15.この話題、地雷ですか?
表情を緩ませたアルティーティに、トーマスは優しく語りかける。
「何か言われたところで大したことないんだよ。言いたい奴には言わせておけばいいんだから」
「そうですわ。魔女信仰もかなり前にすたれてますし、魔術師も今は男女問わずたくさんいますもの。ほら、ジークも何か言ってあげて」
アルティーティは上目遣いにジークフリートを見つめる。ミレーラに急かされた彼は、目が合うといつも以上に眉間の皺を深くさせた。
誰がどう見ても不機嫌そうだが、彼の両親は何故かその表情は微笑ましいようで、笑顔で見守っている。かわいくてかわいくて仕方がない、といった様子だ。
アルティーティはハラハラしながら、ジークフリートの言葉を待った。
「正直なところはおま……アルティーティの美徳だ。そのままでいろ」
素直すぎるきらいはあるが、とため息混じりに付け加える。
(た……隊長に初めて褒められた……)
アルティーティは驚いた。もっと抵抗する、または拒否すると思っていたのだ。
それが意外にもストレートな褒め言葉。
無理矢理捻り出した上での言葉だろうが、それでも嬉しい。普段厳しいからか、なおさら口元が緩む。
「……ありがとうございます……」
「ああ」
そっけなく視線を背けた彼は、ぞんざいな態度で腕を組んだ。口をキュッと締め、もうこれ以上は何も言うまいといった様子だ。
そんな彼に、トーマスがいたずらっぽく笑いかける。
「さて、ジーク。今度はお前の番だ。アルティーティさんのどこが好きなんだ?」
「……俺はもう何も言いませんよ」
「いいや。これまでずっと何を言っても婚約しない、騎士一筋で生きていくと言っていたお前がいきなり結婚相手を連れてきたんだぞ。是非とも聞きたいね」
興味津々に迫るトーマスに、ジークフリートはやや狼狽しつつ首を振った。
(隊長、頑固だなぁ。って、そりゃ言うわけにもいかないか。実は会って3日で大して好きでもないし、相手のことを知りもしないって)
アルティーティは肩をすくめた。そして気づく。自分も、そこまで彼のことを知っているわけではないということに。
知っていることといえば、部下に信頼されている隊長で、厳しくて、冷静で、顔が整ってるけど怒ると怖いことくらいだ。
同じ部屋で生活していても、いつ寝てるのか起きてるのかすら知らない。お互いに興味がない、というより、まったく隙がないために知ることができない。
だからほんの少し、いたずら心──もとい、興味がわいた。どんな人でどんな過去があるのか。
アルティーティはふと、浮かんだ疑問を口にしてしまった。
「婚約者、ずっといなかったんですか?」
「いいえ、いることにはいたのよ。でも」
「母上」
咎めるような低い声色が、ミレーラの言葉を遮る。いつもの彼の声より、大きく強く響いたことからもわかる。明らかに怒っている。
喋り出しが滑らかだったミレーラも、言葉を飲み込むように小さくなった。
アルティーティは横に座る彼を盗み見た。責めるようにミレーラを見つめる赤眼にいつもの冷静な光はなく、眉は下がり、唇がかすかに震えている。
まただ。馬車の中で「ジーク様」と呼んだ時に見せたあの、切なさと苦々しさを必死に飲み込もうとしているような表情だ。
あの時は単に、急に馴れ馴れしく呼ばれて多少苛立ったのだろうと思っていた。
しかし、もしかしたら元婚約者にそう呼ばれていたのかもしれない。
(もしかして、元婚約者さんの話ってタブーだったりする……?)
何も言えない3人を前に、ジークフリートは気まずそうに視線を逸らした。
「……アルティーティの前で他の女性の話は失礼です」
「……そうね、ごめんなさい。アルティーティさん」
「いえ、わたしも不躾に聞いてしまってすみませ……申し訳ございません」
場の空気が重いからか、声がうわずる。少し言葉を間違えてしまったが、それを誰も指摘できるような雰囲気ではない。曖昧に微笑み合うだけだ。
(き、気まずい……)
自分から出した話題で、まさかここまで空気が凍りつくとは思ってもみなかった。
アルティーティは内心大慌てで、なんとか場を和ませようと別の話題を考える。
(ええと……こういう時ってなんの話がいいんだっけ? 天気? いやさっきそんな話したわ。師匠だったらどうするっけ……いや、あの人基本あまり喋らない人だから参考にならない……!)
あれやこれやと考えを巡らせるが、いいアイディアはまったく浮かばない。
幼い頃から人間関係を築く機会を奪われていたせいか、対人関係はまるでダメだ。こんなどんよりとした空気をどうにかできる気がしない。
とはいえ、このひどい空気は自分の失言が発端だ。自分がなんとかしなければ、と出会って3日なりのジークフリートの情報を必死に引き出していく。
なにか、なにか言わなければ──。
「そ、そういえばジーク様は三男でありますよねっ! お兄様方はどんな方なのですかっ?!」
振り絞った声は素っ頓狂なほど裏返り、アルティーティは恥ずかしさで目をつむった。
ただ、このいたたまれない空気が早く変わって欲しい。その一心だ。
渾身の質問の意図が伝わったのか、トーマスがほっと息を吐く。
「ああ……長兄のルーカスは今の当主だよ」
「……あれ? お父様がご当主ではないのですか?」
トーマスの答えに首をかしげた。
貴族は家族の年長男子が当主となる。ストリウム家にいた頃は、父親が当主だった。
当然、リブラック家もそうだと思っていたのだが。
アルティーティの思案顔に、トーマスは軽く笑って答えた。
「ああ、元気なうちに世代交代しておこうと思ってね。気楽なもんだよ」
「今日は緊急の当主会議で外しているの。ルーカスもこの結婚には最初から賛成だから、あまり気にしなくていいわ」
「は、はぁ……」
(ついさっきまでお兄さんたちの存在を忘れてた、なんて言えない……)
曖昧にあいづちをうつ彼女に、トーマスは続ける。
「2番目のクレインは自由人でね。はやくに家を出て、今は冒険者をしているかな」
「たまに帰ってくるから、その時はアルティーティさんも是非会ってやってくださいね」
「は、はい。是非」
トーマスとミレーラが柔らかく微笑む。
よかった、なんとか元の空気に戻りそうだ。
未だ一言も喋らず、眉間にくっきりとしわを寄せた彼が気になっていたが、アルティーティは内心ホッと胸を撫で下ろした。




