表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/97

41.あの人たちとは違うのかもしれない

 アルティーティは驚きのあまり矢を落としかけた。


 いるはずのない人物がそこにいたからだ。


 ジークフリートに大丈夫だと言った手前、ここは目を合わせずに逃げるのが最善だ。


 しかしもうガッツリ目が合ってる。びっくりしすぎて悲鳴も上げた。逃げても追いかけられそうな気配すらする。気配だけではあるが。


 弓の鍛錬をする騎士は、弓騎士以外ではほぼいない。


 射形を確認するのは自室でもできた。しかしアルティーティは久しぶりに外に出たかった。その選択を後悔した。


 騒動の相手でもあるヴィクターに会うこともないだろう、と思い、久しぶりに射場に来たのだ。それがどうしてこうなった。


 それよりも驚いたことは──。


(……えーと……アレはなにしてるんだろ……)


 物陰からヴィクターはじっとこちらを睨みつけている。


 ただし、隠れきれていない。ガタイのいい身体が丸見えだ。


 むしろあれで隠れているつもりなのだろうか。どう反応すべきか悩む。


 いつもなら目が合えば間髪入れず噛みついてくるヴィクターが、睨んでくるだけにとどめてるのは珍しい。


 やはり彼もこれ以上騒ぎは起こしたくないのかもしれない。だが何も言わずに睨まれるのも気になる。


 いっそのこと、こちらから声をかけようか。いや、そんなことをすれば倍以上の嫌味で返ってくるに違いない。さすがに喧嘩までは発展しないだろうが、疲労はする。


 面倒だな、と思いつつも彼の右手に目がいった。


 真新しい包帯が巻かれている。遠目に見てもかなり雑に巻かれているようだ。


(あれって……!)


「火傷……っ! 大丈夫なの?」


 迷わず駆け寄ったアルティーティに、ヴィクターはたじろいだようだ。わずかに身体を震わせ、その眼光をさらに鋭くさせる。


 右手の包帯はやはりひどい巻き方だ。今にも取れそうになっている。


 誰も手当してくれないのだろうか。その隙間から、まだ赤みが引き切っていない熟れた皮膚が見え隠れしている。


 思った以上に深い火傷らしい。


 アルティーティは弓矢を壁に立てかけ、取れかけの包帯に手を伸ばした。


「な、何すんだテメェ……!」

「いいから! じっとして」


 引っ込められようとした手を引き戻すと、アルティーティは手際良く包帯を巻き直していく。


(よく師匠が怪我してたの、思い出すなぁ。早く良くなれ、なんておまじないしてたっけ)


 懐かしさに自然と笑みがこぼれる。


 各地を旅していた頃、傷の手当てはアルティーティの担当だった。というのも、独り立ちするのに必要な技術だと言って、無理やり担当になったのだ。


 おかげである程度の応急処置ならひとりでできる。包帯の巻き直しなど朝飯前だ。


 険しい表情を浮かべていたヴィクターも、戸惑いながらその慣れた手つきをまじまじと見つめていた。


「……これでよし、と」


 巻き終えたアルティーティは顔を上げた。


 ヴィクターは神妙な表情で手を握っては開いている。可愛らしく結び目をリボンにしたのは、ちょっとしたいたずら心だったのだが、それに怒った様子もない。


 しばらく感触を確かめるような仕草が続き──彼は大きなため息をついた。


「……オメェはよ…………」

「え……あ、巻き方キツかった? 巻き直そうか?」


 きょとん、とするアルティーティに、ヴィクターは苛立ったように顔を歪めると、先ほどよりさらに大きく息を吐き出す。


「あーやめだやめだ! クソが。こんな変なやつ、張り合うのもめんどくせぇ」


 彼は鼻を鳴らすと、どかりとその場に座った。


 変なやつとは心外な、と思いつつも、アルティーティはヴィクターの雰囲気がいつもと違うことに気づいた。


 口の悪さはいつも通りではあるが、少し声色が柔らかくなっているような気がする。


 今なら少しは話を聞いてくれるかもしれない。


 微かな希望とともに脳裏をよぎるのはストリウム家の面々だ。


 意地悪な継母と気性の荒い義妹、無関心の父に、そして──。


 思い出しては底冷えするような感覚に陥る。


 彼らはアルティーティの話を聞くどころか、声すら発せないように塔の中に閉じ込めた。なぜ、というアルティーティの問いすら封じ込め、幼い彼女に諦めと絶望を覚えさせた。


 聞いてもらえない言葉を話すのは辛い。


 ジークフリートに意見を言えるのは、言うべきだと師匠に教えられたからだ。


 そして決定的な違いは敵意。

 厳しくはあれど、ジークフリートは敵意を向けてこない。だからこそ、身ひとつでぶつかることができる。


 ヴィクターはついこの間まで鋭い敵意を向けてきていた。真正面からぶつかるべきではない、と植え付けられた恐怖が、今日まで彼を避けてきた。


 でも本当はヴィクターは、ストリウム家とは違うかもしれない。


 あの日弟たちに見せる笑顔と、彼らから向けられる信頼の眼差しが、どこかジークフリートと重なる。容姿は全く似ていないが、周囲から寄せられる感情は似てる気がした。


 ヴィクターならもしかしたら、という思いにさせられる。


 アルティーティは意を決して口を開いた。


「あの、さ……」

「あン?」


 威嚇するような声に一瞬ひるみかける。しかし語気の強さとは裏腹に、その表情からは敵意を感じない。むしろ呆れ顔といった感じだ。


 アルティーティは言葉を続けた。


「ヴィクターがボクのこと……嫌いなのはわかる。ボクもどう接していいかわからない。でも、ボクは周りに迷惑はかけたくない」


 というか、極力目立ちたくない。人目をひいたら女だとバレるかもしれないから。


 そんな本音は胸にしまいつつ、なおも続ける。


「好きになってくれとは言わない。むしろ嫌いなままでいい。でも騎士として、遊撃部隊の隊員として動く時はそういうの、なしにしたい」


 ヴィクターの表情は動かない。面倒臭そうにこちらを見ている。


 いつもなら猛烈な勢いで口を挟んできそうだが、それもない。ただ静かに聞いている彼に戸惑いながらも、アルティーティはゆっくり語りかける。


「だから少しでいい。厚かましいかもしれないけど、最低限、任務のことだけでいいから普通に話せるようになりたいんだ……ダメ、かな……?」


 あまりに無反応な彼の様子に、最後の最後で自信がなくなってきた。


 聞いてもらえてないんじゃないか。自分の見立ては間違っていたのではなかろうか。やっぱり他人に自分の要望を言うなんて無理な話だった。


 そんな思いに駆られ、アルティーティはうつむいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ