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71.姉妹ケンカ

 考えるより先に手が動いた。


 ウルオーラからイレーニアめがけ投げられたものが、いま、アルティーティの手の中にある。


(また隊長に言われるなぁ。動くより先に考えろ、進歩ないって)


 内心肩をすくめるも、うっかりやってしまったものは仕方がない。握った手の中には完全に潰れた──おそらく、シュークリームが収まっている。キャッチした弾みで握りつぶしてしまったのだろう。


 もったいない。食べ物を粗末に扱ってしまった。先に粗末にも投げてきたのはウルオーラだが、もっとふんわり掴めばよかった。


 見ればウルオーラは信じられないと目を見開いている。まるで自分がシュークリームをぶつけられた被害者のような顔だ。


 それもそうだ。ウルオーラも怒りに任せて全力で投げていた。そんなものを咄嗟に掴めるような令嬢などほぼいない。しかもメイドを庇って、となると国中どこを探してもいないだろう。


 騎士ならば当然のことでも、貴族に嫁ぐ淑女らしからぬ行動だ。


 気づいた時にはもう遅かったが、あのままイレーニアの顔がカスタードまみれになるよりはマシか、とも思う。

 ついでに「食べ物を投げるな!」と言ってしまいそうになったのもグッと堪えた。そう思うと、少しは進歩してるじゃないかという気さえしてくる。


(たまたま手が出たってことにしたらなんとか誤魔化せないかな……?)


 思いつく言い訳もかなり無理があるが、言わないよりはマシだ。驚き声も出ないウルオーラに向けて、それとなく口を開きかけた。


「お嬢様、お手を」


 背後から冷静な声を上げたイレーニアがハンカチを取り出した。献身的にシュークリームまみれの手を拭ってくれている。表情は読めないが、汚れた手を支える手つきが少し柔らかく感じた。


 「大丈夫です」と手を引っ込めそうになったが、ウルオーラや野次馬の目もある。あまり変なことをして怪しまれても困る。平民だから、と見逃してくれるのが一番いいのだが。


 ここは大人しくしておこう。


 手がおおよそ綺麗になったことを確認すると、イレーニアは固まったままのウルオーラに厳しい視線を向けた。


「お姉様」

「……これが……これが壺の訓練を乗り越えた者の力だというの……?!」


(………………んんんん?)


「い、イレーニアさん……?」


 ぎぎぎ、とイレーニアに首を向けると、なぜか不敵な笑みを浮かべている彼女が見えた。どこからどう見ても得意げだ。


「そうですわ! 壺の訓練のおかげでお嬢様、いえ、アルティーティ様は素早く動くことができましたの! まだ優雅さには欠けますが、極めればきっとお母様をも凌駕する淑女になりますわ!」

「え、いやちょっと」

「なんで……! 壺の訓練はシルヴァ家の者しか乗り越えられないはずよ! 平民ごときにできるはずがないわ! できたとしてもそれがなんなの!?」

「それはお姉さまが一番ご存じでは!?」

「なによ! 代々伝わるダイエット方法みたいなものでしょ!」

「え、そうなの?!」

「確かにそれはありますけど! その程度の認識だから訓練を途中で投げ出してしまうのですわ! アルティーティ様の爪の垢を煎じて、刻んで、炙って、全身に塗りたくって差し上げたいですわ!」


 いや、それは勘弁して欲しい。そんなに爪に垢はないと思いたい。


 そもそも動けたのも壺云々ではなく騎士だからだ。

 騎士だから壺の訓練も乗り越えられたといえる。逆に言えば、壺を頭に乗せて涼しい顔をしていたイレーニアは、騎士並みの体力の持ち主ということになるのだが。


 しかもアレがダイエット法というのも変な話だ。壺で痩せる。一体誰があんなもの考案したと問い詰めたいが、ふたりは大真面目に言い争いを続けている。何度か試したが、口も挟めそうにない。

 ふたりとも声が高い上に声量があるので、野次馬が増えてきてしまった。


(か……帰りたい……)


 ただでさえジークフリートの婚約者として目立っているのに、こんなところで悪目立ちしたくない。アルティーティは、できるだけ視界に入らないよう四阿の太い柱に重なるように立った。


 やがてひとしきり終わったのか、イレーニアとウルオーラは肩で息をし始めた。


「はぁ……はぁ……、お、姉様……アル、ティーティ様、の、すばらし、さ、お分かり、になり、まして……?」

「ぜぇ……ぜぇ……あた、アタクシ、は、みと、めない、わよ……!」


 声が枯れ、息も絶え絶えで何を言ってるかわからない状態になってもなお、言い争いを続行しようという彼女たちに、恐怖を通り越して呆れを感じる。


 とはいえ、先ほどよりも勢いはない。全力で怒鳴り合ったらそりゃそうなる。


 さてどうしたものか。できることなら早く帰りたい。


 柱と一体化していたアルティーティが、どう割って入りさっさと帰れるかと思案していた。


「何事だ」


 聞き覚えのある声が、背後からかけられた。


 柱の影から顔を覗かせると、野次馬たちが道を開けている中を声の人物──ジークフリートが歩み寄ってくるのが見えた。

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