢れよ 水面よ 流れよ 清流』


 杖を片手に、それぞれの呪文を唱えると、それに伴う魔法が杖から発動した。魔力を見る限り、アドエルにとってはすべての鼓動が真新しかったが、水魔法には驚いた。一度の魔法で大きな水釜を十分に満たすほどの水が出てきた。


「凄い! こんなに出るの!?しかも魔力が二つあったよ! こんな魔法初めてだ!」


「魔力が二つ? よくわかりませんが、お役に立てたのなら何よりです」


 再びリーニャの笑顔がこぼれる。


 アドエルも杖を借り、同様に呪文を唱えてみると何の訓練も無く、魔法が発動した。基本的に魔法適正があれば呪文さえ覚えていれば魔法はすぐに使えることも多いらしく、『さすがです。』とリーニャが褒めてくれた。魔法適正とは要は魔力量の多さなのだろうか。


 それぞれの魔法に使われていた魔力の鼓動はアドエルには身に覚えがあった。

普通の風魔法と火魔法を外で発動する鼓動と酷似していた。そして肝心の水魔法はと言うと、火魔法と冷たい風魔法の鼓動を重ねたようなものだった。


「こんな魔力の使い方は初めて見ました。まるで冷たい風魔法の中で火魔法を使っているような、そんな感じでした」


 興奮気味に答えるアドエルに、リーニャは優しく微笑んでいた。


 その笑みを見てアドエルは、リーニャに魔力を教えるという約束を思い出した。


「まずリーニャさんに昨日送った治療する魔力を送りますね」


 アドエルはリーニャの手にそっと”微弱な魔力モドキ”を送った。しかし、リーニャにそれを感じる事はできなかった。


 アドエルも魔力を具体的に感じれるようになるまでには時間がかかった。


 最初の頃など”弱い魔力”と”強い魔力”を使い分ける事すら難しかった。しかし、その使い分けから徐々に魔力の存在を具体的に感じる事ができるようになっていったことを思い出した。


「とりあえず、自分の体から魔法を出せるように練習してみますか?」


 魔道具を使った魔法では魔力の強弱といった使い分けが無さそうだったので、とりあえず自分が村で学んだ魔法を使えれば何か変わらないかと期待した。


 そこからアドエルは母さん達にしてもらったように、手取り足取りリーニャに魔法を教えてみた。


 これまで誰かに教えるという事をしたことが無かったので、精一杯昔を思い出し、必死に母さんを真似た。アドエルが魔法を訓練していた時は『魔法をイメージして』と言うのが難関であったが、既に杖から魔法を使えるリーニャはイメージを掴むのも早かった。


 数刻もせずリーニャは手から風魔法を出せるようになった。しかし安定はせず、魔力の強弱などの変化を付けれる状況では無かった。それでも呪文の詠唱も杖も無しに魔法を発動できた事はリーニャとても嬉しく、驚いていた。


 リーニャの訓練はまだ始まったばかりであるが、アドエルは自身の経験からしばらくは時間がかかるだろうと予想し、とりあえず手順を紙に記しておいた。目的となる治療する魔力の鼓動についても。アドエルが知る限りを思いつく限りに。







 ――――――――――――


 リーニャにとってアドエルとの会話は非常に楽しく、興味深いものだった。アドエルが語る魔力が非常に便利そうで魅力的であるというのもその理由の一つではあるが、何よりリーニャも外の世界に非常に興味があった。


 リーニャはこの村で生まれ、この村で暮らし続けている。狩りも出来ないリーニャにとって、この村は唯一の居場所で、唯一の世界。獣人は人の世界で暮らすことは難しく、ひっそりと隠れるように暮らしているため同族であっても他の村との交流は難しい。


 そんな中、僅かではあるが人の村を知り、森を知り、獣人の村を知った彼は、リーニャにとって大切な世界との繋がりに思えたのだ。人の世界の常識を知らず、物を知らず、言葉や概念すら未成熟な獣のようなこの少年が。


 リーニャはアドエルを羨ましく思うと同時に、自分にとって大切なモノであるように感じていた。


 そして、その少年が語る魔力という不慣れなモノは、そんな小さな自分の世界を広げてくれるものように感じていた。訓練を重ね、アドエルのように自分もなることが出来ればこの小さな世界は変わるだろうか。この獣人の宿命とも言える冷たい世界を変えることができるのではないか。そんな先も見えぬ大きな希望を抱きながら、リーニャはアドエルの話を聞いていた。







 ――――――――――――


 その日の晩、アドエルがリーニャに教えてもらった新しい魔力の使い方を考えているとジェードが訪ねてきていた。


「いつこの村を出るんだ? 俺達としてはいつまででも居てもらっても構わないんだが、約束だしな」


「ありがとう。この村は楽しいけど、明後日には村を出ようと思ってる。治癒の魔力は訓練のやり方を紙に書いてきたから、時間はかかるだろうけどもう大丈夫だと思うし」


「そうか。じゃぁそのつもりをしておく。ところで少し話してもいいか? あまり面白くない話かもしれないんだが……」


 アドエルの砕けた話し方に、頃合いかと思いジェードは続けた。


「俺は昔、人族の国で傭兵をやっていたんだ。雇われの兵隊だな。前に言ったように俺たち獣人は人族より肉体的に強いからな。貴族とかの金持ち連中は自分の正規兵を減らさないようにするために金で兵を雇うんだよ」


「僕もなれるかな?」


「傭兵になりたいのか? やめとけ。実力的には申し分ないだろうが、俺はお前に金で人を殺す野郎にはなってほしくない」


「そうか……そうだね。僕もそんなことはしたくない」


「そうだろ? 俺もこの村に来てから嫌という程反省しているが、本来俺達は誰かから何かを奪わなくても幸せってのはあるんじゃないかってな。……ちょっと飛躍しすぎかもしれねぇが」


 ”幸せ”。


 その言葉はかつてのアドエルにとっては身近にあったはずのモノだが感じることが出来ていなかったモノ。


 村を失い、一人きりとなり、多くの悲しみを知る事で感じることが出来るようになったモノ。


 今のアドエルには”幸せ”に価値を見い出すことはできず、曖昧な気持ちのままジェードの話を聞いていた。


「俺は散々色んな奴らの命を奪ってきた。奪ってきたのは命だけじゃない。金品や食料、目に見えない地位や権力とか色々な。そう思うと俺たち傭兵もやってることは盗賊と変わんねぇな」


「どうしてそんなことしたの?」


「生きるため……じゃないな。生きるためだけなら今みたいな生活もできるからな。金のためだ。金を手に入れて、今では考える事も出来ないもっと贅沢な生活がしたかったんだ。それが幸せだって信じて疑わなかったんだよ。そのためには奪うのが近道だったんだよ」


 アドエルはお金を使って何ができるのかもよく理解していない。そんな状態で奪う事が近道だと言われてもパッとしない。パッとはしないが、ジェードの口調から後悔の念は感じ取れた。


 それからジェードは自身の経験を話してくれた。


 傭兵となり、貴族の依頼で罪人や賊を討伐する仕事を請け負っていたそうだ。しかし、ある時騙され、無関係な村を襲撃させられ、罪人として追われる事となったこと。強い獣人は金になるため、罪人の奴隷として売り払おうとされたこと。そして人の世界から逃げ、たどり着いたのが今の村だったようだ。


 ジェードにはアドエルに伝えたいことがあった。


 あまりアドエルを不安にさせたくないという気持ちもあったが、リーニャの恩人であるアドエルが心配だったのだ。


 人の世界ではこれまでアドエルが知る事も無いであろう、金や権力など力だけでは対抗できない問題があること。誰かの利益のために、騙され、利用される危険性があること。そうならないためには確かな権力を持つ人間を味方に付ける事が一つの手ではあるが、結局それでは根本的な解決にならないこと。むしろ大きな問題に巻き込まれる危険すらあるので、できれば避けた方が良いこと。


「じゃあどうすればいいのかな?」


「難しいが、結局は信用できるのは自分だけだってことだ。もしくは、自分以上に信用できる仲間を見つける事だな。アドエルの場合、色々とわからない事も多いだろうからそれを手助けしてくれるような奴がいればいいな」


 これはジェードの本心だった。


 今のアドエルにいい仲間を見つけろと言ったところで、その判断基準も持たないアドエルには酷であることはわかっていた。できる事なら自分がアドエルに同行したかったが、それでは余計な問題を引き起こしてしまう。


 今のジェードにできる事はアドエルに可能な限り不安を与え、慎重な振舞いができる機会を与えることだけだった。ベッドに腰かけ不安そうに俯く少年に不安を与えるなど本来であれば褒められた行為では無いが、アドエルの今後を思えばこそであった。


「念を押すようだが、奪う事自体が絶対にダメだって言ってるわけじゃないからな。さっきも言ったけど俺達だって獣や魔獣を狩る。そんな風に生きるためや何かを守るためにどうしても奪わなきゃいけない時ってのはある。自然の摂理ってやつかな。それでも俺はお前が誰かに奪われる事はあって欲しくねぇんだよ」


「心配してくれてありがとう」


「お前は俺らなんかより、いや、下手したら誰よりもずっと強い。だからその分他の奴に頼られることが多くなると思う。それがいい奴ばかりならいいんだがな。まぁとりあえずだ、よくわからん時は関わらんのも手だ。考えても状況が掴めない時は無理に考えようとはしない方がいい事もある」


 ジェードは悲しそうな目をしていた。


 その瞳はアドエルの旅の行く末を見ているのかの様にアドエルには見え、更に不安が膨らんだ。それを察したか、それからジェードは明るい振る舞いをみせた。


「まぁ辛気臭せぇ話はここまでだ! こんな話ばっかだとせっかくの楽しい旅も台無しだからな! アドエル、冒険者って知ってるか?」


「冒険者? 前にライザが言ってたね」


 それからジェードはアドエルに人族の世界での生き方を教えてくれた。


 冒険者はギルドという組織から仕事を請け負い獣や魔獣、盗賊の討伐や貴族や商人の護衛、薬草などの資源採取、物品調達など様々な仕事をするらしい。


 傭兵との違いは国家間の戦争に参加する必要があるかないかで、冒険者の方が収入は不安定だが気楽さが違う。基本的に好きな仕事だけ請け負えばいい。最初は難しいかもしれないが、色々と仕事をするうちに気の合う仲間ができるかもしれないとのことだった。


 ただ、冒険者になるには15歳以上で、試験などがある場合もあるそうだ。人の世界では15歳になれば大人として扱われ、年齢的な制限を受けることは無くなるため、コレからは年齢を聞かれたら15歳と答えるといいらしい。


 ただし、大人となっても酒はしばらくはやめておけと言われた。酔いつぶれたところを襲われたら流石のアドエルでも対処できないかもしれないから、初めて飲む時は安心できる仲間と、もしくは一人で飲んでみろとのことだった。


「もし飲めたとしても、飲み過ぎには注意しろよ! 金が幾らあっても足りなくなっちまうからな!」


 ジェードは少し照れ笑いをしながらアドエルにそう言った。恐らく過去に何度か飲みすぎ、散財してしまった事があるのだろう。それでもその笑顔から、それは決して悪い記憶ではなく、後悔はしているがまたそうなる事を期待しているような、矛盾した表情に思えた。


 ぼんやりとした不安と希望を胸に、この日アドエルは15歳になった。





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