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才女と言われ、王妃教育も終わらせているライラが目の前の娘達を知らない訳はない。
「私ね、先程、池に突き落とされたことで魔法に覚醒しましたの。魔力も封じられていたようね、」
ライラを奇妙な目で見る周囲。ライラは公爵家の長女として生まれ、その美貌と頭の良さで知られる令嬢であったが、貴族にあるはずの魔力をほとんど保有していないことが欠点とされていた。それでも亡き公爵夫人の美しさと次期王妃としての品格、才能は無視できないもので、10歳に為った時に王城で行われたお茶会で第一王子である3歳年上のアルバートに見初められ婚約者となった。
ライラの父は政略で結ばれた妻が亡くなるとライラより1つ年下の娘を持つ子爵家の女性を後妻に迎えた。
ライラが王家に嫁ぐなら、公爵家の後継として男の子を養子とするはずが、公爵家の血筋にないアイラを後継とするとした。この件に関してはいまだ受理されていない。公爵家の親戚筋からの反対が強いからだ。
(この自称妹が己の後見を強くするためライラを使って王家に近付いたのは分かっている。本当は第三王子辺りを狙ったのだろうが、欲が出た。どう考えても第一の方が美しいからな。)
思考の中に王子の声が届いた。
「封じられてとは……?」
「さぁ、私が上に立つと不都合を被る輩が多くて、分かりかねます。けれど、ほら。」
ライラの魂が教えてくれた。
顔色の変わったアイラ。
「アイラが、どうとか、こうとか言っている訳ではなくてよ、例えば、あなた。」
アイラの取り巻きの一人を指差す。分かりやすくビクッとした彼女の体を固定する。
「あなたの家は代々、そう言うことを請け負ってきたわよね?でも、そういう術に対抗する魔法が開発されてからは下火。お父様は、そんなあなたの家の力に目を付けた。レジスト出来ない子供など呪い放題よね?」
震える娘を力で押さえ込む。
娘が、崩れ落ちたように大地に手を突いた。
罪を認めたようなものだ。周囲にはそう見えただろう。
娘の口を中途半端に閉じる。
「わ、わた、……しら、」
「ホーリー、あなた……!」
初めて聞いたとばかりによろめくアイラを王子が咄嗟に支える。
「と、言うわけですので、アレロック男爵家を調べて下さいな。お父様の書斎の隠戸の裏にある契約書はほら、この通り。」
何もない空間から書類を取り出す。ライラは頭のよい子だった。己の身を守るため暗躍していた。唯一の味方だと信じていた王子の裏切りが彼女の生への執着と希望を断ってしまった。
(愚かな男に用はない。)
ライラは、氷の微笑を浮かべたままアイラを気遣う伯爵令嬢に向き合う。
「先程も言いましたが、あなた、私がアイラを虐めていたと仰いましたわよね?」
娘はいつもと違うライラに一歩下がる。目の中に強い光を感じたからだ。
いつも何かを諦めて言われるがままを受け入れた女。アルバート殿下に相応しいのはアイラであるはずなのに、公爵家の正統な後継はアイラだと自分を含めた周囲は聞いていた。王家が、勉強だけが取り柄の無能なライラを選んだのも王家にこれ以上の魔力を集めてはならないと言う反王制派の思惑があったからだと教えられた。殿下には、魔法能力では優秀なアイラが相応しいのだと、何としてもライラを廃除せねばならないと思っていた。しかし、目の前に立つのは王に足る覇気を持つ見知らぬライラ。
「ねぇ、私がアイラを虐めていたって証拠はないの?」
威圧さえ感じるライラ。
「…アイラ様が、破られたドレスや教科書を見せてくれたわ。泣いているアイラ様を何度も見ましたわ、理由を尋ねたら、」
「アイラの証言だけが証拠だなんて言いませんよね。時と場所を具体的に仰いな。私には王家が付けた見張りと言う名の護衛が四六時中付いているわ。王妃教育が始まると同時に王城に軟禁されてるのだもの、公爵家の屋敷にはここ数年戻っていないわよ。」
娘はアイラをチラッと見て黙る。
「か、感謝祭やシーズンオフは、どうすごしていたのだ?」
いささか震える声の王子にライラは侮蔑の視線を送る。
「では、殿下はどのように思っていたのです?」
「母上は……、君は公爵領に帰っていると。アイラもライラが戻って来ているから、肩身が狭いと手紙を……そう言えば、君からは手紙を貰ったことはない。」
今更だとライラは嗤う。
「あー、おかしい。本当にあなたは何も知らないのですね、」
こんな嘲るような微笑みをライラが見せることはなかった。