37.迷惑なんかかけたくない
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ヤバい、バレた。
アルティーティは頬を引きつらせた。
目の前には、人当たりの良さそうな笑みを浮かべたカミルがいる。しかしその瞳は笑っていない。
それどころか、逃げるのは許さない、とばかりにヘッドボードに手をついてきた。
「あ……えーと…………」
口元の手はそのままに、追い詰められたアルティーティは必死に頭を回転させる。
剣を扱えない理由は、士官学校に入る時に師匠と一緒に山ほど考えた。
しかし、性別がバレたときの対処は全くだ。バレるということはすなわち、退団することに等しい。言い訳をいくら考えたところで女人禁制の騎士団では無駄なのだ。
本当なら、ジークフリートにバレた時点で退団するはずだった。
しかし、彼が交換条件を提示してくれたおかげで、なんとか首の皮一枚でつながっている。
その皮もいま、ちぎれそうになっているが。
(いや、ここはなんとか誤魔化さないと)
「失礼ですが、どなたかとお間違えでは……」
アルティーティは極力低くした声で聞いた。
ジークフリートの時は、着替えを見られたから誤魔化しようがなかった。
いまはあの時とは状況が違う。
証拠もない。言いがかりをつけられているようなものだ。知らぬ存ぜぬで切り抜けられるはず。
そんな彼女の思惑とは裏腹に、カミルは表情一つ変えず答える。
「悪いけど、ずーっと話聞いてたんだよね」
「ずーっと……?」
「そ、君が女の子でなんで騎士になったのかとか」
(そ、そんなに前から……?!)
志望動機について話していたのは食事の前だ。かなり前から扉の外で様子を窺っていたことになる。
さすがにずっと外にいたとは思えないが、スパイ活動も仕事のうちの遊撃部隊、それも副長だ。ありえないことではない。
ということは、彼女の生い立ちも知られた可能性がある。
目を白黒させたアルティーティを覗き込むように、カミルの顔が近づく。
「ジークフリートは君の事情、知ってるみたいだね」
「そ、れは……」
彼女は、本当のところを悟られまいと顔を背けた。
顔のほとんどが隠れているとはいえ、こんなに近くで見られてはうっかりボロが出るかもしれない。
それに、カミルの視線は全部を見透かしているような気がする。一見、人好き表情の奥に、どこか蔑み嘲笑うような色が見え隠れしているように感じた。
「たまにいるんだよねぇ……憧れの騎士サマにお近づきになりたいって、忍び込む女の子が。君もそのクチかな? 狙いはやっぱりジークフリート? 人気だものねぇ。身の上話で同情でも誘ったのかな?」
「……………」
覗き込むように首を傾けるカミルに、アルティーティは唇を噛んだ。
騎士団に忍び込む女がいるとか、ジークフリートが人気だとか、どうでも良い。いや少しは気になるが、彼は男らしく強い将来有望な騎士だ。人気があるのは当然だろう。
カミルから見て、それらの女とアルティーティは同じなのだ。ふしだらでだらしがない女。それが彼女への評価だ。
そしてジークフリートはその不埒な女に籠絡された中身のない男──そう受け取られたのが何故か、無性に悔しかった。
かといって反論の余地はない。
口をつぐんだアルティーティに満足したのか、カミルはにっこりと笑うとおもむろに立ち上がった。
「悪いけど、君のことは上に報告させてもらうよ。もちろん、ジークフリートのこともね」
「ま、待ってください!」
アルティーティは慌てて引き止めた。
引き止めたところで無意味なのは、彼の薄い笑みの奥にある冷淡な瞳からも分かる。とても言い訳を聞き入れてくれそうにはない。
だが──。
(このままでは隊長に迷惑をかけてしまう……っ)
これが数日前、配属初日だったら違っていたかもしれない。
退団させられるのは決定事項だ。
そこにジークフリートの処分が加わるだけ。変な交換条件を出してきた彼を庇う道理はない。というより、数日前ならば彼の処遇にまで考えが及ばなかっただろう。
アルティーティは思い返す。
いつも難しい顔をしているが、かけられる言葉は温かいこと。
不機嫌そうな表情から不器用な笑みがこぼれること。
騎士としての強さと、判断力の裏に何かしらの苦悩を抱えてること。
この短い期間で人となりを知ってしまったいま、巻き込むわけにはいかない。
「……わたしが隊長に黙っててほしいとお願いしました」
「ふぅん……」
カミルは思案するように首を傾けた。
嘘は言ってない。黙っている代わりに結婚することを言わないだけだ。
だが、彼の瞳の侮蔑の色が若干濃くなる。
「隊長は巻き込まれただけっていうか……とにかく、悪くないです! わたしはいくらでも罰は受けます! お願いします!」
冷たい視線にいたたまれなくなり、早口にまくし立て必死で頭を下げる。
なにより、ジークフリートは隊長だ。次期団長とも目されている。代わりはいない。
自分ひとりの謝罪でジークフリートの処分がなくなるなら安いものだ。
「へぇ……あのジークフリートが黙っててくれって言われたくらいで黙ると思えないんだけどなぁ」
頭の上からのんびりとした、しかし温度のない声が降ってくる。
ですよね、とアルティーティは思った。
ちょっと頼んだくらいで規律違反をするような人ではないと、数日とはいえ一緒に過ごせば分かる。
同じ釜の飯を食い続けたカミルならば、彼のことをもっと理解しているだろう。ちょっとやそっとの作り話では納得してくれなさそうだ。
(う、うーん……ど、どうしよ)
じわりと汗が滲む。
契約結婚のことは話すわけにはいかない。
そもそも、こんな荒唐無稽な話を信じる者はいない。
よしんば信じたところで、「なぜそんな契約をジークフリートが提案したのか?」と問われたら答えられない。
あまりにもアルティーティにとって都合の良すぎる契約を、誰しもが疑問に思うはずだ。
婚約者を忘れられない彼が適当に見繕ったのではないかと彼女は考えているが、そんなことを口走ったところでとても信じてはもらえないだろう。
彼は冷静沈着、そんなその場で思いついたような変な提案をする男ではない、というのが世間の評価だ。
頭上から浴びせられる無言の圧力に、頭が破裂するほど悩んだアルティーティは、意を決して顔を上げた。
「そ、それは……わ、わたしが、隊長を……ゆ、誘惑しました!」
これしかない、とばかりに唯一思いついた言葉を言い放つ。
自分で言うのもなんだが、顔は整っている方だ。
リブラック家に挨拶した時のように着飾ればそれなりに見える。『魔女の形見』を忌避する慈聖教徒以外ならば、という条件はつくが。
女の武器を使われればあの堅物隊長も思わず見逃してしまうのではないか、と考えた。
「誘惑……?」
「は、はい! 誘惑であります!」
わずかに眉をひそめたカミルに元気よく答える。疑われてるのがわかるが、後には引けない。
そのまましばらく睨み合いが続き──。
「……プッ……」
(? ぷ?)
「あははは!」
先に視線をそらしたのは、肩を震わせ爆笑し始めたカミルだった。




