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白い家の中で

作者: 純な峠

 ぼくの家の近所には、白い家があった。壁も屋根もドアも真っ白な家。小窓が1つ付いているけれど、その窓の中も真っ白なのでよく見ないと分からない。小さな家だが、あまりにも真っ白なので、この辺りではとても有名だった。


 ぼくがその家を初めて訪ねたのはついこの間のことだ。何となく1人で外に出て、何となくふらふらと歩いていた時、何となく「あの白い家に行ってみよう」と思ったのだ。


 白い家の中には、おじさんが住んでいた。おじさんは、突然訪ねてきた見知らぬぼくを、にこやかに迎え入れてくれた。玄関との区切りさえ無い、部屋が1つだけの家だった。


 ぼくは家の中を見回して目をぱちくりさせた。今までずっと中も全部真っ白なのだと思っていたけれど、奥の方には白い棚があって、その棚には沢山のカラフルなルービックキューブが並べて置いてある。白い椅子を挟んで左側の棚にあるルービックキューブは色が揃っていて、右側の棚のルービックキューブは全部色がばらばらだ。


 おじさんは「ごめんよ、私は腰が悪くて立っているのが辛いのだけれど、椅子が1つしか無いんだ。私が座っても良いかい?」と言った。ぼくがこくんと頷くと、おじさんは棚の間の白い椅子に座った。


 おじさんは座ったまま、右側の棚から1つルービックキューブを取って、ぼくの目の前でかこかことルービックキューブをし始めた。


「今これに取り掛かっているんだけれど、これはなかなか手強いぞ。さっきからやっているのになかなか色が揃わなくてね……」


 ぼくは暫く何も言わずにおじさんの手元を見ていた。かこかこ、かこかこ……。白い部屋に、ルービックキューブの音だけが響く。たまにおじさんの手が少しだけ止まる時もあり、その時おじさんは次どうするかをじっくり考えているようだった。スピードを気にしている様子は無かった。


 ……かこかこっ!


 遂にそのルービックキューブの色が揃った。おじさんは満足げな顔をすると、そのルービックキューブを左側の棚に並べた。そして、また右側の棚から色がばらばらのルービックキューブを取って、またかこかこ、かこかこ……とやり始めた。


「おじさんは、いつもそうやってルービックキューブをしているの」


 ぼくが話しかけると、おじさんはルービックキューブをやる手を一瞬だけ止めて「そうだよ」と言った。


「どうして?」


 おじさんは今度は手を止めず、ぼくに少し目を向けるとまたすぐルービックキューブに目線を戻した。そのまま暫く何かを考えているようだったけれども、おじさんは黙ったままだった。


 かこかこ、かこかこ……かこっ!


 今度のはすぐに色が揃った。おじさんは完成したルービックキューブを左側の棚に置きながら、ぼくの方を見て、こう言った。


「好きだから、かな」


 それからぼくはあの白い家に通うようになった。


 ぼくは殆ど毎日あの白い家の中にいて、ルービックキューブをするおじさんを見つめていた。


 ぼくが来るとおじさんはいつもにこやかに迎えてくれて、そしていつも白い椅子で1人、何も言わずにルービックキューブを始めた。



+++



 ある日またおじさんの白い家に訪れたぼくは、右側だけがやたらと白くなっていることに気付いた。右側の棚のルービックキューブは、もう片手で数えられるほどしか残っていなかった。


「もうすぐ全部終わるね、ルービックキューブ」


 そうぼくが言うと、おじさんは軽く頷いただけで、手は相変わらずルービックキューブをし続けていた。


「ねえ、このルービックキューブが全部終わったら、どうするの?」


 おじさんは手を止めると、何となくとろんとした目になって、白い天井を仰いだ。


「そうだな……。きっともう今日の晩終わる。終わったら……、終わったら、終わり、だな。全部」


 おじさんはそう答えると、そのまま暫くぼんやりとしていた。やがてまた手を動かし始めた時、ぼくはおじさんの顔に、何かきらりと光るものを見た気がした。





 次の日ぼくが白い家に行くと、白い家は無くなっていた。


 周りの家並みも、立っている木も、道端のハルジオンも何も変わらない。白い家だけが、まるで最初から何も無かったかのように消えていた。


 ぼくはびっくりして、それからすぐに家に帰った。


「お母さん、白い家が無くなってるよ!」


 息を切らしながらぼくが言うと、お母さんは首を傾げて「白い家って、何?」と言った。

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