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10.彼の思い

ジークフリート視点

 アルティーティは、口をパクパクさせながら分かりやすくうろたえていた。

 所々「任務は? さっきのは?」と聞こえてくるあたり、どうやらひったくりを捕らえたことを任務だと勘違いしていたようだ。


(あれは完全に偶然だったんだがな……)


 ジークフリートは頬を軽く掻いた。


 街中のひったくりを捕まえる任務など、騎士にはない。


 本来、衛兵や自警団がそうした犯罪を取り締まり、騎士は主に他国や魔物との戦闘に従事する。


 国を守るためという本分に従って、ひったくりに襲われそうな子供を救ってもよし。来るべき戦いに力を温存するために、その場を立ち去ってもよし、だ。

 そのあたりは騎士個人の裁量に任されている。


 今回はたまたま居合わせたついでのようなものだ。もっと言えば、先に飛び出したアルティーティを守るためだった。


(まったく……誰に似た、いや、誰に似ようとしてるのか……)


 心当たりがありすぎるジークフリートは、苦々しいため息をついた。


 そもそもドレス姿で寮に帰れるわけがない。そんなことをすれば彼女が女だとバレる。


「た、たたた、隊長のご実家では……!?」

「そうだ。これから両親に挨拶に行く」


 あっさりと言い放つジークフリート。むしろ『お前は今更何を言ってるんだ』とばかりに呆れた視線を彼女に向ける。


 あわあわと馬車の中で右往左往するアルティーティの様子に、うっかり吹き出しそうになったジークフリートは笑うまいと眉間に皺を寄せた。


 こんなに感情豊かで思っていることが分かりやすいタイプの女性は、彼の周りにはいなかった。


 元婚約者は穏やかで感情の起伏があるわけではなかったし、その後に出会った女性たちは皆、美しく笑いながらも腹の底で何か仄暗いものを抱えていそうに見えた。


 第一、家から追い出されて男性として騎士になろうという女だ。その発想からして数ある貴族令嬢たちとは全く違う。変人としか言いようがない。


(色々な意味で目が離せないな)


 ちょっと目を離せばすぐに走り出す。さっきもそうだった。目の前の困った人を見捨てられない。

 それが彼女の美徳でもあり、悩ましい点でもある。騎士としてはしごき甲斐があるともいう。


 内心苦笑するジークフリートに、アルティーティは青い顔で言った。


「ああああいさつ……っ?! 待ってください心の準備が」

「今日しか同じ休みが取れなかったからしかたないだろ」


 慌てる彼女を尻目に、「それに、どうせいつかは挨拶するんだ。早い方がいいだろ」とこともなげに付け加える。


 多少冷たく思われてもいい。それくらいの距離感の方が、彼女も気負わなくてすむだろう。彼はそう考えていた。


(俺たちは契約結婚なのだから)


 彼女の着替えを図らずも見てしまったあの日、本当は叩き出すつもりだった。


 実力主義であり権威も絡む男社会の中で、女性が男として生きていくのは難しすぎるためだ。


 しかし、その見覚えのある黒髪と、12年前に出会った幼女と同い年ということに、ほんの少しだけ期待をした。


 もしかしたら、今度こそ彼女(アルティーティ)を守れるのではないか──。


 事情を聞いたら案の定、本人だったわけだが、どうもジークフリートのことを覚えているわけではなさそうだ。


 覚えていたら彼との契約を了承するわけがないだろう。彼は母親の死に関わった人間なのだから。むしろ母親が亡くなったことも思い出したくないように見えた。


 継母やその娘からの虐待や追放、彼女の苦難はすべて母親の死から続いているものだから、当然と言えば当然だろう。


 身の上を語るアルティーティを前に、ジークフリートは考えを巡らせた。


 このまま追い出すわけにはいかない。そんなことをすれば今度こそ彼女はあずかり知らないところで死ぬ。

 しかし、彼女にあの時の騎士だと気付かれるわけにはいかない。


 ならば彼女を穏便に保護するためには──。


 そう思ってようやく口に出たのが『契約結婚』だった。


 配偶者ともなれば彼女を保護する権利を得られる。そばにいる大義名分ができる。危険だと判断すれば、騎士を辞めさせることもできるだろう。


 これは恋でも愛でもない。子供を守るのは、騎士としての義務だ。


『女性や子供、力ないものを助けるのは騎士の務めです。目の前で困っている人がいたら放っておけません』


 アルティーティの言葉が浮かぶ。


 どこのどいつだ、いたいけな子供にそんな立派な騎士道説いたのは。ジークフリートは思わず頭を抱えた。


 彼女の、他の女性にはない気持ちいいほどの思い切りの良さは好ましい。それは認める。

 

 しかし、彼女はあくまで部下で、守る対象でもある。あの時救えなかった分も、追放されて天涯孤独となった彼女を守るために身を捧げる。

 

 そのための契約であって、情を交わすための結婚ではない。


 ではない、のだが……。


「か……カツラ……そう! カツラ! せめて長い髪のカツラつけるとか、もう少し女っぽくしておかないと絶対反対されますって!」

「カツラなんぞいらんだろ」

「いりますって! 今のままだと男がドレス着てるみたいで絶対変です! っていうかバレちゃいますって!」


 せめて見た目を普通の女性に見えるように、とまくし立てるように力説される。本人には悪いが、突飛な発想とそれを大真面目に話す姿が可笑しくて笑ってしまいそうになる。

 元々、彼女は人に好かれるタイプなのかもしれない。


(困らせたままは良くないか)


 契約結婚とはいえ、実際結婚するならば周囲への挨拶は済ませるべきだろう。


 色々と予定を調整した結果、彼女には事後報告になってしまった。説明不足ではあった。


「事前に言っておかなかった俺のミスだ。悪かった」


 短いながらも謝罪の言葉を述べる。


 すると、あれだけ長々と力説していたアルティーティの口が、ぴたりと止まった。何か言いたそうにモゴモゴしたかと思えば、今度はワナワナと震え出す


「た……隊長が……謝った……?」

「何言ってんだ。俺だって悪いと思ったら謝るくらいする」


 ジークフリートは脱力した。


(一体俺を何だと……まぁ、怖がらせていたのは否めないか)


 もしこれが他の隊員だったら大目玉をくらわせるところだが、ここ3日の訓練でアルティーティが打たれ強いこともそれしきでヘコまないことも分かっている。


 いま怒らないのは決して、決して特別扱いではない……はずだ。


 それより今は、カツラ云々について不安を消す方が先だ。


 ジークフリートから見て、アルティーティの容姿に変なところは見受けられない。

 少し髪が短いくらいだが、そんな女性は他にもいる。彼の屋敷のメイドなど、半数は肩より上の長さだ。貴族令嬢では少数派だが、いないことはない。

 短髪だからといって男装の騎士であるとはバレることはないと言っていい。


「なぜそんなに髪の長さを気にするんだ? 俺はそのままがいいと思うぞ」


 疑問が口をついて出た。


 ついでに余計な本音も出てしまったのだが、ジークフリートはそれに気づかない。アルティーティの頬が赤く染まったことすら、長い前髪でわからなかった。


「だって……女らしくないですし、それに契約が……」

「契約? ……ああ、なるほどな」


 モジモジするアルティーティの言葉に合点がいった。


 要するに、普通に結婚を反対されることを恐れたというわけだ。


 反対されて結婚が無しになれば、契約の条件として挙げた『女性であることを黙っていること』が履行されない。そうなると彼女は騎士団から追放される。


 結婚できなくとも、ジークフリートは彼女の正体をバラすつもりは一切ない。もちろん、もう一つの秘密についてもだ。

 存外、彼女はそちらの方がバレたらまずいと感じているのかもしれない。


「大丈夫だ。反対はされない」

「うう……絶対ですか……?」


 きっと上目遣いにこちらを見つめているのだろう。アルティーティの小さな顎が引かれ、さらに小さく見える。

 本気で弱っているのか、いつもより高く小さい声だ。


 大胆な割に妙なところで気弱だ。ジークフリートは、うっかり緩みそうになる眉間に力を込める。


(この契約もお前を守るためだ。じゃなきゃお前の気持ちを無視した、脅迫まがいの強制的な結婚なんてしない)


 そう言いたくなる気持ちを、一体何度こらえただろうか。その度に眉間の皺が深くなる。不機嫌に思われるだろうが、こればかりは仕方がない。


「俺の両親はなんというか、()()()()()()()じゃない。()()()()だったら言っても言わなくてもいい。お前の好きにしろ」


 皺を誤魔化すように早口にまくし立て、ジークフリートは窓の外に視線を移した。


 馬車の外から見たら普通の恋人同士に見えるのだろう。たまに指差す子供や、目で追い続ける若者を視界の端に捉える。


 実際はカツラだのバレるだのバレないだの、甘くも何ともない話を延々としているだけなのだが。


 深く刻まれた眉間の皺をなでる。

 いっそのことこちらの秘密も白状してしまえれば、この皺はなくなるのだろう。こんな回りくどいこともしなくて済む。


 ジークフリートは首を軽く振った。やめよう。自分が楽したいがために、他人の一番辛い記憶を掘り起こさせるわけにはいかない。


 もう決めたのだ。彼女を密かに守ろうと。


 彼が決意を固め振り向いた時、アルティーティもまた決心がついたのだろう。


「わかりました。隊長を信じます」


 彼女は大きくうなずいた。

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