2-2 病と魔力
村は森を抜けた先の谷間にあった。アドエルの村の様に防壁は無い。村の中に入ったが、到着したのは深夜だったため、村の様子はよく見えず、広さも分からない。
アドエルは少し残念な気持ちでジェードに付いて村の中を歩く。そして村の奥にあるテントに案内された。アドエルが昔住んでた家より大きい。
ジェードはアドエルに待つように言い残し、テントへと入っていった。眠気を感じながらジェードを待っていると、そこへ二つの弱い魔力が近づいてきた。
「何者だ!?ココで何をしている!?」
声をかけてきた者を見てアドエルは驚いた。
人間だ。
「はじめまして。僕はアドエルです。ジェードに病気の人を見てくれって言われてココにきました」
アドエルはジェードとの出逢いの失態を払拭すべく、丁寧に頭を下げ、挨拶をした。二人は不思議な表情で何やら困惑しているようだったが、アドエルがなんの装備も無い子供であったこともあり、手荒く扱うような真似はしなかった。
「よし、俺がジェードを見てこよう。お前はこの子を頼む」
そう言い残して一人がテントに向かおうとした時、ジェードが顔を出した。
アドエルはジェードに促されるままにテントの中へ進む。案内された先には木のベッドに寝た獣人がいた。
顔は人間だが獣の耳を持つ少女だった。
(こういうのも居るんだな……みんな顔全部が狼じゃないんだな。さっきの二人も獣人だったのかな?)
横たわる獣人は呼吸が浅く、酷く苦しそうだった。
「この子の病気を治してやってくれ」
ジェードに言われ、アドエルはとりあえずその子の首筋に触れてみる。何の病気かもサッパリわからないが、とりあえず魔力だけは見ておこうかと思った。
”微弱な魔力モドキ”で解決するなら一番楽だったが、どうも発生している魔力は別の鼓動をしていた。そして、その魔力は獣人の魔力中心から流れて、喉の辺りで消滅していた。
「喉の病気ですか?」
その一言にジェードは驚き、希望を感じた。
「そ、そうだ。獣人にある病気なんだが、喉に異変が起きて、どんどん呼吸が出来なくなる病気だ。飯も食えなくて、栄養もとれずに死んでしまう事も多い……。治せるか?」
「まだわかりません。時間がかかるかもしれませんがとりあえずやります」
「わかった。とにかくよろしく頼む」
アドエルは取り急ぎ、その特殊な鼓動の魔力を作ってみた。そこまで難しくは無く数回で上手く行ったのか、その魔力は獣人の喉付近に送ると無事に消滅した。
「とりあえず魔力が出来たようなので、これから治療してみます。何か変な事があったらすぐに止めるので教えて下さい」
「わかった! 頼む!」
何が分かったのかもわからない状態でジェードは返事をした。とにかく、少しでも病気が良くなることを祈っていた。
アドエルは魔力で怪我が治るのだから病気だって治るだろうとは思いつつも、初めての体験に少し緊張していた。
そして、ゆっくりと魔力を送る。
傷のように治癒の過程が目に見えていればガンガン送ってやるのだが、目に見えないため丁寧に、一つずつ。そして治療をはじめて数分で獣人の呼吸が安定してきた。
(うまくいってる……って事なのかな。とりあえず消滅しなくなるまで魔力を送ろう)
それからもチビチビ魔力を送り続け、魔力が消滅しなくなる頃には夜が明けていた。
「よし、多分コレで大丈夫です」
獣人の魔力を観察し、他にも目立った魔力が発生していないことを確認してアドエルはジェードに告げた。
「本当か!?ありがとう! ありがとう……」
ジェードは少し涙ぐんでいた。この子はジェードの子供だろうか。
「まだ体力は完全では無いので、とりあえず少しだけ魔力を送っておきました。あとはご飯食べて寝れば回復すると思います」
黒石などとと同様に人であっても魔力中心の鼓動を真似た魔力を送ってやれば、それが他人の魔力であっても魔力中心へと吸収し、魔力を回復することができる。お手軽な体力回復術だ。
「そうか……本当に助かった! 良かった……」
ジェードだけで無く二人の男性も喜んではいるようだが、少し戸惑った顔をしていた。そして一仕事を終えたアドエルは強い眠気に襲われ、全ての理性と共にその場で就寝した。最近では夜は寝る生活が続いていたので、この村に着くころから実は眠かったのだ。
「ジェード……僕ももう寝る……」
「あ、アドエル!?……すまなかったな。治療には相当な体力を使っちまったんだろうか……おい! 客室を用意してくれ!」
「わ、わかった。ちょっと待ってろ! おい、行くぞ」
二人の男性が部屋を後にし、客室を準備しながら話していた。そしてその日、アドエルは数年ぶりにベッドで眠ったのであった。
目が覚めると見たこともない場所だった。そう言えば昨日ジェードの村に来たんだった。そんな事を考えながらアドエルは起き上がり、部屋から出た。
外は明るく昼間という感じの日差しだった。昨日は暗くて分からなかったが、この村は結構広い。建物は木製では無くテントが多く、あまり打たれ強そうには見えない。魔獣や獣は襲ってこない村なのだろうか。
そんな事を考えながら辺りを見渡し歩いていると、一人の恰幅のいい女性を見つけたので声をかけてみた。
「はじめまして。こんにちは」
「あら、あなたは……話は聞いているわ。人族の子供ね。昨日はありがとう。病気を治してくれたって聞いたわ」
母さんほどの年齢だろうか、女性は笑顔で返してくれた。
「アドエルと言います。あなたも獣人ですか? 人間にしか見えないんですが」
「私はエレート。獣人よ。ほら、尻尾があるでしょ」
そう言ってエレートは猫のような尻尾を見せてくれた。
「本当だ。やっぱりここは獣人の村なんですね。ジェードは獣人の村だって言ってたけど、みんな人間と同じに見えるから、てっきり獣人も住んでる村なのかなって」
「ココに居るのはみんな獣人よ。人族とはあまり仲良く無いから……。それにしてもアドエル君はあまり常識的じゃないって聞いてたけど……どうやらそのようね」
そう言ってエレートはコチラを見ながらクスッと笑う。
「何か変でしたか?」
「いえ、ごめんなさい。でも貴方のその格好はこの村でもなかなか珍しくてね。森で暮らしてたって聞いたけど、確かに森に似合いそうだわ」
そう言ってエレートはまた笑ったが、決して馬鹿にしたような笑い方では無かった。
全裸に毛皮の腰巻に毛皮を羽織っただけのアドエルスタイルは獣人的にも常識を逸脱していたようだ。少し明るい髪は伸ばしっぱなしで、革紐で縛っており、まるでトサカのようだった。
「僕も昔は普通の服を着てたんですが、ボロボロになっちゃって……。それからはずっとこの格好だったので服の事忘れてました」
アドエルは少し照れながら答える。
そこに先日見回りをしていた二人の男性が来た。軽い挨拶を交わしていると、エレートが二人に話しかけた。
「アンタ達、この子の服を何とかしておやり、コレしか持ってないんだと」
「そういや、手荷物一つ持ってなかったな。荷物はどうしたんだ?」
「食料くらいしか持ってなかったので、森に置いてきました。ジェードも急いでるみたいだったので」
「そうか、そりゃ悪い事をしたな。よし! とりあえず服をやろう。昨日の礼は族長からあるだろうが、その一つと思ってくれ」
そのままアドエルはエレートに別れを告げ、二人に連れられて村の中を進んだ。
二人の名前はギンとライザ。見た目は人間かと思ってたが、明るいところで見ると腕や足が獣の獣人だった。二人は獣人の事を色々と教えてくれた。
獣人と言っても様々で、何の獣の血を引いているのか、体の何処が獣化するのかは個人によって全然違うらしい。その違いによって力が強かったり、素早かったり、夜でも目が見えたりと色々恩恵はあるが、基本的には少し身体機能の高い人間といった感じらしい。
数百年前には人族と一緒に暮らしていたという歴史があるようだが、今では人族にとって獣人は狩の獲物や奴隷として売られる対象となってしまったらしい。人族は同じ人族ですら奴隷としており、人族以外の種族には更に風当たりが厳しいのが今の世界だと教えてくれた。
「アドエルも奴隷にならないように気を付けろよ。奴隷になると何させられるかわかったもんじゃ無いからな」
少し人に会うのが怖くなってきたところで、ギンが念押ししてきた。
しばらく歩き、アドエルは簡単な衣服を貰った。上着にズボン、下着に靴のフルコース。アドエルは久しぶりに着た衣服に少し感動していたが、靴は邪魔になるので布を巻かせてもらった。
そのままアドエル達は族長が居るテントへ向かった。そのテントは今朝まで治療をしていたテントだった。中に入るとジェードが出迎える。
「アドエル! 昨日は本当に助かった! 疲れてるとこ悪かったな! でもお陰で姫さんがスッカリ元気になったぜ!」
興奮したジェードがアドエルに抱き付いてくる。狼の頬ずりは少し気持ちよかった。
「良かったです。もうあの人は話せるようになりましたか? 話せるなら話を聞きながら魔力送れるので、もう少し魔力を送りますよ。多分それで元気になると思います」
「本当か? もう話せるし、起き上がることもできる。ちょっと待ってろ、様子を見てくる」
ジェードがその場を後にする。
「あの方、ヒメさんってお名前なんですか?」
残ったギンとライザに尋ねる。
「ん? いや、姫さんの名前はリーニャだ。リーニャ姫だよ。姫さんってのはお姫様って事だな」
「オヒメサマ……」
「アドエル、お前お姫様も聞いた事ないのか? 国王とか貴族とか、伯爵とか色々……いや、聞いたことある訳ないよな」
ライザがやれやれと言った表情を見せる。知らないとマズイのだろうか、とアドエルが心配しているとライザが教えてくれた。
貴族とは王様に次いで偉い人たちのこと。男爵とか伯爵とか子爵とか、とりあえず”シャク”って付いてる奴には注意しろとのことだった。
アドエルは人の世界では庶民と言われ、貴族よりも身分が下であり、貴族の命令に逆らうと奴隷にされてしまう事もあるらしい。とりあえず関わらないか、何かあった時は全力で逃げるのが良いらしい。
この村から一番近い、ジェードが案内してくれようとしているのはメロド王国にあるガリアという大きな都市らしい。その道中にもいくつか小さな村はあるだろうから寄ってみるといいと教えてくれた。
なんちゃらメロド5世が今の国王で、そこそこ国民からの人気はあり、国は栄えているらしい。とりあえず国に着いたら何をするにも金がいるから、狩りが得意なら冒険者になれば仕事ができるから、そこで金を稼げとのことだった。
「カネってなんですか?」
「まぁ・・・そうだよな。実際、この村にも金はないからな。金ってのは食べ物とか服とか買ったり、寝泊まりのために宿を借りる時に必要な物だ。ココにはないから実物は見せれねぇが、金とか銀とかで出来たピカピカの丸い金属だ。だいたいこんくらいのサイズだな」
そう言ってライザは指で小さな丸を作った。
「人間の世界では何をするにも金がいるんだよ。金は大事だけど、あんまり持ちすぎると盗賊とかに狙われたりするからな。いっぱい待ってても他の人に見せたりはしない方がいい。コッソリ持っとけ」
「なるほど。とりあえず隠しときます」
そんな話をしているとジェードが戻ってきた。
部屋に案内されると、姫さまがベッドに腰掛けており、初めて見た男性が付き添っていた。
「私はこの村の族長をしているキキンだ。先日は顔も出せずに本当に申し訳無い。アドエル殿には何とお礼申し上げれば良いか」
「リーニャと申します。先日は病を治して頂いたそうで、何と御礼申し上げればよいのか。本当にありがとうございました」
あまりに丁寧な対応をされ、アドエルは緊張し、辿々しく答えた。
「ア、アドエルと申します。治ったようで良かったです。あ、あとは体力を回復します」
族長は睨んでいるわけでは無いだろうが、狐の顔は表情が掴みにくく、アドエルは少し緊張しながら治療を開始した。
「今から魔力を流すので、元気になったら教えて下さい。そこでやめます。余り流しすぎると良くないので」
流石に破裂するとは言えなかったが、まぁ様子を見ながらやれば大丈夫だろう。アドエルはリーニャ姫の手に触れ魔力を流した。
リーニャ姫はそこそこ魔力が大きかったようで、魔力を送りながら少し不安になったが、無事に体力も回復したようだった。
「終わりました。もう元気な時と変わらないかと思います」
「確かに……凄い! 体の疲れを全然感じない! ずっと寝たきりだったのに……」
リーニャ姫は少し涙ぐみながらも身体の回復を喜んでいた。
「ほら、もう立ち上がっても平気みたい! 今日からまた歩けるわ!」
「姫さん……良かったっすねぇ……本当に良かった……」
ジェード達は今にも泣きそうだった。
アドエルにはよくわからなかったが、この病気は致死率が高く、ほぼ治らない病気だったらしい。それが治ったと皆感極まっていたのだった。
族長が先日顔を出せなかったのは、ジェードが持って帰ってきた薬草で薬を調合していたらしい。アドエルの治療が確実とは言えない以上、止めるわけにもいかなかったという。
確かにそうだ。
緊張気味のアドエルを置いて、獣人達は互いにこの幸福を分かち合っていた。
その日はリーニャ姫の快復とアドエルの歓迎の宴が開かれた。
獣人の村は200人程が暮らしている様で、様々な獣人がアドエルに挨拶をしてくれた。アドエルは数年ぶりの人々との触れ合いに喜び、その宴を大いに楽しんだ。
(人も獣人も変わらないな……何食べるのかちょっと不安だったけど)
あまりに懐かしい光景にアドエルの表情は少し朗らかなものとなっていた。そこにジェードが話しかけてきた。
「なぁアドエル。前に人間の住む村を探してるって言ってたけど、少しこの村で過ごしてみないか?」
「……いいの? 確かに誰も人間を怖がってるみたいじゃないけど」
「まぁみんなアドエルが姫さんを治してくれたの知ってるしな。できればその病気を治した魔法を教えてほしいんだ。この村にはそんなに魔法が得意な獣人は居ないから使えるようになるかはわからんのだが……もしできればと思ってな」
確かに治癒の魔力はとても便利だ。それにアドエルもこの村で使われている魔法や村での生活に興味があった。
アドエルは快くジェードの申し入れを受け入れた。