表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/97

29.介抱してくれたんですか

『お前に剣は向いてない』


 ──そう、わたしは剣を持てない。誰も斬れない。


『それでも騎士になるというのか?』


 ──いまどき剣を持たない騎士なんて、と言われるかもしれない。


 それでも、それでもわたしは──。









「……騎士になりたいんです……!」


 アルティーティは勢いよく飛び起きた。


 少しくすんだ白の壁に、閉められたカーテンが春の陽気を抑え込んでいる。

 飛び起きた反動で、額からはらり、と濡れタオルが落ちた。彼女が動くたびに、古い木のベッドの軋む音がする。


(あれ……わたし、ヴィクターと戦って……で、師匠が……なんで部屋に……?)


 思い出そうにもどうも記憶が曖昧だ。ぶつ切れになった芝居でも見てるかのように、場面が飛ぶ。頭がまだふわふわしている。


「………………気がついた、みたいだな」


 聞きなれた声に、はっとして顔を上げた。


 部屋の奥からジークフリートが顔をのぞかせている。その手には陶器の水差しが握られていた。


「……あれ……? 師匠は……?」

「師匠?」


 ジークフリートは首をかしげた。


 耳に残る声は先ほどの自分の声だけだ。自分の声で起きたのか、とアルティーティは今頃になって気づいた。


(寝言いってたなんて恥ずかし……聞かれてないよね?)


 夢の内容が内容だ。騎士を否定するような内容を思い出し、アルティーティはベッドの上で膝を抱えた。


 身体の節々が少し痛い。怪我の痛み、と言うより筋肉痛みたいだ。動きすぎたのだろう。


 ジークフリートはベッドのかたわらに腰掛けると、おもむろに彼女の頭を撫でた。


(……ん!?)


 撫で回される頭についていけず、反応が遅れた。「ちょっと何してるんですか!」と言う前に、彼の手は離される。


「……頭は……打ってなさそうだな。俺のことは分かるか?」


 思いの外真剣な表情に、怒る気が急速にしぼんていく。


(もしかして……心配して確かめてくれた……?)


 毒気を抜かれたアルティーティは、素直にうなずいた。


 ほっと息を吐く彼の様子に、今しがた撫でくりまわされた頭に触れる。起きたてでボサボサになった髪が、彼の手櫛で微妙に整えられている気がした。


「あの……わたしなんでここに……?」


 落ちた濡れタオルを拾い上げる彼に、アルティーティはおずおずと聞いた。


 ヴィクターと戦い、木が倒れた。そこまでは明確に覚えている。そこからがよくわからない。

 さまざまな記憶が入り乱れ、気がついたらベッドの上に寝ていた。


 まばたきを数度した彼は、大きくため息をつくと視線を巡らせた。そして手にした濡れタオルをサイドテーブルにそっと置いた。


「……ヴィクターとやり合って倒れた。俺が部屋に運んだ」


(運んだ……って、肩に? おんぶ? どっちにしても恥ずかしいわ……!)


 肩に担ぎ上げられる自分を想像したアルティーティは、顔を引きつらせた。


 ただでさえ彼によく思われてない上に、騒ぎを起こし、あまつさえ介抱してもらうなど恐縮しきりだ。


 慌てて頭を下げる。


「す、すみません! 重かったですよね」

「いや、軽い。軽すぎだ。攻撃を受けてもその体重じゃ軽く吹っ飛ばされるぞ」


 ちゃんと食べてるのか、と真剣に食生活の心配までしてくる彼に思わず吹き出してしまう。


(なんか……隊長が普通に優しいの、珍しい)


 普段の彼から想像もつかない言葉の数々だ。

 あれだけの騒ぎを起こしたのだ。絶対に怒られると思っていた。


 冷たい鬼と恐れている彼が、気遣ってくれるのが単純に嬉しい。

 

 くすくすと笑うアルティーティに、ジークフリートはなぜかバツが悪そうに視線を外した。


「まぁいい。おかげで楽に運べた。その……なんだ……」

「どうしました?」


 突然言い淀んだ彼に、今度はアルティーティが首をかしげた。


 心なしか、彼の顔が赤い気がするのは気のせいだろうか。


 視線を感じたのか、ジークフリートはあさっての方向に視線をずらした。


「……うなされてたから少し服を緩ませた。サラシの方は手をつけてないから安心しろ」


 彼の言葉に、はたと自分の服を見る。


 首元や手首のボタンはいくつか外され、白い肌があらわになっている。どうりで、さっきからあまり視線が合わないわけだ。


 といっても、胸を押しつぶすサラシまでは見えていない。外したボタンも襟の部分くらいだ。


 きっと彼なりに肌を露出させないよう、苦慮した結果なのだろう。


(これくらいなら大したことないのに。あ、でも隊長って婚約者がずっといないし、硬派な騎士って感じだから恥ずかしいのかも?)


 ならば、とアルティーティは首元のボタンを留め始めた。


「見苦しいものをお見せしました。すみません」

「いや……謝るな。こっちも反応に困る」


 ジークフリートは首を振る。


 ボタンを留め終わったからか、赤い頬が幾分かマシになった気がする。その分、素っ気なさも加わった気がするが。


「そう……ですか?」

「騎士に負傷はつきものだ。その度に謝られても困る」

「……わかりました。謝りません」


 アルティーティはうなずいた。

 

(たしかに……でもやっぱりちょっと申し訳ないし、もっと鍛錬しなきゃ)


 彼女が決意を新たにしたことにも気づかず、よし、とジークフリートはうなずき返す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ