27.息もできない
(やっぱり……できない……)
アルティーティはそれ以上、動けなかった。
木剣を手にヴィクターの懐に飛び込んだ。そこまではいい。
ガラ空きの脇腹めがけ横薙ぎの一閃を放った──つもりだった。
しかし木剣は彼の腹どころか、服の表面に届くほんの少しのところで止まってしまった。
今の体勢でも十分、アルティーティが勝っている。しかし、ヴィクターはそれを認めないだろう。一撃を入れない限り勝てない。
少し身体をひねるだけで彼の腹に剣が触れる。が、それすらできない。身体が固まり、足が地面にへばりついたように動けない。
──少しでも動いたら斬ってしまう。
木剣で斬れるわけがないのだが、アルティーティはその思いに支配されていた。
(……いけない……あんな…………ことだけはもう……)
砂ぼこりを吸ったためか呼吸が乱れ、ただでさえ狭い視界がぼやける。周囲の状況把握すらままならない。
アルティーティはもう、ずっと昔から剣を扱えない。
いや、正確には剣で人を斬れない。斬ろうと思うと途端に身体が動かなくなる。
それを承知で木剣を握った。
どんな形であれ、勝負をつけなくてはならないから──いや、単にカッとなっただけかもしれない。
それでも、無関係の人を巻き込んで許せない、という気持ちだけはぶつけたかった。
「……オメェ……」
息づかいの荒いアルティーティに気づいたのか、ヴィクターは視線だけを彼女に向けた。
戸惑っているのだろうか。彼の木剣がかすかに震えている。しかし、それすらアルティーティは認識できない。
(あ……まずいかも……)
目の前がチカチカし始める。息がうまく吸えない。吐き出しもできない。手足の痺れから感覚がなくなり──木剣が手からこぼれ落ちる。
(ダメ……まだ……)
倒れ込みそうになるのを、アルティーティは気迫だけでなんとか耐えた。
膝立ちで、もうほぼ座り込んでいるようなものだったが、それでも彼から負けを認める言葉が出るまでは倒れるわけにはいかない。
ヴィクターは一瞬目を見開くと、小さく笑った。
「……悪ぃが、負けるわけにいかないんでな。悪く思うなよ……!」
そう言って彼は木剣を大袈裟なほどに振りかぶる。
ああ、嫌な笑いだ。変だな、遠くで誰かが何かを言っている気がする。
耳鳴りかな。空耳かも。いよいよ死ぬのかもしれない。
(こんな時まで現実逃避って……わたし諦めよすぎでしょ……)
アルティーティは意識を手放す寸前まで、振り下ろされる木剣と勝ちを確信したヴィクターの笑みをぼんやりと見つめていた。




