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25.当然の怒り

 カミルたちからは余裕そうだ、と評価されていたが、アルティーティは必死だった。


 避けるために跳べば、上から木剣が振りかぶられ、走れば間合いを取らせないようにぴったりとくっついてこられる。


 逃げるのもやっとだ。反撃の手立てすらない。武器は渡された木剣くらいだが、アルティーティには使えない。


 弓ならば扱える。が、手元にない。

 手元にあったところで狙うにも神経を使う。避けながら狙うのは無理だ。狙っている隙に間合いを詰められたりしたら終わりだ。


 ヴィクターは、勝負がつくまで攻撃をやめてくれないだろう。というより、彼は自分が勝つまで足掻きそうだ。


 早く終わらせるには負けるしかない。それが分かっていても、地面に穴があくような攻撃をわざと喰らいにいく度胸はなかった。


(ああ、もうっ。どうしたらいい……っ!?)


 アルティーティは苛立っていた。ここまで絡まれるワケがわからない。


 「調子乗ってんじゃねーぞ」とは言われたが、調子に乗ってるつもりはない。乗っていなくてもどうせそう言われる。アルティーティの調子は、嫌われる理由にならない。


 ならばなぜ……。


「ボーッとしてんじゃねぇぞ!」

「うわっ!?」


 考えに気を取られた一瞬、その隙を狙ってヴィクターが横薙ぎの一閃を放った。


 薙ぎが届くすんでのところで飛び退く。木剣は、その太さより倍はあろうかという木の幹に深く刺さった。

 木が割れる音と共に、木片が派手に散る。近くで見ていた子どもたちから、軽い歓声が起きた。


 刺さっているのは、アルティーティのちょうど腰の高さだ。あれを食らってたら、と彼女の背に冷たいものが流れる。


「チッ……次は容赦しねぇ……」


 ヴィクターは木剣を引き抜こうと力を込めた──その時、アルティーティの耳に嫌な音がかすかに届いた。


 みしみし、という、たとえるなら木がゆっくりと切り倒される時の音──。


(……!)


「危ない! 逃げて!」


 アルティーティが声を上げるのと、音に気づかないヴィクターが木剣を引き抜くのは、ほぼ同時だった。


 バランスを失った木は、子供たちに向かってゆっくりと、しかし速度を増して倒れていく。


 やっと気づいた子供たちから、悲鳴が上がった。遅れてヴィクターからも。


 アルティーティは跳んだ。


 いけすかないヴィクターの血縁だからと言って、目の前で誰かが傷つくのは嫌だ。


 疲労困憊で足がいうことをきかなくなりつつあっても、ギリギリ間に合いそうな絶妙な距離が彼女を躊躇なく跳ばせた。


(……間に合え……っ!)


 一か八か、手を伸ばした瞬間、身体が羽のように軽くなった。いや、手足が伸びたとでも言うべきか。


 ギリギリ、アルティーティが犠牲になれば子供は助けられる──その距離があっという間に縮められ、気がつけば彼女は子供たち全員を抱え地面を転がっていた。


 木が大地に沈む音と、地響き。


 腕の中で声もなく小さく震える子供たちを撫でると、アルティーティはほっと息を吐いた。


(よかった……生きてる……わたしも……)


 ひとりずつ体を起こさせる。程度の差はあれど、全員ヴィクターに似ている。真っ青な顔はすぐにバツの悪い表情が浮かび、伏せられてしまったが。


 無言で立ち上がったアルティーティは歩き出した。


 周囲の隊員たちは息を呑んで見守っている。


 苛立ちなど通り越して腹の中は煮えくり返っていた。


 彼に嫌われているのは分かっている。ここまでするくらいだ。心底嫌いなんだろう。

 だが、ここまで、誰かを巻き込んでまで嫌われる理由がわからない。


 アルティーティは立ち止まると、自分で地面に突き刺した木剣をゆっくりと引き抜いた。


 剣は使えない。だがそれは関係ない。


「ねぇ」


 思いの外、冷たい声が出た。ヴィクターの肩がぴくりと揺れる。背を向けているため、彼女からは表情は見えない。見たくもない。


「練習、付き合ってよ」


 言うが早いか、ヴィクターの返事の前にアルティーティは動いた。


 一気に間合いを詰めた横薙ぎの一閃──。


 誰ひとり反応できない速度で放たれたそれに、誰もがアルティーティの勝ちを確信した。


 しかし、木剣はヴィクターの胴に入る前に止められた。他ならない、アルティーティの手によって。

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