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38.笑みが崩れる

 アルティーティはその光景に唖然とした。


 目の前ではカミルが腹を抱え大爆笑している。


 いつも穏やかな笑みの彼が珍しい。

 もしかしたら付き合いの長いジークフリートですら、こんな彼は見たことがないかもしれない。


 それほどに、スマートな笑みを常にたたえている彼がなぜここまで笑っているのか。


 おそらくアルティーティの言動がおかしかったのだろう。が、どこが笑えるポイントだったのかいまいちよくわからなかった。


「あの……副長……?」

「あー……ごめんごめん、久しぶりに大笑いしちゃった。あーおもしろ」


 目にうっすらと浮かんだ涙を拭きながら、息を整えるカミル。

 そこまで変なことを言ったかな、とアルティーティは憮然とした。


「君が女の子ってわかって、ちょっと意地悪したくなっちゃっただけだよ。ごめんね」

「え、じゃあ報告するっていうのも」

「それは本気。本気、()()()って言った方がいいかな。だって君が……誘惑……ふふ……っ」


 再び込み上げてきたのか、いつもの笑みを崩す。


「そんなにおかしいですか……?」

「おかしいよ。本当に誘惑したなら誘惑なんて言わないよ。脅されて仕方なく、とかなんとか、俺の同情を引くようなこと言ってくる。だから君はシロだ」


 ようやく笑い収めたカミルに説明されても、アルティーティは納得ができない。


 一世一代の大勝負のつもりでついた嘘を、こうも簡単に見破られるとは。


 口を尖らせた彼女に、カミルは続ける。


「だってさー、あのジークフリートだよ? 何年も婚約者作らず、カタブツ騎士道精神まっしぐらのあいつだよ? それが10コ以上も年下の女の子に誘惑されると思う?」

「な、なくは、ないのかなぁ、と」

「ナイナイ。それは絶対ない」


 即答でにこやかに首と手を横に振る彼に、アルティーティは閉口した。


 一応、身を隠してるとはいえ自分も女だ。なのにそこまで否定されるとなんだか微妙な気分になってくる。


「それに、もし仮に君があいつを誘惑したとして、今それをオレにしないのはなぜ? 同じように誘惑して口止めしたらいいじゃないか」

「……あ」


 そうかその手が! とはっとしたが時すでに遅し。バレた後ではどうしようもない。


 しかし思い浮かばないのも無理はない。


 15歳で、恋すらまだしたことがないアルティーティにそんな駆け引きは難しい。

 そもそも孤独な幼少期に加え、師匠と各地を転々と旅していたせいか、色恋沙汰には無頓着だ。


 自分で言ってみたものの誘惑って具体的に何するの? というレベルである。


 もちろん、容姿の良い人間を格好いいとは思うが、それが恋かと言われれば違う気がする。


 なにが違うのかは分からない。


 分かる時が来るのだろうか。分からないまま結婚していいのだろうか。


 分かったところで、カミルはそう簡単に落ちてくれないだろう。そんな雰囲気が今もビシバシ伝わってくる。


「それをしないってことは、あいつのことかばって嘘ついてるから、じゃない?」

「かばうっていうか……新人のわたしのせいで隊長が職を失うのは忍びないというか」

「それをかばうって言うんだよ」


 カミルはくすりと笑うと再び椅子に座り直した。長くなりそうだ。


「かばう、といえばあいつもあいつだよねぇ。いつだったか、君の前髪に触ろうとしただけで慌ててたし」

「慌て……てましたっけ?」

「慌ててたよ。あれは絶対」


 そう言って、したり顔で何度もうなずく。


 一方、アルティーティは今の今まで忘れていた。


 言われて思い出したが、ジークフリートがどんな表情をしていたかまでは覚えていない。


 強いて言うならいつも通り、不機嫌な顔をしていた気がする。慌ててたら絶対覚えている。


 しかし付き合いの長いカミルが言い切っているのだ。相当慌てていたのだろう。


 正体がバレないように心を砕いてくれている。

 そう思うと、いつもの小姑のような細かい注意も、おおらかな気持ちで受け止められる……ような気がしてくる。多分。少しだけ。


「おかげで君の正体、『魔女の形見』なんだろうなぁとうっすらわかっちゃったよ。なんで男なのに隠すんだろ、と思ったけど女性なら納得だね」

「うっすらだったんですか……!?」

「そうだよー確証はなかったけど当たりだったね」


 カミルは軽く笑った。


 たった一回、頭を触ることを咎めただけでそこまで見抜く彼が末恐ろしい。

 ミニョルやアレスといった先輩を差し置いて副長に任命されたのも、この洞察力のおかげかもしれない。


 この人に逆らったらヤバい。嘘もつけない。隊長とは別の意味で。


 アルティーティは無意識のうちに背筋を伸ばした。


「ま、いいや。面白そうだからオレも黙っててあげるよ」

「ほ、ホントですか?!」


 身を乗り出して聞くアルティーティに、カミルは苦笑した。


「うん、ホント。だって憧れの騎士に会いたいくらいで実際騎士になる女の子って、いじらしいじゃん。それに、ちゃんと真面目に訓練受けたんだなぁっていうのは、ヴィクターとの()()で証明されてるしね」

「え? 演習……?」


 助かった、と思った矢先、気になる単語が出てきた。


 演習をヴィクターとふたりでしたことなどあっただろうか。


 いつも全体で隊列確認や組手、試合はしているが、ふたりきりでやり合ったことなどない──。

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