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24.副長の判断

カミル視点

 なんでちょっと目を離した隙にこんなことになってるのかなぁ。


 にこやかな表情とは裏腹に、カミルは心の中でそう毒づいた。


 その目の前、訓練所の演習場ではアルティーティ──アルトとヴィクターの新人ふたりが激しいバトルを繰り広げていた。


 見学の引率者と軽い打ち合わせに席を外し、戻ってきてみたらこれだ。意味がわからない。


 いや、大体の想像はつく。ヴィクターがアルトに仕掛けたのだろう。以前からふたりの仲は良くなかった。というより、ヴィクターが一方的にアルトを嫌っている、アルトはそれを感じて無視している状況だった。


 でも見学のある日に爆発しなくても良くない?


 そう思うカミルの耳に、「にいちゃんがんばれー!」「そこだー! やれー!」「ちっさい人をやっつけてー!」と無邪気な少年たちの応援が届く。


 なるほど。見学の子供の中に関係者がいたのか。ヴィクターが張り切るわけだ。


 しかし、どうしたものだか……。


 にこやかな表情を少しも崩さず、悩むカミルの肩に何かが乗った。


「あらー派手にやり合っちゃってるわねぇ」

「喧嘩?」


 カミルの左右にひょっこり、というには大きすぎるふたりが顔をのぞかせる。ふたりとも興味津々に戦いを見つめていた。


「君らもいなかったのか、ミニョル、アレス」


 カミルの言葉にふたりは肩をすくめた。


 女性のような口調の方──ミニョルは浅黒い肌に、緩やかなウェーブのかかった薄紫の長髪が印象的だ。垂れた目尻の先にあるホクロが色っぽい。

 胸板が分厚すぎて前が閉まらない隊服を限界まで開き、筋肉質の体をあますところなく披露している。口調と体格のギャップが凄まじい。


 対する口数の少ない方──アレスは長い黒髭を三つ編みに束ね、泣く子も黙る鋭い三白眼の持ち主だ。喋るのが苦手なのか、常に単語しか喋らない。それが余計に怖い。

 毛深い剛腕を見せつけるように、隊服の袖を破っている。


 ふたりは顔を見合わせると口々に言った。

 

「アタシたちちょっとお花摘みに、ね」

「小便」

「やだぁ、ちょっとお下品よ」


 ミニョルがアレスの背中を叩く。かなり大きな音がしたが、アレスは微動だにしない。


 ふたりはカミルより二期上の先輩だ。正反対なふたりだが、どういうわけだか気が合うらしい。よく一緒に行動している。


 せめて彼らがこの場にいてくれたらこうなる前に止められたのでは、とも思ったが、もうどうしようもない。


「ねぇ、カミル、止めなくていいの?」

「うーん……」


 ミニョルの問いにカミルは口に手を当てて考えた。


 ここで止めてもいい。新人ふたりの揉み合いなど止めるのは簡単だ。


 しかし……。


 手を下げたカミルは口を開いた。


「止めてもまたやるだろうし、もう十分おおごとになってるから止めなくていいよ。無理に止めて怪我したくないし。ジークフリートに任せよう」


 それっぽいことを言いながら思った。面倒、丸投げ、と。


 しかし不服だったのか、ミニョルは目を丸くして抗議した。


「あらー、隊長にバレたら止めなかったアタシたちも怒られるじゃない」

「いいよ。どのみちこれだけ訓練所をボコボコにしてたらバレるし、一緒に怒られよう」

「んもぅ……仕方ないわねぇ」

「連帯責任」

「そういうこと」


 深くうなずくアレスにウインクすると、ミニョルが小さくため息をついた。だだっ広い訓練所の地面は、大小の違いはあれど無数の穴でえぐれている。これではどうにも繕えない。


 その諦めからか、ミニョルの口元に妙に色っぽい苦笑が浮かんだ。


「もっとオオゴトにしていくカミルのスタイル、嫌いじゃないわ」

「ミニョル、君が止めてくれてもいいんだよ?」

「アタシ? アタシは躍動する若い子たちを眺められれば十分よ」

「鬼畜」


 にっこりと言い放つミニョルに、アレスは小さく突っ込んだ。


 明らかにミニョルに向けた言葉だったが、彼はそれを聞こえないふりで受け流す。


「ねぇ、アレス、どっちが勝つか賭けない? アタシはねぇ、ヴィクターかしら」

「ヴィクター圧勝」

「んもぅ、賭けにならないわよ」


 ミニョルは唇を尖らせた。


 新人とはいえ、ヴィクターは優秀だ。どんな武器でも軽く使いこなす。剣もまたしかりだ。長身から繰り出される技の数々に、自分ともいい勝負をするかもしれない、とカミルは思っている。


 そんな彼に、弓騎士のアルトが勝てるわけがない。普通ならばそう考えるだろう。


 普通ならば。


「じゃあオレはアルトに賭けるよ」


 カミルの言葉に今度はミニョルのみならず、アレスも目を丸くして驚いた。


「あらカミル、同室の新人、応援してあげないの?」

「ヴィクターを応援してない、とは言わないけど、アルトがやる気ならヴィクターはもう負けてるよ」

「何故?」


 アレスの問いに、カミルは新人ふたりの戦いから目を逸らさずに答える。


「たしかに、手数が多いのはヴィクターだ。対するアルトは武器もなく逃げ回ってるだけ」

「いい動きしてるけど、どう考えても負けるわよねぇ」

「惨敗濃厚」


 うなずき合うミニョルとアレス。

 

 ふたりの言う通り、このままなら負ける。だがある一点では、アルトはヴィクターを上回っていた。


「でもあれだけの猛攻を食らっててほとんど無傷だ」

「…………!」


 そう、身体的な疲労はあるものの、アルトに目立った外傷は見られない。大地が激しくえぐれる攻撃も、当たらなければ問題ない、ということだ。


 ()ける、という概念は弓騎士にはあまり必要ない。


 そもそも戦場でもどこでも、弓の定位置は後方だ。相手の攻撃を避けることが必要な位置にいない。


 もしそこまで攻め込まれているなら敗戦は濃厚、撤退して立て直すか降伏するか、そのあたりは指揮官の判断に委ねられる部分だ。

 その段になったら、剣戟を避けるより弓を放り出して逃げる方が賢い。


 言葉もないふたりに向け、カミルは続けた。


「アルトが『やる』気さえ持てば、ヴィクターはオレらが来る前にやられてる。確実にね。勝てるかどうかは別にしても、勝つ可能性はアルトにもある」


 問題は、『やる』気、つまり武器を持って相手を打ち負かす気がないことだが。


 でもこれは賭けだ。賭けは意外性がある方が面白いだろ?


 なるほど、と感心する先輩ふたりをよそに、カミルはにこやかな表情で戦いを見守っていた。

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