2-1 獣人との出逢い
身体強化をし、風魔法を駆使し、アドエルは急ぎ足で村を目指した。
そもそもどれ程進んできたのかもわからず、戻るのに何日かかるのかも予想できなかったが、戻ると心に決めたときからずっと胸に苦しさを感じていた。父さんが言った逃げろと言った意味、戻るなと言った意味。
全てがアドエルを不安にしていた。
考えれば考える程に胸は苦しくなる。
アドエルは無心で村を目指した。
そして3日後、アドエルは村に到着した。
――――――――――――
村の強固な外壁には植物の蔦が絡みついている。もう長く手入れされていない。そして村の入り口から見えた村の景色は、アドエルが知るそれとはまったく違っていた。
家は1軒も無く、すべて焼け崩れている。
村の中は雑草が生い茂り、畑は見る影もない。あまりに違う景色に、アドエルはどこへ向かっていいのかわからず、立ち尽くしてしまっていた。
(誰か、誰かいないのか……)
思い出したようにアドエルは駆け出す。家があった場所、村の寄り合い所、誰かが居そうな場所、どこを探しても誰もいない。
「誰かいませんかー!」
アドエルの声が届く者は居なかった。
半ばわかっていたこととは言え、現実がもたらす絶望の重みはアドエルには耐え難いものだった。
体を鍛え、魔法を鍛え、魔獣をも凌駕する力を身に着けたが、今この場所でできることは何もない。全てが手遅れであり、何もさせてくれない。そんなどうしようもない無力感からか、アドエルは気を失うように眠りについた。
――――――――――――
どれ程眠っただろうか。
雑草が生い茂る野外で目覚めたアドエルはこれからどうするかを考えた。村に戻ってみたものの、誰一人として居ないようだったが、死体も一つも見ていない。家が焼けていることから何かに襲われたことは間違いなさそうだが、全員別の場所へ逃げている可能性もある。
でも、そうならなぜ父さんは迎えに来てくれなかったのか。
考えれば考える程、気が滅入ってくる。この村を再建しようかとも考えたが、誰も居ないこの村に何の意味があるだろうか。夢も希望も無いこの場で、アドエルは小さな夢を思い出していた。
(外の世界を見てみたい……)
この日まで、アドエルは村を出るという事がどういうことか理解できていなかった。村を出るとは、もうみんなには会えなくなるという事。それが理解できていれば、あんなに笑顔で父さん達に告げることは出来なかっただろう。
それがまさか、こんなに唐突に、村のみんなに置いて行かれてしまう事になるとは。今アドエルはたった一人で村に取り残されてしまっている。
村の外に行けば、どこかで誰かに会えるかもしれない。
父さんや母さんだって……。
いや、そんな儚い希望はこの村に置いていくべきだろうか。アドエルは様々な不安や迷いの詰まった重い荷物を抱え、この村を出ることにした。
日が昇ると同時にアドエルは村を発つ事にした。
どちらに向かおうかと悩んでいたが、朝日が昇る方向に行ってみようと決めた。四方を森に囲まれたこの村からでは、どちらへ行っても森なのだが、少しでも方角がわかるようにアドエルなりに考えた結果だった。
これまで行った事がない森に進む。昔のアドエルなら怖くて足がすくんでいただろう。しかし、一歩一歩と歩みを進めていくにつれ、不思議とアドエルの不安は和らいでいった。
――――――――――――
村を出てから数週間が経過していた。見たこともない新しいモノとの出会いに胸躍らせていたアドエルの期待は少し裏切られ、いつもと変わらぬ森が続いていた。
出会うのは獣や魔獣だけ。
勾配があったり小川があったりと、単に平坦な森と言うわけではないが、それでも景色は変わり映えしない。
(今日はこの辺りで寝るか)
見晴らしの良さそうな木を見つけ、アドエルは本日の宿とする事にした。最近では夜でも火を起こし、肉を焼いたりする。魔獣に慣れてきたというのが一番の理由だが、定住していたこれまでとは違い、日々移動するためあまり食料を持ち歩けなかったのだ。そのため、余りそうな肉はその日の晩に食べてしまいたかった。
その日の晩も食事をしていると、少し遠くで大きめの魔力を感じた。
(コレは魔獣だな。でももう一つは何だ?)
魔獣らしき魔力の近くにある魔力。獣にしては大きいが魔獣としては小さい。
(もしかして、人か!?)
ここ最近何度か同じように考え、見に行っても大抵は魔獣同士の争いだったが、とりあえず見に行く事にした。距離は70m程、それほど遠くはない。
木の間を抜け、魔獣に気付かれぬよう飛ぶように近づいていく。
そして、魔獣を視認したアドエルは魔獣の頭上に飛び上がり、落下しながら魔獣の脳天に拳を突き出し、至近距離で風魔法を発動した。魔獣はアドエルを認識する事無く、頭を地面に叩きつけられ、砕かれ息絶えた。
(三つ目だったか。魔力は弱いな。)
魔獣が死んだ事を確認して、アドエルはもう一つの魔力に目を向けた。
(人型の……狼? 初めて見た。しかも防具を付けてる……)
その人型狼は腕を喰い千切られたようで今にも死にそうな出血だった。
このまま殺しても良いが、魔力的にはどうでも良いし、捌き方が分からないから肉としても使いにくそうだ。どうしたものかと考えている時だった。
「まっ、た、助けてくれぇ……」
アドエルは驚き、すぐさま座り込む人型狼の周囲に魔力を配置した。
(言葉を話した……話せる獣なのか)
「言葉が……わかるか?」
狼にこんな事を問われる日が来るとは夢にも思っていなかったアドエルは少し戸惑ったが話をする事にした。
「……話せる。動いたら殺す」
狼は話せる事に少し安堵した。
(良かった、話はできる……だが、コイツもヤベェ! バーゲストを一撃で……何とか逃げねぇと!)
「お、俺はアンタに敵意は無い!それにこのザマだ……まともに動けやしない、見逃しちゃくれねぇか?」
アドエルは少し悩み、言葉を返した。
「僕を狙わないなら逃げてもらっても良い。だけど、少し話が聞きたい」
狼とはいえ、話ができるなら他の人が住む村など何か知らないかと思ったのだ。
「わ、わかった。何でも聞いてくれ」
「その前に、魔法は使えるか?」
「いや、使えねぇ。俺に魔法の才能はねぇ」
(……魔法に才能なんてあるのか?)
アドエルは不思議に感じたが、ならばもう安全かと考え、アドエルは狼の周囲に配置した魔力を回収した。その気配すら感じてないようなので、この狼は魔力を見ることもできないのだろう。
つまりはただの話せる狼だ。危険は無い。とりあえず、アドエルは傷を治してやろうと思った。
「少しジッとしていろ。傷を治すから。死んだら困る」
そう言葉をかけると、狼は少し怯えているようだったがジッとしていた。そしてアドエルは狼に歩み寄り、肩に触れ、"微弱な魔力モドキ"を狼に送り込む。
以前に、イノシシなどでも治癒ができる事は確認してあったので、この変わった狼でも大丈夫だろうと考えていたが、問題ないようだ。後は加減だけ。
大量に送ってしまうと爆ぜてしまう事があるため、アドエルは傷の加減を見ながら徐々に送り込んでいった。
(な、何をされてるんだ……魔法で治してくれるのか? でもそんな感じじゃねぇな。杖も何もねぇし呪文も唱えてない。それに見た目が魔法使いって感じじゃねぇ。どう見てもただの野生児のガキだ。俺はいったいどうなっちまうんだ……ちきしょう!)
狼は恐ろしい不安で、干からびそうな程冷や汗をかいていた。その不安を更なる恐怖へと昇華させたのは自身の失われた腕だった。
なんと、失われた腕が生えてくるのだ。
驚いた狼は目を丸くして、これまで怖くて見れなかったアドエルの顔を覗き込む。アドエルは冷めた顔で治療をしていた。
数十秒程でアドエルの治療は完了した。
「もう痛みはないか? 多分大丈夫だと思うけど」
(……腕どころかバーゲストの爪にやられた背中も全く痛くねぇ。どうなってやがる……)
「あ、あぁ助かった。もう大丈夫だ」
「それで話だけど、この辺で人間が暮らしてる村はないか? 村じゃ無くても人に会いたい」
「この辺りには人族が住んでる場所は無い……と思う。少なくとも俺は知らねえ。もっと遠くなら知ってるが」
(やった! やっぱり他の人が住む村はあったんだ!)
アドエルは初めての手掛かりに心の中で歓喜した。
「場所を教えてくれ。どっちに行けばイイ?」
「どっちと言われても……方角としてはあっちだが、そっちに道はねぇ。森を突き進む事になる。それよりはこのまま森を出て北に行くと道があるから、その道沿いに行った方が迷わなくてイイはずだ」
キタ? キタとは何だろう。狼の言葉だろうか。
アドエルの村では方角に名称など無かった。正確には知ってる者ももちろんいたが、日常的に使う事はほとんど無いため、アドエルは知らなかった。
「キタと言うのはよくわからないけど、とりあえずその道まで案内してくれないか?」
「……? まぁ案内はできる。ただし俺たちは人間には会いたくねぇから、道の手前までで良ければだが」
(まぁ変わってはいるが狼だし、人間に見つかったら狩られるかもしれないもんな。)
「それでいい。今から行けるか?」
「今すぐには無理だ。実は俺はこの森に薬草を取りに来てたんだ。村に病気の子がいる。すぐにでも薬草を届けなきゃならん」
「そうか。じゃあその後でいい。僕もついて行く」
狼の村なんて聞いたことも無い。どんな場所なのかとアドエルは少し楽しみだった。しかし、それを聞くと狼は少し悩み、アドエルに提案してきた。
「わかった。村へ連れて行こう。それと一つお願いがある。アンタ病気は治せるか?」
傷と同じなら問題ないだろうが病気はこれまでやった事が無かった。曖昧な答えを狼に伝えると、少し期待外れだったのか残念そうに見えた。狼の表情などわかるわけでは無いので、何となくだったっが。
しかし、とりあえずできる限りはやってみる事を伝えると、狼は決心したようで、立ち上がった。
「最後に一つ質問だ。アンタは人か? ……魔人か?」
マジン……またよくわからぬ言葉を使う狼だ。
「マジンというのはよく分からない。僕は人だ」
狼は悩んでいるようだったが、とりあえず村まで案内すると言い、歩き始めた。アドエルは三つ目魔獣の魔力を吸収し、その狼の後について行った。魔獣が灰となる光景は狼に大きな衝撃を与えた。
「アンタ一体何者なんだ……」
その後、狼に案内される道中でアドエルは色々聞いてみた。
「お前は狼じゃないのか? 何で足で歩いて防具なんか付けてるんだ?」
本来であれば夜の森で会話など、魔獣に気付かれる可能性があるため絶対にしないが、まぁコイツが居れば大丈夫だろうと思い、狼は質問に答えた。
「いや、狼は狼だが全部が狼ってわけじゃない。俺は顔と手足は狼だが体の作りは人間と同じだ。尻尾もない」
「……? よくわからないな。人型の獣ってことか?」
「いやいや、人型の獣ってのは猿とかだろ? 俺達は獣人。獣とはそもそもが違う」
「ジュウジン? 初めて聞いた。狼の言葉か?」
「いや、普通に人の言葉だろ? 俺達獣人も話す言葉は変わらねぇよ。獣人って聞いた事ないのか?」
「聞いた事がない。キタもマジンも初めて聞いた。どう言う意味だ?」
「初めて聞いたって……アンタ今まで何処で暮らしてたんだ? どんな田舎でもそれくらい聞いたことあると思うが・・・」
「僕はココから遠くの村で暮らしてたけど、ある日村が何かに襲われて、そこからは森で一人だった。だからもしかしたら村のみんなは知ってたかもしれない」
「そうか。森で一人で……よく生きてられたな。獣人ってのは俺みたいに体の一部が獣の人間の事だ。この見た目のせいで人間には嫌われてるどころか、見つかったら殺されるか奴隷になっちまう。だからみんなでひっそりと暮らしてんのさ」
「人間!?だったのか……」
アドエルの驚きの表情を見て狼の獣人は少し焦った。
「アンタまさか俺を殺して獣みたいに喰おうと思ってたのか!?俺達は見た目こそ違うがアンタと同じ人間だ!」
アドエルは人間に出逢えたんだという喜びを感じつつも、とても驚いた。そして、これまでこの見た事も無い獣をどうやって食べればいいのかを悩んでいたことに大きな罪悪感を感じた。
それからも獣人は様々な事を教えてくれた。
獣人の名前はジェード。村では戦士をしており、狩りや森に薬草を採りに行く際には護衛をしたりするらしい。
普通ならこんな夜中に森に入ることは無いが、緊急で薬草が必要となったため、急ぎ一人で来たらしい。アドエルに会えたことを感謝しているようだったが、その表情からまだ不安はあるようだった。
というのもそもそも薬草があっても、病気が治るわけでは無く一時的に緩和できる程度の期待しか無いようだ。バーゲストを倒した未知の力を持つアドエルに期待しているようだった。
「バーゲストって言うのはさっきの魔獣ですか?」
「あぁバーゲストってのはあの三つ目の魔獣の名前だ。普通じゃ俺ら数人がかりで倒すような魔獣なんだがな。とにかく、アドエルの不思議な魔力ってやつには期待しているぜ。俺の腕を治したみたいに見てやってくれ」
「わかりました。できるだけやってみます」
話し方から、アドエルが頑張って慣れない敬語を使おうとしている事をジェードは分かっていた。それだけコチラに気を遣ってくれているのだろう。
ジェードはアドエルに畏怖しつつも、少しの安心感を感じた。
そしてしばらくして獣人の村へと到着した。