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40.視線を感じ……って?!

 まさか、だったなぁ。


 アルティーティはぼんやりと、心の中でつぶやいた。


 謹慎が明けた彼女は、あの日以来はじめての訓練所に来ていた。


 他の騎士たちは休みなのか、人気はまばらだ。


 特に、広々とした演習場を隔てた、端に申し訳程度にある弓の練習場などアルティーティひとりしかいない。弓騎士が少ないため、当たり前と言えば当たり前だ。


 怪我が大したことがなかったせいか、あの件があった翌日には歩き回ることができた。


 が、そこは一応謹慎中の身。部屋の中でしばらくは大人しくしていたのだが、ジークフリートとはどこかぎこちなく、落ち着かない日々が続いた。


 とはいえ訓練や見回り、その他隊長としての雑務など、仕事の多い彼はほとんど部屋にはいない。

 だが怪我の責任を感じているからか、帰ってくると毎日アルティーティに声をかけるようになっていた。


 声をかけられるたびに、彼女は挙動不審になり、そして落ち込む。不審に思ったジークフリートに突っ込まれ、さらに挙動不審になる。


 その繰り返しだった。


(あんな話聞いた後じゃぁ、ね……)


 アルティーティは弓に矢をつがえた。


 ジークフリートの元婚約者が、報復で殺された。最近そのことばかり考えてしまう。


『騎士は危険を伴う。お前の想像以上に、悲惨で凄惨で、残酷なこともある。お前がそれに巻き込まれない保証はどこにもない』。


 師匠の言葉を反芻する。それでもやる、と答えたのは自分だ。その選択に後悔はない。今ここで誰かに襲われたとして、全力で戦い、場合によっては死を受け入れる。騎士として生きて、死ぬ。その覚悟はずっと前からある。


 だが、彼の過去は胸が詰まる思いがする。


 アルティーティとて、他人の死の覚悟などできているわけがない。


 自分の知る誰かが、自分のせいで命を奪われたとして、それを糧にできるだろうか。忘れずに、かといって囚われすぎずに強くなれるだろうか。


 ──いや、囚われているのか。


 でなければ、出会ったばかりの女と偽装結婚など考えるわけがない。


 アルティーティは弓を構えた。視線の先は遠く、藁でできた的を捉えている。ぽつりとひとつだけあるそれは、いつもより小さく見えた。


 ゆっくりと引き絞る。キリキリ、と弦を引く音が、胸の軋む音に聞こえる。


 元婚約者を忘れられないのだろうか。偽装結婚を考えるほどに、ジークフリートは愛していたのだろうか。


 誰かに想われたことも、想ったこともないアルティーティには想像もつかない。


 ただ少し。ほんの少しだけ、羨ましいと感じている。誰のなにが羨ましいのかはわからない。そんな自分に戸惑っていた。


 矢羽が頬を掠める。ジークフリートが触れた頬に。


 あの熱い視線と不器用で優しい笑みを思い出し、触れられた頬が火照る。


『今度は絶対に守ると誓った』──。


 強い決意と共にかけられた言葉は、誰に向けられた言葉だったのだろうか。


 自分への言葉だと勘違いしそうなほどに真っ直ぐな瞳だった。


 しかしアルティーティは、元婚約者や、騎士として守るべき国民に向けられたものだと思い直した。孤独なアルティーティが選んだのはひとりでも生きていけるような強さであり、彼に守ってもらうイメージを持てない。


 だがわずかに残る頬の熱が、あの言葉は自分に向けられたものならばいいのに、とも思わせていた。


 その熱の正体を、アルティーティはまだ自覚できずにいる。


 揺れる心を押し込め、的に狙いを定め──ゆっくりと弓を引き戻した。


 謹慎明けで身体が鈍っている。今は的にあてるような練習はやらなくていい。形の確認だけで十分だ。


 もう一度最初から同じ動作に入る。繰り返し、繰り返し……。


 同様に、思考も同じところを何度もぐるぐると巡っていた。


 何度そうしたことだろうか。


 ふと、伺うようなためらうような、妙な視線を感じた。


 もしや他の騎士が鍛錬にきたか、と思い視線の方に目をやると──。


「……っ?! ヴィクター?!」


 驚いたアルティーティを、ヴィクターが憮然とした表情で睨んでいた。

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