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97.おねえ様ばかりズルい

ネルローザ視点

「ロン、どういうことなの?」


 ストリウム家の一室。ネルローザの問い詰める高い声が、静まり返った夜の室内に響く。


 最近のネルローザは機嫌が良かった。花祭りが終わればジークフリートを手に入れられるからだ。


 アルティーティが婚約破棄に失敗するなんて思っていない。子供の頃からずっと、彼女はネルローザの思い通りに動く人形だった。

 欲しいと思ったものは全部奪い取り、やれと命じたことは全部遂行させた。自分よりいいものを持つことを許さず、惨めな姿となったアルティーティを笑うのが快感だった。


 そんなネルローザだからこそ、アルティーティの婚約者ジークフリートを欲しがるのは必然だった。そしてそれをアルティーティが受け入れることもまた、彼女の中では絶対だった。


 ジークフリートと結婚すること。それはもう、ネルローザの中では確定事項だった。


 待ちに待った花祭り開催を明日に控えた夜、眠りにつこうと思った矢先、婚約者候補が来訪したのだ。その彼が、信じられない言葉を口にしたことで、睡眠を邪魔された彼女の気分はさらに悪くなった。

 

「どういうこともなにも、言葉通りです。この件から手を引きましょう。どうも卿……ジークフリート殿がお怒りのようです」


 問われたロンダルクが静かに言う。慎重な彼が、わざわざ人払いをさせたのだ。アルティーティのことだとは思っていたが、まさかジークフリートに婚約破棄させようとしてたことが伝わってしまうとは思いもよらなかった。


(おねえ様……! 裏切ったのね!!)


 思い通りに動くかと思っていた人形が、勝手に動き出したのだ。こんなに苛立たしいことはない。それに、いつもなんでも言うことを聞いてくれるロンダルクが異を唱えたことも、彼女の怒りを増幅させた。


「たかだか手紙一枚届いたくらいでやめるの? ネリィはジークフリート様が欲しいのに……!」

「そのジークフリート様直々の手紙ですよ。いや、警告、というべきか。私だってネルローザのために」

「ネリィだって言ってるでしょ!」

「……ネリィのためになんとかしてあげたいのは山々ですが、彼に話が全部伝わってしまったなら話は別です。残念ですが、このままだと君の思い通りにはならないと思います」

「そんなことないもん!」

「ネルローザ」

「ネリィだってば!!」


 もはや人払いなどさせた意味がない。廊下どころか屋敷の外まで届きそうな程、ネルローザは興奮していた。


 その時だった。


「ああああ………ネリィ、かわいいネリィ……わたしのネリィ…………どこなの……?」


 隣の部屋からくぐもった声が聞こえ、ふたりは動きを止めた。小さくも不快な響きを帯びた声だ。苦悶と、どこか恍惚とした女の声がネルローザを呼び続ける。


「うるさい!! 黙れ!! 何もできないババアが!!」


 金切り声を上げ、ネルローザは壁を思い切り叩いた。怒りに任せて叩いたせいで、壁にかけた額縁が揺れる。

 揺れが治まる頃には、女の声はしなくなった。


「……お母上のお加減は変わりないようですね」

「……ずっとああよ。きっとこれからもずっと、死ぬまでね」


 暗い響きを帯びるネルローザの声にも、ロンダルクは動じない。その答えがわかっていたように静かに、ただ閉じた双眸と口元の笑みをネルローザの方に向けていた。


 常に彼は変わらない。一定で波風すら立たない。怒る顔も泣き顔も見たことがない。いつもと変わらない態度が、ネルローザの怒りと興奮と、自分でも認識できていない恐怖を鎮めさせる。


「そんなことより……ねえ、ロン。なんでネリィの思い通りにならないってわかるの?」


 落ち着きを取り戻したネルローザは再びロンダルクに聞いた。


 そう、わからないのだ。ジークフリートにバレようが、『騎士団に女がいる』と噂を流せばいい。それでアルティーティは追われるしジークフリートも騎士人生が終わる。


 どうしても手に入らないなら、壊す。それが壊れるまで、いや、壊れても飽きるまで遊び尽くすネルローザのやり方だ。まだ楽しむ方法はいくらでもある。


 その最悪な性格をロンダルクも知っているはずだ。それでもなお思い通りに行かないと言うのはわからない。


 ネルローザをソファに座らせると、ロンダルクは口を開いた。


「剣術大会はご存じでしょう?」

「……知ってるわ。国王も観にくるって、前にロンも言ってたじゃない」

「そう、実質的に御前試合。おそらく今年の優勝はジークフリート殿でしょう」

「そう、ジークフリート様は強くてカッコいいのよ! だからネリィはあの人が欲しいの!」

「落ち着いてください。優勝者は優勝賞金とは別に陛下への謁見が認められます。それがどういう意味かわかりますか?」


 ネルローザは首を傾げた。国王と会ったところでなんだというのだ。


 沈黙を受け、ロンダルクは言葉を続ける。


「褒章が得られるということです。王の前で願えば、富でも名声でも、なんでも。他人への報復すら可能でしょう」

「! それって……!」


 今度は嫌でもわかった。声を失う彼女に、ロンダルクは頷く。


「ええ、彼は優勝してアルティーティの代わりにネリィに復讐するつもりでしょう。復讐まで行かなくとも、それに近いことを願うかもしれません。だからこのタイミングでわざわざ手紙を寄越してきた。これ以上動けば王に言うぞ、と」

「そんなの……こっちが悪いなんて証拠はないじゃない……!」

「なくてもいいんです。王が命じれば不可能も可能になります。それこそ、ストリウム家の褫爵(ちしゃく)もできてしまう」

「ちしゃく?」

「爵位が剥奪されます。ネリィは男爵令嬢ではなくなる。わかりますね? あなたは平民になり、ジークフリート殿どころか私の妻にもなれなくなる」


 わかりますね、ともう一度念を押されると、ネルローザは肩を震わせた。


 爵位は魔法だ。

 平民どころか貧民に近い生活をしていたネルローザにとって、母がストリウム男爵を()()()()のは僥倖だった。今日の食べ物すらままならなかった生活が、望まなくても勝手に食事が並べられる。ボロ切れを着た子供が、ドレスを何着も与えられる。毎日すぐそばで誰かが死に、いつ自分もそうなるのかと怯えなくていい生活。毎日いいことしか起こらない幸せな生活。


 それはまさに魔法で、ネルローザはおとぎ話の姫にでもなった気分だった。


 それがなくなる? 冗談ではない。


「で、でも! おねえ様は平民として嫁ぐんでしょ!? ならネリィだって結婚すればすぐ貴族になれるよね……!?」

「ジークフリート殿は特別です。陛下のお気に入りだそうですから、おそらく特例も認められる。ですが私はそうではない。もちろんネリィ、あなたもです。特に、あなたは元平民。褫爵に騒ぎ立てては国王だけでなく多くの貴族の顰蹙を買うでしょう」


 ロンダルクは淀みなく言葉を連ねる。彼の言うことは正しい。彼ができると言ったことが今まで叶わなかったことがない。彼ができないと言うことは、絶対にできないのだ。


 打ちひしがれたネルローザはソファに突っ伏した。


「なんなの……せっかく貴族になったのに……また平民になれっての……? ……おねえ様ばっかりズルい……ズルいズルいズルい! ネリィの方がおねえ様よりずっとずっと可愛くて頭も良くてお金だってあるのに……! ねえ、ロン、なんとかしてよ! ロンだって、おねえ様を諦めるなんてイヤでしょ!?」

「……まぁ、納得はいきませんが……無理ですね。彼個人からの警告が来ては」


 言い切る彼の言葉の裏に、君には無理だ、という意味が見える。


 無理どころか、ここで終わるのだ。このままジークフリートが優勝すれば、自分は令嬢でなくなる。それは死ぬより辛い。貴族になる前に経験してきたことだ。生きながら空腹に耐え、雨風に晒され、暴力を浴びせられ、死臭がゆっくりと忍び寄る。思い出すだけでも恐ろしい。それが過去、自分がアルティーティにしてきたことと同じだとは、ネルローザは気づかなかった。


(悔しい……! おねえ様のくせに……!元はと言えばおねえ様がジークフリート様にチクったりしたから………………?)


 怒りに震えていたネルローザはふと、あることに気づいた。


「……待って。ジークフリート様個人? 侯爵家じゃなくて?」

「そうです。君も確認したはずですよ」


 そう言ってロンダルクは一通の封筒をネルローザに差し出した。それをさっと受け取ると、一言一句舐めるように確認した。


 差出人はジークフリート・リブラック。封蝋の紋章は──かの有名なリブラック家の紋章では、ない。


 紋章はおそらく彼個人が持つ騎士爵のものだろう。簡素なそれは絶望から救う一縷の希望にすら見えた。


「………………ふふふ……あははははっ! なぁーんだ、たかだか騎士からの手紙ってことじゃない! あービビって損した。そう、侯爵家からじゃないのね」

「……ネリィ?」

「大丈夫よ、ロン。ネリィ、いいこと思いついたの! ネリィが絶対おねえ様と婚約させてあげるから! これならジークフリート様もネリィのものにしてあげられるわ!」

「……何を考えているのですか?」

「ロンならわかるでしょ? ジークフリート様が優勝したらダメなら……」


 ネルローザは込み上げる笑いを堪えながら、封筒を燭台に近づけた。燭台の火が燃え移ったそれを真っ暗な暖炉に投げ捨てる。パチリ、と何かが跳ねた音を、彼女は満足そうに見つめていた。


 侯爵家からでなければなんとでもできる。たとえ一瞬でも、自分を焦らせた彼らをどう料理してあげようか。


「優勝させなきゃいいのよ」


 そんなのとーっても簡単じゃない、と楽しそうにネルローザは盲目の婚約者候補に向けて笑った。

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