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13.リブラック侯爵家にて

 リブラック侯爵家は古くから続く名家の一つだ。


 アルティーティは知らなかったのだが、遠い昔、異民族に攻め込まれた際に当時のリブラック家当主が話し合いだけで追い返したという逸話があるという。


 ジークフリートの先祖らしく、さぞかし冷静で交渉術に長けた人物だったのだろう。

 そしてそれはきっと、ジークフリートの両親もそうに違いない。


 玄関には豪華なシャンデリアがぶら下がり、長く伸びた廊下はチリひとつない。通された応接間は、画家に描かせたのであろう肖像画や高そうな壺がそこかしこに鎮座している。

 もうここが名家だということは疑いようもない。


(絶対バレる。反対される)


 アルティーティは戦々恐々としていた……のだが。


「まさかこんなに可愛らしいお嬢さんがジークと結婚してくれるなんて! なあ、ミレーラ」

「あらトーマスったら。可愛い、なんて言ったらジークが嫉妬してしまいますわ」

「ははは、それもそうか。あ、この紅茶はうちの領地で採れた茶葉なんだ。おいしいよ?」

「甘いものはお好きかしら? こちらのクッキーもおすすめですわ」


 開口一番、ジークフリートの両親──トーマスとミレーラのはしゃぎ様にアルティーティは面食らった。


 ふたりとも60歳手前、と言ったところか。

 赤眼に白髪、白髭を口にたくわえたこざっぱりとした風体のトーマスと、赤いドレスに陽気のように明るい肩までの赤髪のミレーラ。


 そのふたりが、終始ニコニコとアルティーティに話しかけてきている。

 このテンションの高さ、そして契約結婚とは無縁そうなラブラブっぷり。


 とてもジークフリートの両親とは思えない。


(……ホントに隊長の両親? いや、息子が結婚相手連れてきたから騒いでるだけで、実はいつもはこうじゃない、とか……?)


 困惑気味に隣に座るジークフリートに視線を送る。


 彼は目の前で繰り広げられる両親のやりとりに涼しい顔で見ていた。どうやらこれが平常時の両親のようだ。


(……なんとかなるって言ってた意味がなんとなくわかった。確かになんとかなりそう)


 アルティーティは内心ほっと胸をなでおろした。

 心が軽くなったからか、自然と会話が弾む。


「あ、ホントだ美味しい」


 すすめられたクッキーを頬張ると、ミレーラが「でしょう? たくさんあるから食べてくれると嬉しいわ」と上品に微笑んだ。

 目尻にいくらか皺があるものの、顔立ちはジークフリートに似ている。


 髪色といい、母親似なのだろう。こんなほがらかな笑みの彼は見たことないが。


(なんでこんな感じのいい両親から感じの悪い隊長が育ったのか……)


 ちらり、と彼に目をやる。

 好奇の目を向けるアルティーティの考えていることを理解したのだろう。彼はややうんざりしたように小さくため息をついた。


 それからしばらく思い出話に花が咲いた。


 といっても、喋っているのはほとんどトーマスとミレーラだけで、アルティーティは相槌、ジークフリートに至ってはたまにうなずく程度だ。それでも、両親の話ぶりからジークフリートがずっとお見合いを拒否していたことが分かった。


(そりゃこれだけ喜ばれるはずだわ)


 このままずっと独り身かとヤキモキしていた両親からしたら、息子が突然結婚相手を連れてきたのだから。


 ふたりはジークフリートに対してかなりの親バカ、もとい溺愛っぷりだ。大切に育てられただろうことがアルティーティにもわかる。


 早くに家を出された彼女は、家族というものは本来こういうものなのだろうな、とほんの少しの寂しさを感じた。


 ともあれ、なごやかな雰囲気で時は過ぎていき──。


「ね、アルティーティさんはジークのどこが気に入ったの?」


 ミレーラからの唐突な質問に、カップを手にしていたアルティーティはそれを落としそうになる。


(しまった)


 髪の短さに気を取られすぎて、こういった質問の類に対する答えを考えるのを忘れていた。


 そもそも、幼い頃から人付き合いを断たれていた彼女は色恋に疎い。人間関係すら危ういところがある。

 そんな彼女に、出会ってたった3日、しかもあまりよく思っていない男の良さを見出すのは、かなり難しいことだった。


(隊長のいいところ、なんとかして絞り出さなければ)


「え……?! えっと……それは……的確で端的な罵倒」


 つい正直に出かけた言葉を遮るよう、ジークフリートは大げさに咳払いをした。


「……じゃなくて、励ましをくれるところですかね……」


 なんとか取り繕って作り笑いを浮かべる。


(これは帰ったら説教かな)


 ジークフリートの不穏な気配に冷や汗を流していると、ミレーラが「あらまぁ」と目を丸くした。


「ジークがそんなことを?」

「ええ、それはもう、毎日」


 嫌というほどの叱咤激励で、と内心付け加える。


 彼女の考えていることがわかったのか、それともミレーラの反応が気恥ずかしかったのか。

 ジークフリートはわずらわしそうにしかめっ面を作った。


「あらあら、お熱いのねぇ」

「母上、もういいですって」


 ため息混じりの彼の抗議に、ミレーラはクスクスと上品に笑う。


「あら、照れちゃって。ジークは可愛いわ。もちろんアルティーティさんもだけど。ねぇ、トーマス」

「そうだな。改めてお礼を言うよ。うちの息子と婚約してくれてありがとう」

「いえ、その、でも……わたし……」


 アルティーティは口ごもった。


 にこやかに礼を述べる彼らに対し、後ろめたく感じたのだ。


 彼女がストリウム家から追放された身であることと、騎士であること──そしてもうひとつ秘密にしていることがあること。

 なにより、ジークフリートの婚約を心から喜んでいると分かるからこそ、よりアルティーティの良心がうずいた。


 男爵令嬢であることはジークフリートが証明してくれている。バレたとしても、そこは嘘ではない。


 それに病弱設定のおかげで、彼らと顔を合わせる機会が持てない。騎士の職に就いていても、戦地で果てたとしても誤魔化しやすいだろう。


 しかし、外見からわかる秘密など、バレるのは時間の問題だ。


(()()()()()()()()()()()())


 アルティーティは腹を括り、ジークフリートに見せた時のように前髪を上げた。

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