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32.この契約は間違っていたのだろうか

ジークフリート視点

 会いたい人がいる。


 そう言われ、ジークフリートは息を呑んだ。


 彼が知る中で、彼女が騎士と接点を持ったのは12年前の、あの時だけだ。

 母親が死んだ事件に居合わせた騎士と会いたい、という理由は、考えつくだけでもひとつだ。


(彼女は……俺のことを憎んでいるのかもしれない)


 あの時の騎士がもっと早く駆けつけてくれれば、母は死なずに済んだ。アルティーティは騎士を恨んでいる。そう考えるのが普通だ。


 わざわざ辛い訓練を乗り越えたのも、この契約結婚をのんだのも、騎士に復讐するためだと考えれば辻褄が合う。


 ジークフリートは表情を硬くした。


 最後まで隠し通すつもりではあったが、彼女の本懐のためにも名乗り出るべきなのだろうか。


 この契約は間違っていたのだろうか。


 そんな思いが胸をかすめる。


 彼の気など知らず、アルティーティは口を開いた。


「以前お話しした通り、わたしの母は事件に巻き込まれて亡くなりました……その時にわたしを助けてくれた人がいて、その人に会いたいんです。そのために、騎士になりました」

「…………会ってどうする?」


 答えは想像がついている。ついてはいるが、その答えに向かい合うにはあまりに急だ。


 もしも復讐が目的ならば、自分は名乗り出るべきだろうか。黙っておくべきだろうか。


 その答えが出ないままに問いかけたジークフリートは、わずかに目を伏せた。


 しかし、彼女の答えは予想外のものだった。


「……感謝を伝えたいですね。ありがとう、何度も救われました、と」


 はっとして彼女を見た。


 まだ少し青さのある顔に、微笑が浮かんでいる。


「何度も……?」


 想像と違う答えに、呆けたように繰り返す。とても信じられない。


 そんな彼の様子に、アルティーティは少し気まずそうに視線を外した。


「閉じ込められてた時、どんなに辛いことがあってもその人のことを思い浮かべたら頑張れたんです。何度も何度も、たくさん救われたんです」

「…………」

「母は亡くなりましたが……その人がいなかったらわたしも死んでました。感謝してもしきれません」


 胸に手を当て、ゆっくりと語る彼女をジークフリートはただ黙って見つめていた。


 まさか感謝されているとは思わなかった。


 ヴィクターのこともそうだが、彼女はとても前向きだ。


 普通目の前で親が死ねば、誰かのせいにしたくもなる。復讐心や憎しみ、それが一切ない。あるのかもしれないが、少なくとも表面に出さない。


 それが生来のものなのか、それとも義理の母や妹の理不尽な仕打ちによって、図らずも培われたものなのか、判断はつかないが。


「……隊長?」


 アルティーティは怪訝そうにのぞきこんできた。分厚い前髪の隙間から、大きなワインレッドの瞳がうっすらと見える。


 どうやら何の反応もしない彼を不審に思ったらしい。

 

「……あ、ああ……いや、聞いてたぞ。その……そいつもお前からそう言われたら喜ぶと思う」


 ()()()は今、本当はかなり戸惑っているんだが、とはとても言えない。


 歯切れの悪い言葉だったが、アルティーティはぱっと表情を輝かせた。


「そうですか? あ、でも会えたとしてもお礼言えないですよねっ。わたしはあの時の子供だって言っちゃったら女だってわかっちゃいますし……」


 口元で両手を合わせた彼女は言葉とは裏腹にふふ、と小さく笑った。


 まるで隠し事を楽しむ無邪気な子供のようだ。

 秘密を言い当てて欲しいような欲しくないような、いたずらっぽい笑みに、ジークフリートの頬も緩みかける。


(……っと、まずい。危うく笑いそうになるところだった)


 彼女にほだされるべきではない。契約は契約だ。それ以上の交流は不要だ。


 今のこれは看病。そう、これは看病だ。夫婦になるなら当たり前のことだ。


 身の上話を聞くのも、なにも不自然なことではない。


 眉間に皺を寄せ、脳内で必死に言い繕っているジークフリートを、アルティーティが再びのぞきこむ。


「……あの……怒らないんですか?」

「…………怒る? なぜ俺が?」


 話を聞いて驚き、困惑している現状だ。怒りなど全く感じてない。

 むしろ笑いそうで慌てて眉間に皺をつくったくらいだ。


 首をひねる彼に、アルティーティは頬を掻いた。


「いや、だって、自分でも思いますし。騎士になったの、男のヒト目当てかよって。だから師匠もすごく反対して、推薦状も嫌々書いてくれたくらいでして」


 アルティーティは視線を落とし、肩をすくめた。


「向いてないってずっと言われてたんです。弓しかできない騎士なんて、遠距離攻撃もできる魔導師団がある今じゃ、この国には必要ない。剣の適性はあっても剣を使えないんじゃ意味ない、って……」

「……剣が使えないのは、母親のことがあったから、だな?」


 ジークフリートの言葉に驚いたのか、アルティーティは顔を上げると、こくりとうなずいた。

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