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62.俺がなんとかします

ジークフリート視点


 テストを課す。


 その言葉の意味を理解したジークフリートは、険しい表情のまま口を開いた。


「……兄上は彼女が相応しくないとお思いですか?」


 通常、婚約にはテストは必要ない。例は少ないが、身分差のある婚約の場合も同様だ。


 必要ない、と言うより元よりない、と言った方が正しいかもしれない。


 テストなどというまどろっこしいことを行うより、婚約に反対して別の相手をあてがえばいい。

 相応しいか試すと判断した時点で、相応しいかどうか疑っているということだ。信用できない時点で切り捨てればいい。


 そもそも婚約相手とは、大半は当主が決めるものだ。

 ジークフリートのように、『お前が選ぶ人なら誰でもいい』と言われる子息は稀も稀。加えて、三十路を越えて独身でいる子息など、過去から数えても片手で足りるほどだろう。


 しがらみのある貴族とはそういうものだ。


 だがルーカスはアルティーティを試すという。


 彼女を疑いながらもその真価を見たい。ジークフリートに選ばれたという彼女の人となりを。

 いや、もしかしたら遅咲きの色恋に浮かれた末弟の目を覚ますための出来レースかも知れない。


 そうなればどう動くべきか。


 向けられた厳しい視線に、ルーカスは軽く肩をすくめた。


()()賛成なんだよ。お前が選んだ相手だからねぇ~。だけど当主としては嫌かな。身分を隠しての結婚はめんどくさいことが増えると思うなぁ~」

「そうとは限らないのでは?」

「そうだねぇ~。()()()()()()()()()()()()


 笑みを作るが、うっすらと開かれたその目は少しも愉快そうではない。


 アルティーティに関しては、『魔女の形見』であることを理由に家族に虐げられていたところを、たまたま別任務で関わり助けた、と説明している。


 故に、彼女がストリウム男爵家の人間だと対外的に知られるわけにはいかない。


 彼女は家と縁を切ったのだ。平民アルティーティとして妻に迎えるつもりでいる。


 もちろん、これは身内だけが知っている。使用人には普段は騎士団で保護しているということ以外、詳しいことは知らせないつもりだ。聡い使用人ならばそれで察する。


 それがすべて丸く収まる方法だ。少なくとも、今考えうる範囲では。


 ルーカスは人差し指を立て唇に当てた。


「ひとつ、気になる噂があるんだよぉ~。ストリウム家が長女を探しているっていうね」

「……探す? いつからですか?」

「そうだなぁ、夜会でチラホラ聞くようになったのはホントつい最近だから、実際探し始めてるとなると半月くらい前からかなぁ~? 彼女が家を出たのはもっと前だろう? それなのに今頃になって探し始めるなんておかしな話だと思わない?」


 ルーカスは人差し指をトントンと口に当て、ジークフリートを横目で見つめている。まるで反応を確かめているようなそぶりだ。


(たしかに、おかしい……)


 半月前、となるとヴィクターとの喧嘩騒動があったあたりか、いやそれより少し前か。


 その頃の外出は、リブラック家に挨拶に行った。たったそれだけだ。

 出不精なのか、彼女はあまり外に出たがらない。出たとしても射場で弓の練習や手入れをしているくらいだ。


 そのたった一回をストリウム家の誰かに見られていたのか? そうでなかったら、あまりにもタイミングが良すぎる。


 いや、見られたところでアルティーティ・ストリウムその人だとは分からないだろう。トレードマークのワインレッドの瞳も、分厚い前髪で隠していた。きっと家を出た時より風貌も変わっている。


 それにもし、そのたった一度を見られたと言うなら、リブラック家に問い合わせがあって然るべきだ。馬車には盾に獅子の紋章──リブラック家の紋章があったのだから。


(……しかしストリウム家が今更アルティーティに何の用だ……?)


 彼女が追放されてから随分年月が経っている。ともすれば死んでいるかもしれないアルティーティを、今更彼らが探し出し、接触を図ろうとする理由が分からない。


 しかし、理由があったところでどうせろくな理由ではないことは確かだろう。


「それは……俺がなんとかします」


 ジークフリートは重々しく返した。


 元より彼女を守ることが契約結婚の目的だ。彼女をそばに置いて、いつでも駆けつけられるように。


 もしリブラック家への訪問で、ストリウム家に気づかれてしまったのなら、その落とし前はつけなくては。


 灼熱色の瞳が強く光るのを確認したルーカスは、まばゆげに笑った。


「ジークフリートならなんとかできちゃうのはわかるよぉ~私の弟だもの。なんでもできちゃうからさぁ~。でも、それだと結婚相手は誰でもいいってことにならない? なら面倒ごとを持ち込まない普通のご令嬢の方が当主としてはオススメかなぁ~」

 

 アルティーティとの結婚を反対してる訳では無いと言いながらも、諸手を上げて賛成する理由もない。


 ともすれば疫病神にもなり得る、と。兄は白々しくもそう言っているのだ。


「それは望みません。もし、面倒なことになったら迷惑はかけません。彼女と侯爵家を出ることも考えてます」


 ジークフリートは落ち着いて答えた。


 反対される可能性は前から考えていた。両親は賛成していたが、あくまで先代当主夫妻だ。最終的な権限はルーカスにある。


 どうしても承諾が得られない場合、自分がリブラックとは関係なくなればいい。家を出れば契約結婚の要件を満たせるなら、喜んでそうしよう。


 幸い騎士爵はある。侯爵家の名がなくとも生活はできる。そもそも寮から出るつもりもないが。


 家を出る、という重大発言に、一瞬目を丸くしたルーカスは弧を描くように目を細くした。


「うんうん。それほど彼女を好きなんだねぇ~」

「す……っ!?」


 思いがけない言葉に、ジークフリートは盛大にむせた。

多忙につき、次回は11月周辺です

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