表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/97

23.彼の大切

ジークフリート視点

 ジオンの言葉に、ジークフリートは反芻した。特に愛という言葉を。


 ブリジッタの穏やかな笑みを思い浮かべ、ゆっくりと首を振った。


「それは……逆です。彼女を真剣に愛していなかったからこそ、巻き込んだ自分に責任がある」

「……ストリウム家の事件、か……」


 ジオンはたてがみのような髪を掻き回した。

 所々白いものが見える。この人も老けたな、とジークフリートは思った。


「犠牲者は当時のストリウム男爵夫人と御者。唯一の生存者は3歳のアルティーティ嬢ひとり。その彼女も病で表には出られない、か……難儀だな」

「……話を聞けたところで覚えていない可能性の方が高いでしょうね。覚えていたとして、辛い記憶を掘り起こすことになる。無理はさせたくない」


 アルティーティは覚えていない。少なくとも片羽の蝶のことは確実に。母親を襲った男たちが身につけていたとは知らないはずだ。


 馬車で見せた時も、もっと言えば彼女がそれを拾った時からも動揺が見られなかった。知っていれば何かしらの反応を見せただろう。それがないのは、彼女がネックレスの存在を知らなかったことの証左だ。


 故に、いま彼女に話を聞いても混乱させるだけになる。ジークフリートはそう確信していた。


 しかし、アルティーティの件を知らないジオンは大きな目をこれでもかと見開いた。


「珍しく殊勝だな。お前のことだから否が応でも聞き出すものかと」

「彼女は唯一の生き残りですから……大切にしたいのです」

「ほう……」


 ジオンはすぅ、と目を細めてジークフリートを見る。なにかを推し量るような、それでいて少し嬉しそうな視線だ。


 ジークフリートは居心地が悪そうに肩をすくめた。


「ま、辞めそうなお前を引き留めるために、遊撃部隊を作ったオレも似たようなもんか」


 壁から背を離すと、ジオンはボタンがはち切れそうな胸を張って豪快に笑いかけた。困ったように笑うジークフリートに、ジオンの笑い声は高くなる。


 ブリジッタを失ったジークフリートは、騎士団を辞めようとした。退団後は、ひとりで片羽の蝶のネックレスについて調べるつもりだった。もう誰も巻き込みたくない、そんな思いでいっぱいだった。


 ジオンどころかカミルにも退団の件は相談していなかったが、彼らにはそんな空気が伝わっていたらしい。


 ある日、ジオンに呼ばれた。


『遊撃部隊を作った。なんでもやる、なんでもできる、団長(オレ)直属の部隊だ。そこの隊長、お前やるか?』


 ジオンの口調は軽かったが、視線に宿る緊張感がその質問の重さを物語っていた。


 ああ、この人は全部知ってる。やりたいことも、やろうとしていることも。全部分かってて、それでもここにとどめようとしてくれている。


 ジークフリートはうなずき、隊長になった。そこからずっと、見えない蝶の影を追っている。


「感謝はしています……が、部下がなかなか曲者揃いで日々苦労してますよ」

「上に立つもんはそういうもんだ。そういえば、新人はどうだ?」


 ジオンの問いに、ジークフリートは一瞬考えた。


 アルティーティ──もとい、アルトとヴィクターは正反対だ。一方は弓しかできない弓のエキスパート。もう一方はおおよその武器を使いこなせるオールラウンダー。


 どうだ、と問われれば、弓騎士(アルティーティ)は使いにくいし、ヴィクターは器用貧乏なところが難点だ。


 だが、性格はふたりとも似ていると感じていた。簡単に言えば、ふたりともクセが強い。


「……まだ荒いですが磨けば即戦力になるかと」

「そうか、ならよかった。奴らなかなか面白いからな。特に……アルト」


 名指しで出されたアルティーティの仮の名に、ジークフリートはどきりとした。灼熱の瞳が若干揺れたが、ジオンはそれに気づくことなく話を続ける。


「あれはお前の生き写しだな。昔のお前そっくりで可愛げがあるだろ」

「よしてください。可愛げとか」


 動揺を隠すように、苦笑いで答える。


 可愛くないわけではない。ただ彼女が女性だということが、自分の反応からバレたらまずい。ジークフリートは、アルティーティに見せる時のように眉間にしわを寄せた。


「剣が使えりゃほぼお前だ。まぁ、本当は剣術もできるっちゃーできるらしいが、実践が無理だとかなんとか」

「……? ならば訓練させればいいのでは」

「訓練じゃあどうにもならないこともある。ま、弓が使えるなら十分だろ」


 誤魔化すようなジオンの言葉に、ジークフリートは首をかしげ──ひとつの可能性に思い当たり、はっと顔を上げた。


(そうか。だからか。弓騎士なのは……)


 納得しかけた彼にもうひとつ、別の疑問が湧き上がる。


「……ジオン団長はなぜ俺に……」


 彼女を任せたのですか?


 そう口に出しかけ、やめた。

 こういう時に返ってくる言葉は大概これだ。『面白そうだったから』。


 実際──当事者のジークフリートにとっては面白くないが──かなり面白いことになっている。


 まさか口止めで契約結婚や過去に因縁がある関係だった、なんてことになってるとはジオンも想像がついていないだろうが。


(狙ってやるほど()()()()ではないだろうしな……この質問は藪蛇だ。やめておこう)


 ジークフリートは首を振り、席を立った。


「……いや、なんでもありません。隊員を待たせておりますので失礼いたします」

「おう、そういや稽古中か。邪魔したな。進展があればまた来てくれ」


 丁寧に扉を閉めて出ていく彼を、ジオンは変わらぬ豪快な笑みで見送る。


「大切、ね……いい起爆剤にでもなりゃ御の字だわ」


 ため息混じりにつぶやくと、頭を雑に掻き回した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ