みんな全員すべて嫉妬
これは、リスがくじでごはんを分配していたころのお話です。分配とはみんなで集めたものをみんなに配ることです。リスたちはどんぐりやくるみ、葉っぱやお花をリスの広場にいったん持ち寄ります。広場はみんなの巣と巣のまんなかにある、走り回っても木の根っこに足をつまづかない平らなところです。土っぽいところですが、リスの巣もきれいぴかぴかというわけでもないので、泥まみれで巣に帰ってもお母さんに怒られません。だからリスたちは広場の地面にあぐらをかいて、みんなで円になるように座ります。その円の中心には持ち寄ったごはんが山盛りになっています。このごはんは朝はやく起きたリスたちが手に入れたものです。天気のよい昼下がり、山盛りのごはんを見ながらリスたちはよだれを垂らしています。
ところで、リスはとても頭のよい生き物です。リスたちは数字を十まで数えることができます。さらに数字を並べた順番を覚えることもできます。たとえばリスは朝に言った「1234」を夜にも繰りかえせます。もちろん人間にはリスの言葉はわかりません。しかし人間による観察や実験によって、リスがそれくらい「へっちゃら」であることはわかっています。
リスはごはんを分配するのにくじを使い、くじには数字を使います。ある日の様子を見てみましょう。リスは広場にごはんを持ち寄ることでくじに参加できます。くじの参加者はくじを管理しているリスに四桁の数字を告げます。「4・7・3・9! 箱ちゃんで」数字を告げられたリスは二つの木のかけらに同じ「4739□」を彫って、一つをくじの参加者に渡します。広場に多くのリスが集まったところで、くじへの参加を締め切ります。くじを管理している五匹のリスが数字を選ぶために立ち上がります。ほかのリスたちは五匹のリスがずるをしないかを注意ぶかく見つめます。
五匹のうち四匹のリスの仕事は四台ある抽選器を回転させることです。リスたちが使用している抽選器は人間の言葉で「風車盤」と表現されています。風車盤では羽根車のかわりに薄っぺらい円い形の板が回転します。板の表面には円いケーキを十人に等しくわけるような線が引いてあります。その線と線で区切られた面にはリス特有の表現で0から9までの数字が彫られています。数字の並びかたは一台目と三台目はばらばら、二台目は時計と同じ並びで、四台目は時計と反対の並びです。抽選器が風車と大きく違うところは、動力が風ではないことです。四匹のリスがこの円型の板のふちに手を添えて、一台目と三台目は時計回り、二台目と四台目は反時計回りに力を入れることで、はじめて抽選器は回転を始めます。
くるくる、くるくる。四匹のリスがせっせと台のふちに両手を滑らせて、いよいよ板に書かれていた数字が読み取れなくなるほどに回転が速くなってゆきます。広場にいるリスたちの多くが目を回してしまうほどです。しかし目をつむってはいけません。ここからがくじの本番です。
これまで仕事のなかった一匹のリスが吹き矢を持って現れました。吹き矢とは、長くてかたい筒に先の尖った軽い矢を込め、筒に息をぷうっと吹きこむことで、息によって押し出された矢をずっと先のほうに飛ばす道具のことです。一匹のリスは抽選器と多くのリスたちとのあいだに立って、まずは一台目の抽選器に向かって吹き矢を放ちます。ぷうっ。放たれた矢は見事に回転している板に命中しました。一台目を回転させていたリスは役目を終えたので両手をあげて一歩下がります。吹き矢をもったリスは続けて、二台目、三台目、四台目に矢を放ってゆきます。
ぷうっ。ぷうっ。ぷうっ。多くのリスたちに結果がよく見えるように、吹き矢をもったリスはそそくさと抽選器の後ろに隠れます。風車のかたちをした抽選器はリスの動力を失って、一台目から順に回転がゆるやかに遅くなってゆきます。先ほどまで捉えることができなかった数字が見えるようになりました。さあ、矢はどの数字に刺さったでしょう。
一台目は4と振りわけられたところに刺さっていました。二台目は6、三台目は8、四台目は9と0をわける線の真ん中に矢があるように見えましたが、よおく近づいて見てみると0の面に矢の先っぽが刺さっています。よって最終結果はこうなりました。
一台目 4
二台目 6
三台目 8
四台目 0
抽選器の四台で選ばれた数字は、四桁の数字として扱われます。一台目が一桁目、二台目が二桁目、三台目が三桁目、四台目が四桁目です。今回の場合は「4680」の数字が当選番号になります。
さあ、広場にいるリスたちが手元にある木の欠片を見ました。先ほど「4739□」を木に彫ってもらったリスは頭を抱えています。「一桁目の4は当たっていたのに!」そのとなりにいるリスは木のかけらをかじって八つ当たりをしています。「四桁目が9だったら当選だった!」そのうしろにいるリスは木のかけらを片手に飛び上がりました。「並びは違うけど数字は当たった!」まわりにいるリスたちは「うらやましいうらやましい」と歓声をあげながら、うらめしい気持ちになりました。当選者が一匹もいない場合は再抽選になるからです。当選したリスもまたちょっぴりうらめしい気持ちになりました。ほかに違う並びで当選したリスがいたからです。「もしも箱にせず、4680の並びで勝負しておけば……」当選者のリスは「6840□」の木のかけらをじっと見つめながらため息をつきました。
このくじでは二通りの当選があります。それは「箱」での当選と「まっすぐ(箱以外)」での当選です。「箱」は木のかけらを箱にたとえたもので、箱のなかに「4」「6」「8」「0」がすべて入っていれば、数字の順番にかかわらず当選とみなされます。木のかけらに書かれた「□」とは箱のことです。一方で「まっすぐ」では数字・並びともに一致させないと当選にはなりません。たとえば今回のくじでは「4680」と書かれた木のかけらを持ったリスが「まっすぐ」の当選者になります。すべての数字を当てるだけでも大変なのに、並びまで当たることはほとんどありません。しかし、もしも「まっすぐ」で当選できたら、ほかに当選者が現れる確率が「箱」より少ない分、大量のごはんを分配してもらえるのです。
リスたちは数字こそわかりましたが、確率は計算できませんでした。しかし計算できなくとも「まっすぐ」で当選することは難しいと直感でわかっていました。だから今回の二匹の当選者も「□」の彫られた木のかけらをくじの管理者に見せて、二匹で仲良くごはんを分けました。そう見えるのは私たちがくじの参加者ではないからです。二匹のどちらも本当はうらめしい気持ちでした。うらめしいのに仲良く同じことを思っていました。「こいつがいなければ独り占めできたのに」ほかのリスたちはもっとうらめしい気持ちでした。「今日は一回の抽選で二匹も当選者が出た。こんなことってあるのか。二匹はずるをしているんじゃなかろうか」
二匹はずるをしていませんでした。この二匹はみんなより森を駆け回ってたくさんのごはんを集めたので、くじ券となる木のかけらをみんなより多く持っていました。でも二匹ががんばったから特別に報われたわけではありません。くじは公平にごはんを分配します。くじに外れたら、どんなに汗をかいてもごはんは一つも分けてもらえない。くじさえ当たれば、どんぐりひとつを持ち寄っただけの一匹が山盛りのごはんを分け与えられる。公平と平等は違います。だから多くのリスたちはうらめしさだけを抱えて、今日のごはんをまた探しにいかなければならないのです。
ところが、くじの公平さが疑われる事件が起きました。事件というのも大げさかもしれません。それはあるリスのちょっとした気づきから始まりました。
太陽の光をめいっぱいに浴びた葉っぱがきらきらとかがやいてみえる季節、参加者が増えたくじでは「まっすぐ」の当選者がたまに現れるようになりました。山盛りのごはんをぜんぶ自分のものにしてしまう果報者を見て、「まっすぐ」で数字を選ぶリスが増え、さらに「まっすぐ」で当選するリスが増え、それを見て「まっすぐ」で数字を選ぶリスが増え……。
参加者が増えることで、くじの再抽選はなくなりました。「箱」での当選者がかならず出るようになったからです。くじを管理するリスは五匹から十匹に増え、抽選の様子を監視する参加者のリスたちで広場はぎゅうぎゅうになりました。広場のそばにある木に登って、上から見物するリスもでてきたほどです。広場の入口にはくじの予想屋さんがあります。これまで何度も当選してきたリスが、自らの経験をもとに今回の当選番号を予想しています。しかし予想屋さんの予想はいつも外れています。だいたい、当選者が増えれば増えるほど分け前は減るのだから、予想屋さんが予想を見事的中させても迷惑でしかありません。
どうせ当たるなら大きく当たりたい。自分のごはんを我慢して一回の抽選時に多くの木のかけらを手に入れるリスも増えました。外れたらもちろん何も得られません。ペコペコのヘロヘロです。しかし大当たりすれば、それで冬を越せるぐらいのごはんが与えられるのです。そんなうまい話はありません。くじは公平なんですから。公平なはずなのですが……。
そのことに気づいたリスは、くじに参加しているリスのなかでもっとも聡明とされるリスでした。本当に賢いリスはくじに参加せずに、せっせと自分のためにごはんを集めて貯めて食べていたのですが、広場にいないリスたちのことは放っておきましょう。とにかくいちばん頭のよいリスがある日、くじの当選者が決まってから叫びました。
「このくじはおかしい!」
広場ではよく聞く言葉ですから、だれも耳を貸しません。しかし頭のよいリスはさらに続けました。
「どうしてまっすぐの当選者がこんなに多いんだ」
あたりはしんとしました。どうしてって。ほかのリスたちは鼻で笑います。どうしてってそりゃ、まっすぐで買うやつが増えたからさ。だれもそう声には出しません。だから静けさのなかで頭のよいリスはさらにさらに大きな声を出しました。
「これまではまっすぐで当選するやつは一回につき一匹か二匹だった。だがこの夏になってからはどうだ。今や箱の当選者数と数が変わらないじゃないか。当選者が増えたせいで、まっすぐの当選者に分配されるごはんの量が減っている!」
みなは近くにいる友だちのリスや知らないリスと顔を見合わせました。「確かに」一匹がそうつぶやくと、ほかのみんなもざわめきはじめます。「この前、まっすぐで当選したのに思ったより分けてもらえなかった」「箱よりまっすぐのほうが当てにくいのに何故こうなるんだ」「でもまっすぐで買っているやつが多いから」「それだけで説明できる問題じゃない」「いんぼうだ」「当選者がずるをしているんだ」「運営がずるしているのかもしれない」「だいたいどういう計算方法で分配されているんだ」みんな全員わめきたて、くじを外した木のかけらを膝や尻尾、歯の力でへし折ります。そしてくじの運営者たちと、くじの運営者たちに当選した木のかけらを見せて照合してもらっている最中のまっすぐの当選者たち十匹の周りを取り囲むように押し寄せました。
「おれは、おれたちはおまえを、おまえたちを許さない!」
集団の圧に負けて、十匹のリスはお互いにからだを抱き合って涙目になりました。運営者のリスたちがあいだに入ろうとしますが、押されたり投げ飛ばされたりして暴動を止めることができません。そこで、ぷうっと吹く音とともに、みんなのそばにあった抽選器の一台に矢が刺さりました。リスたちは矢が飛んできた方向を見て、静かになり、手をぴんと体にくっつけて縮こまりました。
「自分たちがくじに当たらなかったからといって、うらやましがるんじゃない。それはみにくい嫉妬というんだ」
怒っている吹き矢を持ったリスに、聡明なリスがおそるおそる近づきました。
「で、でもお、あのお、お、おれ、ぼくはこの十匹のうちの何匹かを最近ずっと毎回なんだか見ているような気がしてならなくて、以前よりも分配されるごはんが減っているのは事実でありますしい、そのお、吹き矢で脅すのは反則ではないかとお」
「うるさい。リスの見た目なんてみんな全員すべて同じだろうが。俺たちは今までと同じようにやってきたんだ。それを疑うなんて、てめえらはただのビョーキだ! くじに不正があると思うならくじなんてやめちまえっ」
こんなことがあったので、次の日、聡明なリスを含む多くのリスたちがくじを買わずに、広場の近くにある木に上って、くじの抽選が行われる様子をじっと見守っていました。今は抽選器の一台目に吹き矢が刺さったところです。聡明なリスは立派なひげを触りながら「そもそもさあ」とそばで同じく広場を見下ろしているリスに話しかけます。
「あれ、そろそろ吹くことに慣れてきて、あらかじめ決めた数字に刺せるんじゃないの」
「昨日、そう言い返せばよかったでしょ」
「おれが当選番号になっちまう」
二台目の抽選が終わりました。上の枝で話を聞いていたらしいリスが聡明なリスたちのもとまで降りてきます。
「僕は板を回しているやつらが怪しいと思うよ。矢が決めたところに刺さるようにうまく回転させているんじゃないかって」
「つうか、あいつら一台に一匹も必要か。吹き矢と同じで一匹が一台ずつ回していけばいいだろ」
「あれぐらいしか働き口がないんでしょ」
三台目の抽選が終わりました。大柄なリスが木に登ってきて三匹のリスにささやきます。
「さっき会場で聞いたうわさだがね、抽選器には規則性があるらしい。その規則性を見抜いたリスが毎回番号をまっすぐで当てるようになったって話だ」
「僕はそれはないと思うよ。規則性があるなら箱での当選数が増えてもいいのに、増えていないから」
「規則性があるなら毎回全外ししている予想屋さんがマヌケみたいじゃないか」
「まぬけでしょ」
四台目の抽選が終わりました。四匹のリスは当選者が発表されるまで何も言わずに見守ります。すぐさま発表はされません。くじの参加者が増えたために、当選者の集計に時間がかかるようになったためです。
「くじの規模が大きくなったからって運営に十匹もいらないんじゃないか」
「大変なんでしょ。木のかけらを確認するのに」
「あっそうだ。前回の木のかけらを回収し忘れたら、不正に使えるかもしれないよ」
「一応、毎回木の種類は変えているそうだよ。最近では木の板にあらかじめ記号を描いてから分割して、その表側をくじとして使っているらしい」
「よくわかんねえ取り組みだな。それで不正対策になるのかよ」
四匹のリスがああだこうだ言っているうちに、当選者が決まったようです。くじを運営しているリスの口から、今回のくじの参加者数、参加者の手元にある木のかけらの数である参加口数が発表されたのち、「箱」と「まっすぐ」の当選者数が発表されました。四匹のリスたちはみんなで大きなため息をつきます。前回から参加数も参加口数も大幅に減ったにもかかわらず、前回と同様に「箱」と「まっすぐ」の当選者数にほとんど変わりがなかったからです。
「もう不正だこれ。絶対に不正だよこれ」
「今までのごはんを返せ!」
「こんなことならくじなんてやらなければよかった」
「ゆるさーん」
これは四匹のリスの声ではありません。くじの会場である広場から聞こえる多くのリスたちの声です。四匹のリスはもう言葉もありません。吹き矢がびゅんびゅんと飛ぶ音と上がる悲鳴を聞きながら、聡明なリスは声を絞り出しました。
「これからくじの参加者はもっと減るだろう。それでも当選者は減らないだろう。おれたちがやることはひとつ……」
「いったい何をするの」
「お偉方に密告する」
聡明なリスの予想どおり、くじの公平さを疑いはじめたリスたちはくじの参加をやめてゆきました。それでも「まっすぐ」の当選者数は変わりませんでしたが、森のリスたちをまとめるリスの権力者たちが別件でくじの運営たちの事業に介入することを発表した次の日から、「まっすぐ」の当選者数はゼロ匹や一匹に戻りました。問題はこれで解決したように見えましたが、くじの参加者も参加口数も以前の数に戻ることはありませんでした。
リスたちは今回の件で教訓を得たのです。ごはんという生きるために大事なものを運に任せてはいけないこと。運に任せるときは、知らないうちに「ほかのやつ」にも任せているということ。それは自分が生きるか死ぬかを「ほかのやつ」に任せるようなことで、自分の生が自分の生ではなくなること。そんなことはさておいて、不正であろうがなかろうが「ほかのやつ」が自分より得をしていることが気に食わないし、「ほかのやつ」が得することに一度だって参加したくないこと。そうです。あのとき、吹き矢のリスがぷうっと的を射たせいで、気づいてしまったのです。みんな全員すべて嫉妬でしかない、と。