21.嫌な笑み
「おい」
突然背後から声をかけられた。
反射的に振り向くと、いつの間にかそこにヴィクターが立っていた。
どうやら随分長い間、もの思いに耽ってしまっていたらしい。
彼の手には無骨な木剣が二振り収まっている。そのうちの一振りを放り投げてきた。嫌がらせにしては緩やかなカーブを描いて、木剣はアルティーティに向かって飛んでいく。
アルティーティは意味もわからず慌てて受け取った。ずしり、とした重みに思わず落としかける。
「おいおい、木剣も持てねぇのかよ。弓しかできねぇ奴はひ弱だな」
ヴィクターはバカにしたようにニヤニヤ薄笑いを浮かべた。
アルティーティに投げてよこした木剣と、同じものを片手で軽々と扱っている。身長のせいか、同じ木剣だと思えないくらい小さく見える。
嫌な予感がする。
昔から、こういう笑い方をする人に関わると碌なことがない。継母しかり、妹しかり、ヴィクターしかり、だ。
しかし継母や妹のときは逃げ場はなかったが、今はいくらでも逃げられる。が、そうはさせてくれなさそうな殺気立つ空気を彼から感じた。
足にもそれなりに自信はあるが、変に騒がれてこちらのせいにされても困る。隊員はいるが、皆の表情を見るに誰も止めてくれなさそうだ。
こんな時に限ってジークフリートは上官に呼ばれ留守で、カミルに至っては学校の引率の教師と打ち合わせがあるとかで席を外している。
ここは穏便に立ち去りたかった。
アルティーティは木剣を地面に突き立て、立ち上がった。
「ええと……なに?」
「騎士といえば剣だろ。弓なんてぬるい武器しか使えねぇやつにオレが教えてやろうと思ってな」
そう言って、彼は木剣を構えた。遠くの方で「にいちゃんがんばれー!」なんて無邪気な声が聞こえてくる。
事情は想像がつく。おそらくだが、弟たちにいいところ見せたい。確実に格下だろうと踏んだのがアルティーティだった、そんなところだ。
(え、嫌なんだけど)
突き立てた木剣から手を離す。やる気はない、と意思表示をしたつもりだ。
しかし彼は小さく舌打ちをした程度で、構えを解く気配はない。
「……ボクは教えてくれ、なんて頼んでないな。人違いじゃないか?」
「うるせぇな。さっさと構えろ。まさか逃げるわけがねぇよな」
「やらないよ。剣は向いてないんだ。練習相手なら他を当たってほしい」
両手を上げて首を振る。正直これで手を引いて欲しかった。まさか無抵抗の人間に剣を向けてくることはないだろう。そんなことをしたら騎士道精神に反する。
──と思っていたのだが。
(ちょっ……!?)
そんなことはお構いなし。あろうことか彼は手にした木剣を振りかぶってきた。
すんでのところで身体をひねって避ける。空を薙いだ木剣は、派手な音と共に地面に深く突き刺さった。
(あ……ぶなっ。あんなの受けたら怪我じゃ済まない……っ)
ヴィクターはそれをゆっくり引き抜き、再び構えた。獣のような獰猛な瞳に、アルティーティは顔を引きつらせる。
本気だ。本気で襲いかかってきてる。
「にいちゃん、いけいけー!」
「そんなちっちゃい人早くやっつけちゃえ!」
弟たちは声を張り上げてヴィクターを応援している。
「……少しは動けんじゃねーか。じゃあこれはどうかな……っ!?」
「だから、やめろって……!」
抗議の声むなしく、アルティーティは繰り出される剣をただひたすら避けるしかなかった。




