アスタロトの誘惑/アストライアの絶望/イシュタルの悪意
酒場おねーさんや武器屋おねーさんは昆布という種族で、ドラゴン版の附子みたいな連中だ。
川やら海やら、ドラゴン自体が水を司る生き物なので彼女らも水に纏わる仕事に就くことが多い。酒造だったり鍛冶だったり。染め物関係もそうか。川なくして儘ならない仕事なんかだな。
てか、水が関わらない仕事なんてこの世にあるのか?万事水必須じゃね?
まあ、いい。とにかくやつらは水産大好きすぎてトーテムを昆布にしたような連中なのだ。価値観がちょっと違う。
その点、灰汁が強い野老の野老だとか毒にも薬にもなる附子たる我らだとかも大概だが。
何が言いたいかと言うと、第6試合の酒場おねが争いは良くない、と試合を放棄したので、現在、これだから昆布野郎は、と他のおねーさんから大ブーイングの場外乱闘の真っ最中なのである。
仕事柄気さくで常識人、それこそ宿屋おねなんかより余程信頼できる人なんだが、たまにこういう変な価値観が出る辺りはやっぱり昆布なんだな、と思われて感慨深い。
「ざっけんなヨ!合法的にぶん殴れる絶好の機会なのにヨ!」
「いや無理無理。第一、そんな恨みないしナ。私の場合ハ」
「前半で荒事担当出しきったのはこれがあったからか。あの性悪女、相変わらずね」
「うわー、代わりに出たかったなー」
「きぃーッ!小狡いスケですわぁー!」
「あい変わらずバチクソに嫌われてるなぁ。ボク、ちょっと複雑」
「メニィクリティカール!」
揉めに揉めて、相手が怠惰の魔王だったからこれも物憂げでやる気無かったので引き分け、ということで落ち着いた。
そのままじゃ尺が稼げないとかで怠惰まおと酒場おねがお料理作って、俺と草臥れ過去形が御呼ばれすることになったが。それも勝ち負けじゃなくて皆で食べて騒いでごちそーさま!って感じだ。
昼休憩挟んでまだ2試合目だが、長々とした蒸気風呂で時間使ったので今はちょうど良くおやつ時。飯も酒もするする入る。肉体年齢は少年のままだが、生きた年数的には飲んでも咎められねぇしな。
酒場おねは簡単で旨い、酒に合うツマミ料理がメイン。
カキとかエビとか、這鼠刺の白亜の街ネズミー浄土から輸入された新鮮な魚介類を、小鍋と炭火で焼いたシンプルな料理だ。熱も肉汁も逃げないし便利そうだなあの手のひらサイズの鍋。直ぐに温まんないらしいけど、ストーブに置いといてダラダラ食う分には問題ないね。
オイルとニンニクのグツグツ煮える匂いがタマラン。弾けるエビと油に顔面やられつつスープもパンに染み込ませて食べきった。旨い。
つい麦ジュースを飲み過ぎた。さっきも癖歪み忍者製のビール飲み干してたのに。
怠惰まおは簡単で旨い、酒に合うツマミ料理がメイン。いや、同じじゃねーか。
小さな土鍋に昆布を敷き、海水由来の素材が入っているらしい豆腐なるものを煮ている。
名前から腐り豆の親戚かと思ったが臭いもせず、見た目も歯触りも善い。昆布の出汁が染みて薄味ながら旨味が伝わってくる。これ善いな。こっちこそ昆布が出すべき料理じゃね?
「悪童。ポン酢?」
怠惰の魔王が何か聞いてきたが何て言ったかわからん。
「醤油かポン酢かで、ポン酢でしょ?」
「OKOK。今晩は空けとくぜ!」
「はあ、そういえば徹底してたわね。いや、今の悪童が悪い訳じゃないわ。この湯豆腐につける調味料よ。こっちが醤油でこっちがポン酢。で、悪童はポン酢にしなさい。好みだから。きっと」
どっちも黒くて変わらん気がするが言われた方をつけてみる。敢えて醤油にしてやろうかと思ったが、何だかイタズラしづらい雰囲気の物憂げ淑女だったので止めておいた。悪魔の中でもかなりグレーターな存在なんじゃなかろうか。
「かつての当方みたいな(*ゝ`ω・)?」
……グレてた。って言いたいのだろうかこのイライラ半裸小僧ver.マッシュルームメガネ。むしろ今現在のほうがよっぽど反抗期なんじゃなかろうか。世の中とか、世界観とか、色んなものに反抗してる気がするよ。
せっかく近くにいるのでこの憤怒の魔王ことイライラ茸にあーんしてもらう。箸とか苦手だしちょうど善い。
おお。そのままでも美味いけど。つけたらまた旨味が引き立つな。確かにこのポン酢とやら、酸っぱ旨くて好きだわ。こっちの汁には麦をぶちこんで粥にした。これも旨い。すっかり酔っ払った。
流石に食べ過ぎた。内臓そんなにしっかりしてないんだぞこちとら。
いや、どっちも美味かったな。こりゃ勝負したところで結局引き分けだったな。3勝2敗1引き分けか。後3回、まだわかんないな。
「海の物って初めて食べたよ。匂いが独特だけど、美味しいね兄さん」
そういやそうか。邪聖少年の故郷まで行くと冬は凍るにしても港があるみたいだが、草臥れ過去形のとこは山間の小さな領地だからな。
「この豆腐ってのは何の肉なんだい?随分淡白だけど。カニ?」
ああ、大豆から出来たって説明してもそもそも大豆知らねぇもんな。また来年、種蒔きから仕込んでやろう。色んな意味でな。




