11.彼は知っていた
ジークフリート視点
迷いなくうなずくアルティーティに、ジークフリートは内心驚いていた。
男社会に単身乗り込んでくる思い切りの良さはある。
そう思ってはいたが、一度決めたことに対してこうもすっぱり気持ちを切り替えられるとは。
というか信じる、とはなんだ? 出会って3日の男だぞ? いくら上官とはいえそう簡単に信じてはいけないのでは……?
(ますます目を離したらいかんな)
「……ご両親にはわたしのことはなんて説明を?」
彼の心のうちを知らないアルティーティは、真面目な顔で聞いてきた。任務の一環、とでも思っている様子だ。
言いたいことは全部飲み込み、ジークフリートは彼女に応じるように腕を組んだ。
「ストリウム男爵家の長女、任務中に親しくなりプロポーズした、とだけだ」
「騎士であることは?」
「言えるはずがないだろ。そもそもアルティーティは病弱で、外にすら出られない令嬢だと有名だ。大して説明もいらんだろ」
「はぁ……そういうもんですか」
「そういうもんだ。髪が短いのも治療で切る必要があったとか言っておけばいい」
アルティーティは曖昧にうなずいた。
──3歳にして暴漢に襲われ母親を失った悲劇の少女。
ストリウム家の離れに長らく幽閉されていた彼女は知らなかっただろうが、社交界では有名な話だった。
人の口に戸は建てられないとは良く言ったものだ。当時、少女が母親の遺体に縋り付いて離れなかったとか、彼女の母が名家の分家筋だという噂まで出回った。
ほとんどが出どころ不明で、刺激の少ない社交界で誰かが面白おかしく騒ぎ立てたものだったのだろう。
幽閉されていた期間、あの好奇の目に晒されなかったのは不幸中の幸いともいえる。
しかしジークフリートはそれを良しとしなかった。
(腹立たしい。実父は継母たちの横暴を見逃していたのか)
ジークフリートの赤い眉が寄せられ、険しい表情が浮かぶ。
幽閉されていた期間は4歳からの4年。彼女の母が事故で亡くなってからだ。
最初は『事故の怪我が治るまで』と言われ、『妹が生まれてお継母さんが参っているから』、『悪い病気が流行っているから』と外に出るのを先延ばしにされたそうだ。
さすがに勘の悪い彼女でも、何年も塔の一室から出られなければ察しもつく。
まだ右も左も分からない幼い子どもを、嘘を並べて幽閉するなど狂っているとしか言いようがない。
彼女から事情を聞いた時、義憤に駆られたジークフリートは目の前が真っ赤になった。
同時に情けなくも思った。
彼女の状態が気になっていた当時、何度もストリウム家の前を通っては姿を確認しようとしていたのだ。
本宅とは別に古ぼけた塔が建っていたことは覚えている。しかし、まさかそちらに彼女がいるとは思いもしなかった。
(何もできなかった……そんなことにはもう、させない)
ジークフリートは拳を握りしめると、赤眼をアルティーティに向けた。
年頃の少女よりも線が細く、中性的な顔立ちがより、彼女の危うさを感じさせる。
一方で、アルティーティもまた思うところがあったようだ。何かに気づいたように「あ」と短く声を上げると、薄く紅を引いた口から疑問をこぼす。
「そういえば、隊長はなんで、わたしの話を信じてくれたんですか? わたしがアルティーティだって。ニセモノかもしれないのに」
鼻先までの前髪のせいで、アルティーティは気づかない。その何気ない問いに、ジークフリートの眉がかすかに上がったことに。
軟禁前のアルティーティは、リブラック家どころかほとんどの貴族と交流していない。
というよりも貴族令嬢の社交界デビューが9歳からのため、そのくらいの子供はごく親しい貴族としか会わない。
交流があったとしても、7年前に失踪した少女だ。ほとんどのものが顔など覚えていないだろう。
ストリウム家の人間であったと証明しようにも、彼女は何も持っていないという。着の身着のままで追放されたからだ。
ではなぜ彼女が、アルティーティ・ストリウムその人だと彼は簡単に信じたのか。
──知っていたから、なんて言えるわけがない。ここは適当に切り抜けるべきだ。
「……それは……」
ガタンッ
彼が口を開きかけたその時、馬車が大きく揺れた。
悲鳴を上げかけ、アルティーティは咄嗟に口を閉じた。
しかし大きな縦揺れで、前のめりだった彼女の身体は座席から投げ出されるように前につんのめる──ちょうど、ジークフリートの席の肘掛け目掛けて。
(危ないっ……!)




