表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タガサイヲ・ナゲウルカ  作者: tbl
父さんとの約束
11/27

1-11 帰郷

 それからアドエルは色んな物から魔力を吸収してみた。と言っても、木の葉などは”発動する魔力”を移動させただけでも朽ちてしまうので、専ら黒石からだが。

 しかし、どれもこれも魔力が小さいため、回復しているかどうかの実感はしばらく得られなかった。


 吸収できても魔力が回復しないのであれば意味が無い。実感が得られたのは狼を狩った時であった。


 狼はウサギやイノシシと比較し、魔力量が多い。アドエルよりはもちろん小さいが、それでも多くの狼はアドエルの1割程度の魔力を有していた。


 狼から魔力を吸収すると、狼は朽ち果て、塵と化した。すると、実感できるほど大きくアドエルの魔力は回復した。


 魔力を吸収することはもちろんメリットのある行為だが、自分の許容範囲を超えて魔力を吸収すると爆ぜてしまう可能性がある。そのため、事前に魔力を半分程度消費してから吸収することとしていた。自分の魔力限界は試して確認することは出来ないため、アドエルは非常に慎重になっていた。


 そして翌日、アドエルは歓喜していた。


 期待していた通り、明らかに最大魔力量が増加していた。やはり魔獣は魔力吸収によって自身の最大魔力を増加させていたのだ。


(よしっ! もっと獣を狩って魔力を大きくするぞ! あの魔獣よりも!)


 ここ数日はアドエルにとって大きな転機だった。


 これまで思いつきもしなかった事が出来るようになり、ほとんど諦めていた大きな悩みも解消しつつある。あの魔獣は恐怖の対象ではなく、アドエルに知恵を授けるために現れた救世主だったのかもしれないと思える程だった。




 ――――――――――――


 ある日の暖かな日差しの昼下がり、アドエルは荒ぶる呼吸を整えつつ狼型の魔獣と対峙していた。


 魔獣はこれまでに見た中でも特に大きく、全長2mを超えているように見える。黒色の体毛に白銀のたてがみ、禍々しい角、過剰に発達した爪は一つ一つが刃のように恐ろしい。そして、紅く煌めく三つの瞳はアドエルをしっかりと捉えており、魔力から狩りの準備が整っていることが伺えた。







 それは余りにも唐突な出来事だった。


 いつものように狩りをしていたところ遠方に小さな魔力を感じた。数十m先だったため、魔獣とは分かったが逃げるか隠れるか迷っていた。


 その時だった、魔獣の魔力が消えたのだ。アドエルには飛び上がったのか、感知できない遠方へ行ってしまったのか判断できなかったが、その次の瞬間、大きく距離を詰めてこちらに真っすぐ来ていることがわかった。


(見つけられた!?あんな距離から!?どうする……逃げるか!?)


 隠れることなど無意味だろう。


 考えも纏まらぬうちに、気が付けば魔獣は目視できる範囲まで来ていた。数十m先から数秒後にはアドエルの頭上高くに到達していたのだ。


 そのまま魔獣はアドエルに襲い掛かる。


 アドエルは風魔法で何とか後方へ逃げ、自らと魔獣と分け隔てるように地面に複数の風魔法を素早く配置した。それを見た魔獣は一瞬ピクリと身を固める。


(魔獣は……魔力が見えている?)


 魔獣もこちらを警戒しているようで不用意に飛び込んでは来ない。それが現在の膠着[こうちゃく]状態へとつながっていた。







(どうする……とりあえず、飛び込んできたらすぐに地面から風矢を放つ。でも倒せるかはわからない……。なら風魔法で退避して、できる限り風矢をぶち込むしかないか)


 森での狩りには慣れてきたが、もう少し切り開けた場所までは移動すべきか。いや、体の大きな魔獣を相手にするなら、狭いこの場所の方が有利か。


 アドエルは様々な事を考えると同時に、ただ一つだけは固く決心した。


(絶対に逃げない! 逃げれない!)


 あれからアドエルは何度も狩りしており、最大魔力量は10倍程になっていた。それでも魔獣の方がアドエルより数倍魔力は大きく、その強さを感じさせていた。

 アドエルは魔獣の魔力に注目する。


 魔法を使えるかはわからないが身体強化の魔力は使っている。


 ”発動する魔力”が見えないところを見ると魔法はなさそうなのだが警戒はせざるを得ない。アドエルは周りの環境を確認し、魔獣が痺れを切らして襲い掛かってくるのをじっと待った。


 魔獣は静かに飛び込んできた。


 アドエルはすぐに地面から風矢を放ち、すぐさま後方の木を背に出来るように下がる。


(風矢では傷も付かないのか……)


 アドエルの魔法を苦にもせず魔獣は飛び込んできた。


 それを躱す為、アドエルは垂直に飛び、魔獣の牙をやり過ごす。


 魔獣はそのまま幹の腹を喰いちぎった。


(ちっ……化け物だな)


 そして木を蹴り、魔獣の後方へ飛びつつ風矢を放ち続ける。大きな破裂音が森に響いたが、魔獣は傷一つ付いていないのか、一切の出血は見えない。


 魔法が有効打にならないとわかったが、それ以外にアドエルに攻撃の術は無い。


(どうする……考えろ……)


 着地したところに魔獣が再び飛び込んでくる。


 相変わらず身体強化の魔力しか使っていないようだが、恐ろしい瞬発力だ。


 アドエルは風魔法で瞬時に側方へ身を躱すが、魔獣の鋭利な爪がアドエルの左腕をかすめた。目を身体強化の魔力で強化していてもやはり体は追いつかない。


 左腕から想像以上の血液が流れるが痛みを感じる余裕はない。可能な限り素早く”微弱な魔力モドキ”を傷口に送る。そして身を躱しながら”強い魔力”で火魔法を放つ。


 もう魔力をセーブしている余裕は無い。


 強風と共に大きな炎が魔獣を覆ったが、魔獣は少し後方へ下がり、身を震わせ、何事も無かったかのように炎を振り払う。


(どこか急所はないのか……やはり目か)


 目を狙い風矢を放つもそう簡単には当たらない。しかし、魔力を上げたことで、風矢も少しは煩わしいものへと昇華したようだった。冷静な顔つきであった魔獣の表情が荒ぶる。


 アドエルは地の利を生かし、木に隠れつつ攻撃するために森の中での戦闘を選んだが、これは思惑通りにはいかなかった。魔獣から視線を逸らすことがこれ程怖いとは。再び魔獣が襲い掛かってくる。


 魔力的にも長期戦は望ましくない。アドエルは魔力がまだ残っている間に賭けにでた。


 飛び掛かってくる魔獣の両腕を弾くように強力な風魔法を発動し、勢いを弱める。しかしその程度では魔獣を抑え込むことはできず、魔獣はアドエルを頭から噛み殺そうとする。


 そして魔獣の牙がアドエルに届きそうなその刹那、アドエルは額から最大火力の火の矢を魔獣の口の中に叩き込んだ。


 魔獣は声にならぬ声を上げながら、火の矢の勢いで後方へ倒れこんだ。


(貫通は……してないか。お願い、もう動かないでくれ……)


 アドエルは大きく体力を消耗し、肩で息をしながらも魔獣の”微弱な魔力”を感じ取った。まだ生きている。


 それを感じたアドエルは残された力を振り絞り、倒れた魔獣へ駆け寄り、魔獣の口の中に風矢を放ち続けた。


 幾度となく魔獣の口から血が溢れ、その度に魔獣が起き上がっていないかと警戒する。そして時は過ぎ、遂に魔獣から”微弱な魔力”は発生しなくなった。


(やっと死んだ……のか……早く魔力を吸わないと……)


 アドエルは殺意に満ちた心を落ち着かせつつ、冷静に魔力を吸収していった。一度にすべてを吸収してしまっては自らの身を滅ぼす可能性があったため、魔力を吸収しては魔法を発動し、魔力を消費しつつ吸収していった。そして魔獣の魔力を吸い尽くした時、魔獣の死骸は朽ち果てた。




 始めての魔獣との戦いを経てアドエルは再び魔獣への認識を改めた。


 魔獣はどうやら魔力を感じる事ができるようだ。そしてその感度はアドエルよりも遥かに良いようで、アドエルが認識できないような距離でも魔獣には気が付かれている可能性がある。魔獣の魔力を吸収したことでアドエルの最大魔力は更に数倍に跳ね上がっている。そのアドエルの魔力はこれまで以上に遠方からでも認識されてしまうだろう。


 そして魔獣の身体能力はアドエルの比ではない。同様に身体強化の魔力で強化していたとしても、差は歴然であった。その能力は個体により様々ではあろうが、逃げるという選択肢は選択肢と成り得ぬという事を強く実感した。魔法以外で戦うことも難しいだろう。


 最後に、魔獣には”弱い魔力”だけでなく”強い魔力”ですら全く決め手とはならない事。あまりにも魔獣の毛皮が硬く、傷すら付けることができなかったのだ。魔獣の爪のような鋭利な武器があれば状況は変わっただろうか。


(多分……無理だろうな)


 魔力を吸収するために僅かな時間触れただけだが、魔獣の毛は獣やアドエルの毛とは異質であった。しなやかなものではあったが、触れた感触は金属のように感じた。今の風魔法では通用しないわけだ。


 毛と毛の間を射抜くような、もっと細く、鋭利な魔法でなければ直接傷を負わせることは難しいだろう。もしくは、急所を狙えればいいが、目などの狙いにくい部分以外は急所がどこかわからない以上今は考えるべきではないだろうか。


 多くの課題を残してはいるが、今回の魔獣討伐で最大魔力は飛躍的に増大した。今後もできる事ならもっと魔力を吸収したい。効率を考えるのであれば魔獣から吸収するべきだがリスクが大きすぎる。




 それからは狩りをしながら弱い魔獣を探した。


 自分では感じれないが魔獣には感知される可能性がある事を実感してからというもの、動き回るのは少し躊躇したが、地面を歩くのではなく飛び跳ねるように移動することで少しは魔獣対策もできていると信じている。


 とは言え、あまりに弱い魔獣は倒さないようにしている。魔獣が群れでいるのかは知らないが、戦っている途中で親の魔獣に出てこられたら厄介なんてものではない。


 獲物を選びながらもアドエルは多くの魔獣と戦った。


 以前に戦った狼型の魔獣、イノシシのような魔獣、ヒト型の熊のような魔獣、獣には似つかない2足歩行の魔獣など様々であったが、魔力を見て獲物を選んでいる事もあり、以前の様に死を覚悟するほど追い込まれることは無かった。


 魔力も順調に増大し、風矢の魔法の威力はどんどん増していった。鼓動を工夫してみても今以上に鋭くなることは無かったが、それでも魔獣に対して少しずつ有効性が見えてきた。


 最大魔力量が増大した今でも大きく魔力を消費するが、大量の魔力を消費することで魔獣の外皮を貫くことができるようになったのだ。その反動として発動時の爆音は健在であったが。




 ――――――――――――


 それからも魔獣を狩る日々は続いた。最大魔力は増え続け、アドエルの魔法は益々強くなった。戦い方も徐々に変化し、矢の魔法だけでなく、体術と魔法を組み合わせる事でより効果的な攻撃手段を学んだ。


 風矢は殺傷力が高いが、発動時の音がどうしてもデメリットだった。アドエルだけでなく魔獣もこの音には苦しんでいるのではないかと考えられたが、魔法を発動する度に頭がグワングワンする。


 そこで最近では魔法の効果範囲を少し広げることで発動時の音を緩和している。ただし、威力が大きく下がるため、至近距離での発動が必須だった。地面や木に叩きつけるようにすればなかなか良い一撃になった。


 そして10、20、30……次々と魔獣を狩った。


 これまでアドエルはまともな衣類も持ち合わせていなかったため、大きな魔獣の毛皮はとても助かった。移動するのに風魔法を多用するため、靴はあったところですぐに破れてしまい、無いほうが気楽で良かったが、もう少し頑丈な腰巻や羽織物が欲しかったのだ。


 牙や爪も武器にできないかと考えたが、どう扱ってよいのかがわからなかったため、今でも武器はこん棒しか無い。それでも獣や魔獣の対処に困ることは無くなっていった。


 今では暗い森も身体強化のおかげでかなり視界が良くなっている。


 獣や魔獣は恐怖の対象から狩りの対象へと変化した。


 食料や寝床に頭を悩ますことも無く、安全とは言えずとも安心感のある日々を送れている。


 全てが良い方向へと変化している。


 しかし、アドエルの心が晴れることが無かった。それどころか、日々寂しさが増していくことにアドエルも疑問を持っていた。


 そしてその疑問の答えに気が付いた時、アドエルの心は寂しさに握りつぶされそうになっていた。


 これまではただ父さんを信じ、母さんを信じ、決して考えないようにしていた。もう迎えに来てくれないのではないかという事を。


 寂しさを誤魔化してくれていた森や魔獣の恐怖は今は無い。これまでアドエルが知っていたモノはすべて無くなってしまったのだ。そしてその溢れ出す不安がアドエルに語りかけてくる。


『村へ・・・戻らないか?』


 村へは決して戻らない。


 それが父さんとの最後の約束だった。


 この約束を破ることは父さんを裏切る事になる。


 それでも、逢いたい。父さんや母さん、そして村のみんなに。


(父さん……ごめん。僕、村に戻るよ)


 翌朝、アドエルは川を下り村へ向かった。大きな不安と一縷の希望を持って。


 この時、アドエルには知る術も無かったが、村を出てから3年以上が経過していた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ