よん
「陛下が決めた婚約を私が勝手に破棄は出来ない……。」
常識を理解していたのかとライラは驚いた。アイラが信じられないと言う顔をした。
「君が魔法を使えるなら、母上も反対出来ない。ち、父上だって!」
ライラは嗤う。
「あの好色国王が、私を諦めると思っておりますの?魔法が使えるとなったら、あなたとの婚約など白紙に戻し、これ幸いと私を側妃にするでしょうね。」
不敬な発言を繰り返すライラ。こんなライラは知らないと周囲の者は呆然とした。
「それと、7月38日の午後3時。」
先日の日付を述べる。
「あなた方が、逢瀬をこの王宮の中庭でしていたこと、知ってますのよ。私とのお茶会を無視して、ワキャキャウフフと楽しそうに過ごされていたではありませんか。そんな予定があるなんて、当日までどなたも教えて下さいませんの、殿下と婚約者を囲む会に婚約者である私が招かれていないなんて、」
殿下が側近を振り返る。
「アイラが、君は体調を崩したと……、ロミオも言ってたから。」
「当日の昼、食事マナーと言う名の虐待の間にあなたからの伝言を頂きました。そんな大切なことも把握してないのかと王妃さまから、折檻されましたわ。」
「う、嘘だっ!」
ライラは人差し指を曲げて口許に寄せるともう片方の掌を上に向けた。掌には水晶の玉が乗っていた。
「これは、記憶玉。ほら、底に王妃様の紋様が刻まれてます。」
「そ、それが?何だと、」
「これは、私が虐げられ、許しを乞う姿を残すために、あの女が作らせたもの。」
ざわつく面々。
「悪趣味なあの女は、自分の取り巻きを招いて、これの鑑賞会を開いてました。」
上空に映し出されたのは、顔を背けたくなるような王妃の取り巻き達による躾と言う名の折檻。
「治癒術で傷を治してくださるから見た目は変わりませんでしょ?でも、ほら、王妃は私の顔がお嫌いだから、折檻箇所は顔が中心ね。」
腫れた頬、切れた唇。誰なのか分からないほどに変形している。さすがのアイラも顔を青くする。
「公爵家の血筋ではないアイラが、殿下に嫁いだとして、この躾に耐えられるかしら。これね、痛みは残るの、いえ、残されるの。だから、また、マナーがなってないって鞭打ちよ?酷くない?だから、アイラに婚約者の地位を譲るのは此方としても有り難いことなのよ。」
沈黙が下りる。
アルバートも取り巻き達もライラの一挙手一投足に注目していた。
ライラはふと城の方へ顔を向けたため、同じ方向を向いた。
「おーい!」
大きな低い声に皆の視線が集まり、目を丸くした。
「亜人……。」
この国では、まず公の場には出てこない亜人。
二つ山を越えた自然豊かな大国であり、個人の戦力が高いため、強国としても知られている。とはいえ、ライラの国は亜人や獣人は野蛮と決めつけ国交を結んでいないが、冒険者や商人の中には彼らがいることも珍しくなく、許可があれば入国を許されていた。
「きゃあああっ!」
貴族令嬢達が悲鳴をあげ腰を抜かす。アルバートの護衛騎士は咄嗟に主の前に出る。
「ド、ドラゴニュートだと!」
モノクルを着けたアルバートの側近の言葉。ドラゴニュートはリサードマンの上位種でAランクの冒険者や騎士でも束にならなければ倒せない魔物だ。現れたのは、美しい黒鱗を持つ大柄な魔物。
「虚?来るの遅くない?それに何?蜥蜴になったの?」
ライラの言葉に虚と呼ばれた亜人は鼻を鳴らす。
「あー?蜥蜴じゃねーよ!この世界で言う龍!ドラゴンだ!古代龍とか言うじじいだったがよ、俺に肉体を譲ったら体が若返ってよ、番が死んで生きてる意味がなくなったんだとよ。餞別にこの世界の色んな知識くれたぜ!お陰でお前の居場所も姫様の場所も分かった!」
満面の笑みなんだろうが迫力倍増であった。
「にしても、でかすぎね。首が疲れる。もうちょっと小さくなれないの?」
明らかな身長差に不満そうなライラ。周囲のアルバート達は置き去り状態だった。
「むっ、お前がそう言うなら………。」
考え込んでいたドラゴニュートが光り輝いた。
「……ライラ?君は亜人の言葉が分かるのか?」
普通に喋っていたが、違う言語だったのかとライラは目を丸くした。
「王妃教育の副産物ですわ、独学です。皆様にも理解できるよう魔法をかけて差し上げましょう。」
腕を一振り。キラキラした光がアルバート達に降り注いだ。その彼らの耳に届いた声があった。
「安蘇!見てくれっ!」