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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

湯煙霧杳-ゆけむりむよう-いざない編- ~シスコンの俺は姉さんがいるとキツいので、いとこの家に逃げようと思うんだが~

作者: 高口 爛燦

旧題-霧杳~むよう~


「・・・・・・・・・」

 俺は高台の公園になっているベンチに座り、眼下に見える夜の駅を見下ろしていた。急ぎ足で行き交う人、ライトの光線を残像に行き交う車。そしてときおり、階段を登り、俺が座っているベンチのすぐ脇を通っていくスーツ姿のサラリーマンらしき人がいる。

 それはその人にとっては普通の行為であり、俺のことは見向きもされない。これがこの大都会の常識だ。

「―――」

 家には帰りたくなかった。

 折り畳み式の真ん中に親指を差し込み、パチンっ、パカッと携帯電話を開く。画面は真っ黒、、、当然だ携帯電話の電源を切っているんだから―――。

 電源を切った電話だから時間を見ることはできない。でも、今の時間はだいたい分かる、きっともうすぐ日付が変わる頃だろう。

 はぁ・・・っと、俺は折り畳んだ電話をポケットに仕舞いつつ、また溜息が出た。

「―――・・・」

 今、俺が座っている神社の古びたコンクリート製ベンチから眼下の駅へと続く急峻(きゅうしゅん)な階段が見える。

 もし、、、もしもだよ。今、俺が脚を踏み外し、ここからごろごろと急な階段を、一番下の道まで転げ落ちてたら、俺はどうなるんだろう? もし、そうなったら、俺は死んでしまうのかなぁ・・・。

「―――」

 くっ―――っ、俺は唇を一文字に結び、目をぎゅっとつぶった。

「・・・・・・」

 今もし自分が、この階段をごろごろと階下の道路まで転がり落ちて、大怪我を負って病院に運ばれたら、両親や姉さんは自分の元に駆けつけるかなぁ。いや、待て。こんな俺みたい出来損ないが、大怪我を負っても両親や姉さんはなんとも思われないかもしれない。

「くそ・・・っ―――」

 ―――俺って奴は・・・っ!! そんな、つまんないことを考えてしまえるほど、俺の心はすさんでいて、バカなやつで、かまってちゃんで、、、。だから、そんなことを考える自分にも嫌気がさしてくる。でも、考えてしまうんだ、俺。

「もし、俺がこのままずっと家に帰らなかったら―――、人知れず行方不明になったら―――」

 ―――そうすれば、両親や姉さんは俺のことをどう思うだろう。心配するかな?捜してくれるのかな? それとも放置?

「―――」

『倉橋がクラスで二位だって?マジか!!』

 まぐれだ。まぐれの点数だ。九十八点。これは俺のヤマ勘が当たったまぐれなのに、、、教室の誰かがそんなことを言っていたんだ。その倉橋というやつは俺のことだ。

「はぁ・・・・・・」

 俺の答案用紙九十八点。でも辛い。自分でも分かるぐらいに大袈裟な溜息を吐いた。今日は昼前に家を出て近くの図書館に籠っていた。そう教科書と参考書を自習室に持ち込んでの勉強と一息吐いて図書館で本を読んでいた。しかし二十時には図書館も閉まり、俺はその辺りにあったファーストフード店に入って二十一時半頃まで教科書と参考書を開いてずっと自習をしていたというわけだ。そして今ここの神社の公園だ。

 姉さん―――、、、。考えることは姉さんのことばかり・・・。俺と姉の由愛(ゆめ)は年齢の離れた普通の姉弟じゃない俺と同じ日に生まれた双子の姉だ。そんな俺の姉さんは由愛(ゆめ)という名前だ。

「まぐれ二位の俺と進学校主席の姉さんじゃあ・・・比べものにはならないって・・・―――」

 きっと今頃、両親と姉さんはもう寝ていることだろう。

 しばらく俺はぼうっと物思いに(ふけ)っていた、と思う。どれくらいぼうっと考えていたのか、は分からない。

 ひゅおぉぉ―――っ、

「―――!!」

 すると、そのとき五月にしては肌寒い一陣の風がヒューっと吹き、服を突き抜けるその寒い夜風が、俺を現実に戻してくれた。ふと我に返った俺はおもむろに視線を眼下の駅に向けた。

「・・・・・・」

 俺の目に人々の日常の一コマが見える。俺の住む街は一日中二十四時間昼も夜も眠らないような大きな街だ。でも、二十四時間眠らないといっても、すべての人がそうじゃない。駅舎の中から帰宅を急ぐ人々がぞろぞろと速足で出てきて、みんな早く家に帰りたいんだろうね。みんなが家路を急いでいるに違いない。小さく光る駅の時計の針はもう夜の二十三時を回っていた。


「―――」

 俺は尻をぱんぱんとはたいてベンチから腰を上げた。さすがに深夜になろうとしているのにこんなところにいたら、お巡りさんに補導されるかもしれない、と俺はしぶしぶ重い腰を上げたのだった。


 とぼとぼ、、、と家に着き、着いたところで―――、

「あれ?」

 鍵を取り出したところで自宅の家の扉の鍵がまだ閉まっていないことが分かった。

「ただいま・・・」

 そろりそろりっ、っと俺は慎重に、ゆっくりと家のドアを開く。それでそこから見渡せる奥の部屋にまだ灯りが点いていることが分かった。

 誰かまだ起きているのだろうか・・・幸い明日は日曜日で学校はない。だからこそ俺もあんな『冒険』ができたのだ。

「・・・・・・」

 俺は明かりの点いたリビングに寄らずにこそこそと若干の忍び足で自室まで帰った。


「ふぅ」

 自室に無事辿り着き、勉強道具が入ったカバンを降ろし、着ていた上着をハンガーにかけた。

「―――・・・」

 目の前に俺のベッド。そこを凝視するように見つめた。眠いから、もう今日は眠いんだ。俺は睡魔の誘惑に打ち勝てることができずにどさっとベッドにダイブした。

 ふかふかで気持ちいい。

「このまま寝ちまうか・・・」

 ゆっくりと瞼が重くなっていく。このまま寝たらもう一生起きなくなくていい―――なんて、そんなことをときどき夢想してしまうんだ。いわゆる俺は落ち零れだから。クラスでは上位にもなれない。学年では二十位以内すら入れない。俺は姉さんと違って出来損ないなんだ。だから、父さんの後を追うことすらかなわない。

 コンコンっ、っと。

「!!」

 そのときだったんだ。俺の部屋の扉が叩かれたのは。

(ゆう)?」

 若い女の声、姉さんが俺の名を呼ぶ声だ。つかつかつか、、、そうしてその『優秀な人』がまた勝手にずかずかと俺の部屋に上り込んでくる。

「―――」

 俺は背中を扉のほうに向け、視線を枕元に下げた。

「優。ねぇってば、ほんとは起きてるんでしょ?優」

 凛とした声。俺と違い意志がはっきりとした声だ。

「、、、」

 きっとまた俺を構いにきたんだ、姉さんは。姉さんは、きっと俺が落ち零れで出来損ないだから―――、だから俺を構いにくるに違いないんだ。でも、大きなお世話なんだよ、そんなのは。

「ねぇ、優―――」

 姉さんの声のトーンが下がり、その声は剣呑なものになった。

「―――しかも、携帯電話の電源まで切っていたんじゃないの? 優が夜遅くになっても帰ってこないからお父さんもお母さんも心配してたのよ?」

「・・・・・・」

 あ゛ぁもう―――。俺はすぅ、すぅと寝息を立てて寝たふり。言い返したら何倍にもなって返ってくる、だから俺は姉さんの説教を黙って受け流すんだ―――。

「優あなたね―――、私だって―――、・・・どれどけ、、、―――、・・・」

 くどくどくどくどくど―――。

 聞こえない聴こえない、、、聞きたくないよ、姉さんのそんな鬱陶しい小言。

「・・・」

 姉さんが、なにやら一人で小言を言っているようだったけど、俺は意識を鎖す。


「―――、―――、―――」

 くどくどくどくどくど―――、


 まだ言ってる。仕方ないか。

「・・・」

 俺は背を向けたまま、視線だけをそちらへ、姉の由愛(ゆめ)の気配を感じるほうに向けた。実際に姉さんの姿をこの視界に納めるわけじゃない。

「優。帰ってきて手は洗ったの?風呂には入ったの? ううん。きっとその服のままじゃ風呂にも入っていないわよね」

「・・・」

 俺はイヤイヤをするように、寝ころんだままの姿勢で首だけを左右に何回か振った。

「汚いじゃない、優」

「・・・別にいいだろ、明日は日曜日なんだし」

 ぽつりっ、っとついに俺は一言。

「―――、じゃあシャワーぐらいは浴びてきたら?」

「―――」

 姉さんの言葉はいつも的確で間違ったことは言わない。そして俺が勉強で分からないことがあって訊いてみても的確に教えてくれる、そんな人だ。

 でも今はなぜか今だけは妙に(わずら)わしかったんだ。俺は無視を決め込んでゆっくりと眼を閉じた。

「・・・はぁっ」

 姉さんは盛大にため息を吐いて踵を返す―――、よせばいいのについつい俺は。でも開いた俺の口は止まらない。

「あぁいいよな、由愛(ゆめ)は優秀でさ」

 そう俺の姉さん双子の姉の由愛(ゆめ)―――倉橋 由愛(ゆめ)は俺と違って有名な私学の学園に通っているんだ。そうこんな落ちこぼれの俺と違って。

「―――優が思っているほど優秀じゃないんだけどね、私は」

「はいはい、よく言うよ・・・」

 すぅっ、っと姉さんの息を吸う音が聞こえた。

「―――・・・でも拗ねて家族の食事をボイコットするような優とは違うわ」

 ッッツ―――。

「ッ!!」

 一瞬姉さんの言葉にカチンときて起き上がろうとした―――でもすぐにどーでもよくなって起き上がる気を俺はなくす。

「おやすみなさい、優」

 そんな俺に彼女由愛(ゆめ)はおやすみの挨拶を言い残して踵を返したんだ。


『おやすみなさい、優』―――と、悪口と文句ばかり垂れた俺なんかに、姉さんは優しい柔らかい声色で『おやすみなさい』の挨拶を言い残して、今度こそ俺の部屋から踵を返したんだ。

「―――っ」

 くっ―――、、、こういうときに俺は思ってしまうんだ。姉の由愛(ゆめ)に対して俺は人格や性格、人としての度量などで、大きく負けていると―――。もし、俺だったら感情を優先させてこんなことは言えない―――。

「・・・由愛(ゆめ)姉さん、、、」

 姉の由愛(ゆめ)はただ成績だけが優秀な人じゃない。俺の双子の姉の由愛(ゆめ)は、意志の強さを感じさせるその強い眼差しと異性が見ればハっとするような容姿端麗さ。弟の俺が言うのもなんだが、またスタイルもほどよくいい人物だ。

 ときどき姉さんはその自分の癖で、その長い黒髪をふわさっと両手で後ろへと、その腰まで伸びた長い髪を正すためにかき上げる。そのときに舞う長い黒髪とにおいがいつも俺の鼻を、、、そう何とも言えない―――好きや嫌いという感情じゃなくて、変な気持ちになる。

 よく周りの人や親戚から、俺は母さん似、姉さんの由愛(ゆめ)は父さん似だね、って言われる。父さんの若い頃の写真を見たことがある、すらッとしたイケメンだ。母さんのほうは、以前俺は、色褪せた若い頃の父さんと若い頃の母さんが一緒に映っている写真を見て、つり合いが取れている美男美女と―――。あ、いやいや、母さん似の『俺はイケメンだぜ』なんて言うつもりじゃないけれど―――。

 そんな互いに寄り添う若い頃の両親の写真を見たときのこと思い出して、そのときの俺自身が思った感情を、俺は思い出してむずがゆくなった。まぁ、俺みたいな顔立ちの男なんてどこにでもいるんじゃないのかな。俺は背格好も体重も平均的な男子高生だし。


 ベッドに寝転がったまま、まだ俺は動く気にはなれなかった。こうして惰眠を貪りながらぼうっと物思いに耽っている、、、それも・・・ま、いっか。心地いい、、、。

 っつ。でも、ほんとは―――、俺のほんとの気持ちは―――、俺は自分に嘘を吐けないよ。俺はそんなに器用じゃないし、・・・割り切れない。

「――――――」

 いやだ。もうこんなとこにいたくない。もうこんな息が詰まりそうなのはもう嫌なんだ。ここからいなくなりたいよ。そんなぐるぐると回る妄執のような考えに取りつかれて身体と頭は疲れているはずなのにあんまり眠気は感じなくなってしまっていた。

「?」

 そんなときにまたゆっくりと部屋の扉が開いていく。そこにいたのはさっきの由愛(ゆめ)

「―――」

 姉さ・・・由愛(ゆめ)は俺の机の上にコップとラップをかけた小皿を置いて足早に、そそくさと俺の部屋を出ていった。


「・・・・・・」

 姉さんが出ていってしばらく経ったあと、俺は気まずそうにベッドから起き上がってそこに、俺の机に向かった。確か姉さんが置いていったなにか、小皿が、あるはずなんだけど・・・。

「!!」

 あっ、あった。四つの三角形のおにぎりと、それとたくあんだ。それと付箋(ふせん)が一枚―――。

「っ」

 その付箋には姉さんの文字で『お母さんが握ってくれたの、ちゃんと食べてあげてね』と書き添えられたメモ書きも残されていた。

「―――」

 ごめん姉さん。()ねてしまって俺、という短い言葉は俺の喉元まで出かかったけど、それを口まで持ってくる勇気はなかった。

「っ、、、うぐ・・・っ、、、くっ―――、うぅ・・・っ」

 その姉さんが書いたメモを読んで居たたまれない気持ちになった俺は、机の電気だけを点けてラップを外してその塩気を含むおにぎりを口に含んでいく。

 その四つの三角おにぎりはどれも暖かくて、湯呑に入っていたお茶もまた暖かくて冷え切った俺の身体と心にじぃーんと拡がっていったのだった。俺は自分を恥じた。もう、こんなバカなことはもうやめよう、と俺は自分の心に誓った。それは日付が変わったばかりの五月十一日日曜日のことだった―――。



 だから、あれから俺は少しでも・・・双子の姉さんの由愛(ゆめ)との学力の差を縮めたくて、塾に通いながら家でもがむしゃらに机に向かうそんな日を送った。

「いなかの祖母ちゃんは塾のことを『別勉』って言ってたっけ・・・」

 そこで頑張ってやっとクラスで十位以内に入り始めた二年目の初夏のことだった。

「おいおい倉橋!?クラスで二位ってマジかよ、すげぇっ」

 教科担当から返ってきた俺の答案用紙を見たクラスの友人がそんなことを言った。

「うん、ありがとう。でも俺はまだまだだよ」

謙遜(けんそん)するなよ~」

 同じクラスの友人はバシバシと俺の肩を叩いたのだった。

「痛い、痛いってば」


 ―――内心、小躍りするほど嬉しかった、俺は。これで、少しは父さん、母さんに見せられる点を取ったと―――。


 その日、俺は父さんが帰ったら、いつでもみんなに見せられるように鞄の浅い場所に結果表を忍ばせていた。

「あ、あのさ―――」

 でも、いざ、言うとなれば緊張するもので俺は勇気を持って出そうとしたときだった。


「―――やったよ、私。今回の実力考査で学年一位になった、お父さん」

 部屋の外に漏れ聞こえてきた由愛(ゆめ)の声。静かでいて、でも力強く自身に満ちた声色―――。

「ほんとか?見せてみなさい由愛(ゆめ)。こ、これは―――ま、満点・・・だと!? こ、こんな難しい問題を―――」

「うん・・・まぁ一応・・・ね。父さん」

「や、やるじゃないか由愛(ゆめ)。それでこそ、私の娘だ」


「―――・・・・・・」

 俺は無言で鞄の奥に答案用紙を仕舞い直すと、とぼとぼとそのまま階段を上がり、逃げるように自分の部屋に引っ込んだのだった。

「はぁ―――・・・ほんとやられたよなぁ・・・―――」

 くそ・・・っ。通学鞄を机の上に半ば投げ捨てるように置いた。

「・・・あっ」

 その拍子に机の上にあった缶コーヒーの空き缶で作ったペン立てが落ちて足元に散乱する。

「―――っ」

 それと落ちたものはもう一つあった。それは写真を入れた写真立てで確か子どもの頃、母さんに連れられていなかに行ったときに、いとこ達と一緒に撮った写真だったはずだ。

「―――なつかしいな」

 俺は腰を折り、手を伸ばして机から落としてしまった写真立てを起こした。

「あ・・・っ―――」

 写真立てのガラスに一筋の罅―――。手に取ったその写真には、左からあっちの中学の制服だろうか、それを着た制服姿の京香(きょうか)従姉(ねえ)さん、それから麦わら帽子をかぶっている小学生の同い年の少女がいとこの瑞香(みずか)という女の子、それから姉さんの由愛(ゆめ)、ガラスにできてしまった一筋の罅を挟んで右端に同じく小学生の頃の俺が写っていた。

 昔の子どもの自分は今よりもかわいくて笑っていた―――。今のひねてしまった自分とはだいぶ違っているはずだ。

「――――――」

 今ではほとんど写真にしないけど昔は確か写真にしてアルバムに閉じていたはずだ。俺は本棚にあった埃をかぶったアルバムを取り出すのだった。


「―――・・・」

 一枚一枚丁寧にめくっていく。そのアルバムの写真の半分以上は母さんにここから数百キロ離れた湯槽(ゆぶね)町という町にある親戚―――汐原(しおはら)の家に連れていってもらったときに撮ったものだった。それを見ているとすさんだ心が不思議と心が安らぐ気がして懐かしい想いへと至らせてくれた。

「・・・瑞香今頃どうしているんだろう」

 彼女も俺みたいに大学受験に向けた勉強漬けの毎日を送っているんだろうか―――

 それとも学校に通いながら旅館を営む家の手伝いに(いそ)しんでいるんだろうか―――。

「・・・」

 俺は再び湯槽町の温泉街に行ってみたくなっている、そんな自分に気が付くのだった―――。

「――――――」

 行動を起こさなければ、自分を変えることができない、自分を変えたければ一歩踏み出せ―――、そう以前、誰かが言っていた、、、その誰かとは教師だったかもしれないし、塾の講師だったかも。俺は・・・っ―――

「っつ」

 そして気が付けばもう夕飯どきになっていた。リビングルームに降りた俺は母さんと二人になった瞬間を見て母さんに話しかけた。

「母さん、話があるんだ」

「どうしたの、優?」

「夏休みの期間だけでいいから『汐原の家』に行きたいんだ」

 俺が言った『汐原の家』というのは、母方のいなかのことだ。さっき落として割ってしまった子どもの頃の写真に写っていた、いとこの瑞香と京香従姉さん、そして彼女達の両親叔母さん夫婦のところだ。

「え?」

 俺の言葉に、ゴム手袋を付けて皿洗いをする母さんの動きが止まった。

「俺、変わりたいんだよ。いつも俺は姉さんの背中ばかり見ている、でもほんとは由愛(ゆめ)重圧(プレッシャー)になっていてさ・・・。それと自然に囲まれた田舎なら勉強が(はかど)るかもしれないし」

「優―――」

「お願い母さん・・・!!」

「・・・本気なのね?」

「あぁ・・・!!」

「でもね優。湯槽町は最近、観光客が押し寄せるようになったってお母―――お祖母ちゃんが言ってたけど、いいの?」

「それぐらいどうってことないって。瑞香や京香従姉さん、それに伊那(いな)叔母さんにも会いたいしさ」

 瑞香に京香従姉さん、ほんと今どうしているのかな? 瑞香にメールまでして訊いたこともなかったしな、最近はほとんど会ってもいないし。

「そう」

「それよりさ、その『汐原の家』に行く俺の理由だけどさ、由愛(ゆめ)や父さんには黙っててほしいんだ」

「解ってるわ、優。お母さんもほんとは解っているのにね・・・」

「ありがとう、母さん」

「そうそう子どもの頃、ちょくちょく連れて行っていたけど優はあの街は好き?」

「好きだ、と思うたぶん。楽しかった思い出しかないから」

「そう、ありがとう優―――。じゃあ、いなちゃんにちょっと相談してみるわ」

「俺のほうこそありがとう、母さん」

「ううん」

 母さんは、ふふふっと、そう最後に笑みを零したのだった―――。


「―――」

 ぎゅっ、っと俺は自らの拳を握り締めた。よかった、意を決して母さんに相談してみて―――。

 俺の『夏』は今から始まるんだ・・・!! 俺の『戦い』はこれからだ―――。

あとがき


 はじめまして、こんにちは、この作品を書いた高口爛燦です。『湯煙霧杳 ~ゆけむりむよう~』を手に取り、最後までお読みいただいた皆様に深く感謝いたしております。

 この『湯煙霧杳 ~ゆけむりむよう~』ですが、先に『イニーフィネファンタジア』の完成を夢見て2010年より長らく放置していた、ある作品の導入部分になります。『イニーフィネファンタジア』がいつ完結するか分からない状況で本過去作を出すことに若干の抵抗を覚えるのですが、衝動を抑えきれずに投稿することにしました。

 さて、ある作品長編版では双子の姉による『劣等感』に苛まれている優は夏休みに入ると、いとこの家に向かいます。そこのいとこの家がある温泉街で彼は、いとこの瑞香と京香と再会し、親戚達や温泉街の住人達と心をかよわせいく。そこで彼はその街で成績や勉強以外の大切なものも手に入れることができるのでしょうか。彼の心中の『霧杳』は晴れるのでしょうか・・・。

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