91.無邪気な悪意
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アルティーティは自分の黒髪が好きだった。
光を反射するほど艶やかで、実母と同じ黒髪が大好きだった。母に撫でられるたびに誇らしい気分に浸れた。亡くなってからも、母の面影を思い出せなくなっても、その思い出を忘れたことはない。
しかしそれを懐かしむほどの時間はなかった。
「いたい、いたい! やめて! もうやめてよぉ!」
頭を襲う鋭い痛みに、幼き日のアルティーティは小さな体を必死に縮こまらせていた。
彼女の上には、ネルローザが髪を引っ張りまたがっている。その手には使い古されたハサミがあった。
幽閉されてからほとんど何も食べていないアルティーティの体は痩せこけ、のしかかる異母妹の重みを押しのけることもできない。
「なんでこんなことするの! ネルローザちゃん!」
涙で声を震わせながら、アルティーティは訴えた。
新しくできた妹だと紹介された時は嬉しかった。のちに彼女は娼婦の娘だとメイドが噂しているのを聞いたが、幼いアルティーティにはよくわからなかった。ただ人形のように可愛らしい彼女と仲良くしたかった。少しでも仲良くなろうと遊びも散歩もお出かけも誘った。
しかし、それらは全て断られた。
断る時は決まって嘲笑うように冷たく突き放された。
仲良くなる方法も、ネルローザが鼻で笑った意味も、何もわからないまま塔に閉じ込められたアルティーティは、狭い部屋の中でひたすら考えたが答えが出ない。
ただ昼夜問わず気まぐれにやってくる異母妹に、今日こそは外に出してくれないかと淡い期待を持ち続けていた。
毎回、その期待は、振り下ろされる平手と共に打ち砕かれるのだが。
なぜ、と問われたネルローザは、一瞬髪を引く手を止めた。
「……なんで? なんでってそれは、マジョからだよ?」
たどたどしくもはっきりと、ネルローザは口にする。
「くろかみはね、マジョなの。やくさいのマジョ。マジョのせいでみんなフコウなの。マジョなんかいないほうがいいって。そしたらみんな、シアワセになれるって」
だからね、と強く髪を引っ張った。ぶちぶちっ、と残酷な音が脳に響く。たまらず声にならない悲鳴を上げた。
「マジョなんかネリィがけしてあげるの!」
じゃきり、と鋭く重い音が、頭の痛みと大好きな黒髪を根本から切り離した。
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