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57.まるで

 視界に入ったのはほんの一瞬のことだったが、アルティーティはそれを手に取った。


 ネックレスだ。


 シルバーのチェーンに大きめの黄色の宝石がはめ込まれている。


 他のものには、ゴテゴテとした飾りや複雑なモチーフがこれでもかと盛り込まれているが、こちらは非常にシンプルだ。何の変哲もないネックレスに見える。


 しかし妙に気になった。特に黄色い宝石が。


「さすが、お目が高くていらっしゃいますね。こちらはサファイアのネックレスでございます」

「サファイア……って青じゃなかったですか?」


 サファイアなら見たことがある。旅中に宝石採掘の護衛についた時に見た。

 たくさん採れたおかげで、いくつかお裾分けをもらっていたはず。


 師匠が全部管理していたので、その宝石達の末路は分からないが、多分全部旅費に消えたのだろう。


 だがこれはどこからどう見ても黄色だ。春のまどろみの中の太陽のように、とろりとした色だ。青には見えない。


 アルティーティの問いに、ギルダはうなずいた。


「一般に流通してるものの多くは青ですが、他にもお色味はございます。ただこちらのサファイアはその中でも希少なものでして……ジークフリート様、部屋を暗くしても?」


 ジークフリートは無言でうなずき、メイドたちに手で指示する。さすが侯爵家のメイドだけあって、機敏だ。あっという間にカーテンは閉められ、あたりは真っ暗になった。


(でもこんな真っ暗じゃ、よく見えな……あれ……?)


「……すごい……!」


 アルティーティは手の中のそれに気がつき、思わず感嘆の声を上げた。


 暗闇の中でサファイアが煌々と輝いている──黄色ではなく、()()()


 まるで最初から赤だったと言わんばかりの輝きだ。黄色が太陽なら、こちらはさしずめ静かに灯る炎のゆらめきだ。


 アルティーティの反応が満足だったのか、ギルダの満面の笑みが薄闇の中ぼんやりと見えた。


「昼は太陽の光で黄色、夜はこのように赤に変わりますわ。昼間に光を溜め込むので、明かりがなくても自力でこのように光ります」

「綺麗ですね……」

「カラーチェンジする宝石は他にもございますが、この色の組み合わせは他では見たことがございません」


 ギルダの説明を聞きながら、赤く光るサファイアを見つめた。


 明るい黄色の光を放っていたサファイアに、助けてくれた騎士を思い浮かべる。


 あの人もこんな色の髪だった。夕陽に照らされて光っていたのも同じだ。


 なら、この闇で光る赤のサファイアはまるで──。


「暗くするとちょうど、ジークフリート様の髪色に近いお色味ですわね」

「え?! や、ちがっ」


 アルティーティは赤面した。同じことをつい今しがた思っていたからだ。


 まじまじとサファイアを見すぎたのか。こっそりと耳打ちしてきたギルダは、あらあらウフフ、と意味ありげに微笑んだ。


 その笑いに見透かされているようで、アルティーティはさらに赤くなる。


 当の本人、ジークフリートは聞こえなかったのかアルティーティの顔色が変わったことに気づいていない。


 暗闇に加え、たった一つの光源が赤いサファイアだったおかげで、同じ赤色に染まった頬が目立たなかったようだ。


 メイド達が再びカーテンを開ける頃には、なんとか赤みが取れていた。


「こちらにいたしましょうか」

「ああ、頼む」

「え?! 買うんですか?!」


 購入を即決したジークフリートに、アルティーティは驚きの声を上げる。


「嫌なのか?」


 意外そうな声を上げたのはジークフリートだ。「ついさっきまで気に入ってたじゃないか、何が不満なのだ」と言いたげな表情に、アルティーティは口ごもる。


「嫌、じゃなくてですね……その……希少ってことはお高いんですよね? だったら別のに……」

「俺がケチな男に見えるのか?」

「いえ! 決してそんなことは」

「ならなんだ?」


 はっきりしないアルティーティに、ジークフリートは詰め寄る。


 いつもならある不機嫌そうな眉間のしわがない。代わりに滲み出るなんともいえない威圧感に、アルティーティは思わずたたらを踏んだ。


 まるで責められてる気分だ。一体何がそんなに彼は気に入らなかったのか。ケチだなんて思ってもないのに。


(いくら契約結婚でも、こんな高いものは……)


 ポロッと口をついて出そうになり、慌てて飲み込んだ。


 ここには侯爵家のメイドだけではなく、家とは関係ないギルダたちもいる。変なことをうっかり口にしたら、途端に噂が広がるだろう。


 まして今まで婚約者を決めなかったジークフリートが婚約した相手だ。貴族だけでなく、下手したら平民も契約結婚だと聞けば衝撃を受けるに違いない。


 しかし分かっていても、アルティーティはこの場を切り抜けられる嘘を思いつけそうにない。ジークフリートが真剣な顔で迫ってきているのだ。平常心でモノを考えろと言う方が無理だ。


「こんな高そうなもの、わ、私のお給金じゃ絶対足りないですし……っ! 隊ちょ……じゃなくて、ジーク様にお金をお借りするにしても一生かかって返せるかどうか……ドレス1着だっていくらかかるか……!」


 どもりながらもなんとか思いを口にする。買ってもらうには忍びない。契約結婚だ。あまり貸しは作りたくない。かといって、自力でも買えない。


 そんなことを暗に言ってみたのだが、ちらりと目をやると、ジークフリートの眉間に深いしわがくっきりと刻まれるのが見えた。

 心なしか背後からゴゴゴ、とえも言われぬオーラが漂っている気がする。


「……お前な……」


 あ、まずい。これ絶対怒られるやつだ。

次回は10月頃に予定してます

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