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44.馬……ですか?

 騎士に必要なもの。武器、防具、技術、気構え、信条──様々あるが、もうひとつ騎士を語る上で重要な要素がある。


「……馬……ですか?」


 首をかしげるアルティーティに、ジークフリートは短く「ああ」とうなずいた。


 『騎』士というからには騎馬が必要不可欠。


 ということで、新人のアルティーティとヴィクターはジークフリートに連れられ、騎士団向けに馬を育成している厩舎(きゅうしゃ)へと向かっていた。


 といっても、訓練所の隣にあるので歩いてすぐのところにある。訓練の合間に抜けて来ているため、この三人以外の隊員は今も訓練中だ。


 ふたりの前を歩くジークフリートは肩越しに口を開く。


「そろそろお前たちにも自分の馬を持ってもらう時期かと思ってな」

「でも、今まで訓練で乗ってましたけど……」

「あれは他の騎士が乗っていた老馬……引退した馬だな。新人が慣れるまでの間、借りてるものだ」

「オメェそんなことも知らなかったのかよ」


 横からヴィクターが茶々を入れてきた。


 右手の包帯は取れ、皮膚も元通りになっている。


 火傷の深さを考えると、かなり治りが早い。ヴィクターの体質だろうか。

 たしかに、体格も良くかなり頑丈そうではあるが。


 あの喧嘩の日が約十日前。アルティーティはほぼ毎日、ヴィクターの包帯を巻いてあげていた。


 同室のカミルに頼めばいいのに、と一瞬思ったが、あの性格だ。素直に巻いてくれそうにない。


 その代わり、日々の手当のおかげかアルティーティはヴィクターとそれなりに会話できるようになっていた。


 アルティーティは考えるようにうーん、と少し唸った。


「てっきりあれが自分の馬かと」

「おいおい頼むぜ……士官学校でも習ったんだからな……」

「そうだっけ?」

「とにかく、今日は馬との顔合わせみたいなものだ。明日から自分の馬を世話してもらうからな」


 ジークフリートがひとつ咳払いをする。


 咳ひとつでも──特にヴィクターに──緊張が走り、ふたりは口をつぐんだ。


 沈黙の中、舗装された道を歩む靴音だけが聞こえる。


 アルティーティは前を行くジークフリートに目をやった。


『婚約者亡くしたどこぞの騎士の話、あれジークフリート(あいつ)だから』。


 カミルに言われた言葉が頭の中に響く。


 結局あれ以来、ジークフリートとふたりきりだとうまく振る舞えないでいる。


 口を開くと、うっかり聞いてはいけないことを言ってしまいそうで結局口ごもるしかない。


『元婚約者さんのことが好きだったんですか?』。

『守ると言ったのは元婚約者さんのことですか?』。

『わたしじゃなくて、誰でも良かったんですか?』──。


 そんな、聞いても意味のないことばかり浮かんでくる。


 たしかに、アルティーティはジークフリートの妻になる予定だ。ただし契約結婚、お飾りの妻だ。


 そんな愛も情もかけらもない相手にそんなことを聞かれても、ジークフリートは困るだろう。ともすれば面倒くさくなって契約結婚解消もありうる。


 聞かないのは自分の生活のため、と言い聞かせながらも、自分が結婚相手でなくても良かったのではないかとモヤモヤとしたものが拭えない。


 目の前を歩く燃えるような赤髪は、春の日差しに当てられてまばゆく光ってるように見える。熱意の塊のような後ろ姿。


 それにも関わらず、なぜかその背が孤独で、何かに耐えているように見えて放っておけない。


「あ、あの!」


 そのままどこか遠くへ行ってしまいそうな背中に、思わず声をかけた。


 振り向いたジークフリートは、やや目を丸くして「なんだ? どうした?」と足を止めた。


 その声色は優しい。あれ以来、ずっと気にかけてくれているのがわかる。


 そんな彼に、変な想像でとっさに呼び止めてしまった、なんて言えない。


「あの……えと……その……」


 アルティーティはあわあわと視線を動かす。視界の端にちらりと、草を()む馬が数頭見えた。


「…………あ! う、馬! 馬ってどうやって選ぶんですか? どんな馬がいいとかなにかあれば聞きたい……です……」


 苦し紛れの質問だ。変な汗が出る。


 となりでヴィクターも「オメェなぁ……」と呆れている。しかし、ジークフリートの説明を聞きたいのか、若干目がキラリと光っているように見えた。


 それを知ってか知らずか、ジークフリートは少し間を置いて口を開いた。


「……馬の良し悪しはあるが、こちらからは選ばないぞ?」


 選ばない?


 ならなぜ今から馬を見に行くんだろう。


 新人ふたりの頭の上に、見事な『?』が浮かんだようにジークフリートには見えた。


「え? でも……」

「馬から主人に選ばれるのを待つんだ。騎士の馬は主人以外はそうそう乗せたがらないからな」


 かすかに苦笑したジークフリートは、他に質問は、とばかりにふたりの顔を交互に見た。


「あの……それって選ばれないこともあるんじゃ……」

「ないこともないが……」


 あるんですか。


 アルティーティは心の中でツッコミを入れた。


「その時は選ばれないことを憐れんだ馬が乗せてくれる」

「よかったー……のかな……?」

「あまり良くはないな。そういう馬は仕方なしに乗せてくれてるだけだ。選ばれてないから主従関係は結べない。むしろ乗せたやつを下に見てるからたまに命令無視もするし、乗ってる騎士がやられたらすぐに逃げるらしい」


 こともなげに語るジークフリートに、アルティーティは頬を引きつらせた。


 馬選びは、どうやら一筋縄にいかないらしい。ヴィクターもなんだか渋い顔をしている。


「馬にも色々あるんですね」

「ああ、だから選ばれないよりは選ばれる方が断然いい」

「選ばれる秘訣とかは……」

「ないな。正直俺たちの何を見て馬が選んでるか分からん」


 あっさりとした答えに、アルティーティはヴィクターと顔を見合わせた。


 ジークフリートが分からないとなると、運だめしのようなものなのだろう。


 ということは、本当に選ばれないかもしれない。


「馬の良し悪しについてはそうだな……今まで乗ってた馬はどんな馬だった?」


 微妙に雰囲気が暗くなったのを感じたのか、ジークフリートはもう一つの質問に話題をうつした。


「ええと……ボクは茶色の、少し小さめの馬でした」

「オレは焦げ茶で他の馬より比較的デカかったです。隊長は白でしたよね?」

「ああ、だがお前たちの馬と俺の馬は厳密には少し違う」


 違うとは、とヴィクターともども首をかしげた。

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